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ルター派教会 ルターはきょうかいLutheran Church; Lutherische Kirchen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルター派教会
ルターはきょうかい
Lutheran Church; Lutherische Kirchen

ルーテル教会ともいう。ドイツの宗教改革者 M.ルターの福音と信仰理解に従うキリスト教改革派信徒と教会の総称。その教理は P.メランヒトンの執筆したアウクスブルク信条 (1530) や和協信条 (77) ,和協信条書 (80) などに含まれている。改革は中庸で伝統色も強く,国民的であって俗権と協調し,多くの領邦教会をつくった。いわゆる改革派 (ツウィングリ派,カルバン派) とは,特に聖餐論について論争を重ねた (→聖餐論争 ) 。その教理的形式化に対する反動として,18世紀の敬虔主義が興った。信仰のみによる義認,聖書第一,万人祭司などを主張するが,現代では種々な修正を加えている。プロテスタントの最大の教派の一つとなっている。

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百科事典マイペディアの解説

ルター派教会【ルターはきょうかい】

プロテスタント最大の教派。〈ルーテル教会〉ともいい,ドイツ語でLutherische Kirche。ルターの教説を信奉する福音主義教会で,信者数は約7000万人に及ぶ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ルターはきょうかい【ルター派教会 Lutherische Kirche】

プロテスタント最大の教派。ルーテル教会ともいう。宗教改革者ルターの信仰に共鳴し同調した人々は,当時のローマ・カトリック教会の中にとどまって教会改革を志したが,結局みずからの教会をもたざるをえなくなり,1520年代後半からドイツの各領邦をはじめ,北欧諸国ごとに教会組織化を進めた。55年アウクスブルクの宗教和議の宗派属地権の決定によって帝国法上も存在を認められて定着し,一部は東欧にも広がった。ヨーロッパ各地からアメリカへ移住した人々はそれぞれルター派教会を形成したが,アメリカ史上でしだいに合同する傾向にある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルター派教会
るたーはきょうかい

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世界大百科事典内のルター派教会の言及

【キリスト教】より

…ローマ・カトリック教会からは,宗教改革によってプロテスタント教会が分かれ出た。これはルター派教会改革派教会,およびスコットランドの長老派教会をもっている。イングランドでは国民教会に変わったアングリカン・チャーチに対してさらにピューリタン革命があり,そのあと多くの教派が興るようになった。…

※「ルター派教会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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