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レオーネ Leone, Giovanni

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レオーネ
Leone, Giovanni

[生]1908.11.3. ナポリ近郊ポミリアーノ・ダルコ
[没]2001.11.9. ローマ
イタリアの法学者,政治家。ナポリ大学卒業後,バリ,メッシナ,ナポリ,ローマの各大学で刑法の講義を担当。第2次世界大戦末期の 1943年,戦後共和制発足のもとになった新憲法起草に参画。 1946年制憲議会議員,1948年キリスト教民主党から下院議員となり,1955~63年下院議長。 1963年 A.ファンファーニ内閣総辞職ののち同年7月キリスト教民主党の暫定内閣を組織。 1967年終身上院議員に任命された。さらに 1968年 A.モロ内閣が倒れたため同年6月再度首相となったが,11月にはゼネストの波に押されて辞任。穏健な人柄でいずれの派閥にも属さぬ中道的人物といわれ,常に政界の「鎮静剤」的役割を果してきた。 1971年 12月選挙委員団の 16日間で 23回に及ぶ投票の結果,P.ネンニ (社会党) を破って第6代大統領に当選,1978年6月,脱税など「黒い霧」を摘発され辞任した。著書『キージ邸における5ヵ月』 Cinque mesi a Palazzo Chigi (1964) 。

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百科事典マイペディアの解説

レオーネ

イタリアの映画監督。ローマ生れ。歴史スペクタクル《ポンペイ最後の日》(1959年)でデビュー。C.イーストウッドを主演とした一連のマカロニ・ウェスタンで人気を得る。

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デジタル大辞泉プラスの解説

レオーネ

スバル(富士重工業)が 1971年から1994年まで製造、販売していた乗用車。4ドアセダン、2ドアクーペを中心とする。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レオーネ
れおーね
Sergio Leone
(1929―1989)

イタリアの映画監督、脚本家、プロデューサー。ローマに生まれる。父親はサイレント時代から活躍していた映画監督ロベルト・ロベルティRoberto Roberti(1869―1959。本名ビンチェンツォ・レオーネVincenzo Leone)。幼少のころから、父の仕事場であるチネチッタ(映画都市。ローマ郊外にある映画撮影所のこと)に足しげく通い、映画業界に親しむ。1944年、父が監督した『マーレキアーロの狂人』Il Folle di Marechiaroに助監督として参加して以来、映画業界で働きはじめ、カルミネ・ガッローネCarmine Gallone(1885―1973)、マリオ・ボンナルドMario Bonnard(1889―1965)の助監督を務めた。
 1950年代後半のイタリア映画において隆盛をみたジャンル、ペプラム(神話のヒーローたちが活躍するスペクタクル史劇)は、レオーネにとって格好の修業の場となった。ペプラム映画である、ボンナルド監督『愛の女神、アフロディーテ』Afrodite, dea dell'amore(1958)、同監督『ポンペイ最後の日』(1959)、グイド・ブリニョーネGuido Brignone(1887―1959)監督『ローマの旗の下に』Nel segno di Roma(1958)の脚本を手がけた。そして、『ポンペイ最後の日』の撮影開始後、ボンナルドが病気のため降番した後に現場を指揮した功績をかわれ、1961年に自身の第一作『ロード島の要塞』を監督した。
 しかし、次作を監督するまでには、プリモ・ゼーリオPrimo Zeglio(1906―1984)監督『蛮族の逆襲』Le Sette Sfide(1961)の脚本執筆、ロバート・アルドリッチRobert Aldrich(1918―1983)監督のハリウッド映画『ソドムとゴモラ』(1962)の監督補助、ジョルジョ・ビアンキGiorgio Bianchi(1904―1967)が仕上げられなかった『衛兵交代』ll Cambio della Guardia(1962)の完成、そして失業という紆余曲折を経なければならなかった。
 1964年、黒澤明監督『用心棒』(1961)のプロットを西部劇に仕立て直し、テレビを中心に出演していたクリント・イーストウッドをアメリカから主演に迎えて、第二作『荒野の用心棒』(1964)をボブ・ロバートソン名義で監督した。ジョン・フォード監督作品に代表される、アメリカ建国神話としての西部劇を換骨奪胎し、激しい暴力に彩られた無頼漢の生きざまを、超クローズアップを多用する様式美にあふれた映像表現で描いた。この新しい西部劇は「スパゲッティ・ウェスタン」(日本ではマカロニ・ウェスタン)とよばれ、イタリア式西部劇のブームを世界中に巻き起こした。同作により、イーストウッドは一躍映画スターとなり、哀愁に満ちた旋律を作曲したエンニオ・モリコーネは映画音楽家としての地位を築いた。続く『夕陽のガンマン』(1965)、『続・夕陽のガンマン』(1966)にも『荒野の用心棒』と同様に、独自の様式は貫かれており、粗製濫造された他のイタリア式西部劇とは一線を画す出来となっている。
 西部開拓史を描く『ウエスタン』(1968)以降、娯楽性を保ちつつも歴史に真っ向から取り組み、メキシコ革命をテーマにした『夕陽のギャングたち』(1971)、ニューヨークのユダヤ系移民の年代記『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)を監督した。また、後進の育成にも励み、トニーノ・バレリTonino Valeri(1934― )監督『ミスター・ノーボディ』(1973、レオーネは原案執筆および、いくつかのシークエンスの演出も行った)、カルロ・ベルドーネCarlo Verdone(1950― )監督『とてもきれい』Un Sacco Bello(1979)などの製作を手がけた。[石田美紀]

資料 監督作品一覧

ロード島の要塞 Il colosso di Rodi(1961)
荒野の用心棒 Per un pugno di dollari(1964)
夕陽のガンマン Per qualche dollaro in pi(1965)
続・夕陽のガンマン 地獄の決斗 Il buono, il brutto, il cattivo(1966)
ウエスタン C'era una volta il West(1968)
夕陽のギャングたち Gi la testa(1971)
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ Once Upon a Time in America(1984)
『クリストファー・フレイリング著、鬼塚大輔訳『セルジオ・レオーネ――西部劇神話を撃ったイタリアの悪童』(2002・フィルムアート社)』

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