リトアニア出身のフランスの哲学者。1906年リトアニア、カウナスのユダヤ人の家庭に生まれる。一時期ウクライナに疎開し、その後ストラスブール大学で哲学の勉強をする。ドイツのフライブルク大学に留学し(1928~1929)、フッサールの講義に出席、ハイデッガーも知る。1931年フランスに帰化。博士論文「フッサールにおける直感の理論」(1930)は、現象学をフランスに広めることになった。
思想の中心は、「他者」に関する考察を通して実存哲学を追求することであった。こうした哲学的思索を支えているのが、ユダヤ教の聖典タルムード(ユダヤ教の律法や宗教伝承の集成)の研究、解読である。したがって、彼はユダヤ思想の復興に大いに貢献することになった。
『実存から実存者へ』(1947)では、「イリア」il y a(~がある)の概念を提出した。「イリア」とは、人称の消滅した「匿名の無」の存在である(ilはフランス語で普通三人称単数「彼は」の意味だが、この場合は非人称のilである)。たとえ存在が無に回帰しても何かは起きており、そこには何もない闇がある。それが「存在の恐怖」として経験される「カオス」なのである。
『全体性と無限――外部性についての試論』(1961)は、レビナスの代表作といわれている。この書のなかで、レビナスは「他者の顔」を考察するために、ルガルデregarderというフランス語の動詞を用いている。この動詞は通常「見る」という意味で使われるが、もうひとつ「関係する」という意味をもつ。レビナスは、「他者は私をルガルデする」という表現を用いて「他者は私を見つめそして関係する」という両方の意味を含ませている。そして、他者が私を見つめるその目は「汝(なんじ)、殺すなかれ」と呼びかける。この呼びかけは、他者を受け入れる「倫理的な責任」へと導くものである。
もう一つの主著『存在するとは別の仕方であるいは存在することの彼方へ』(1974)では、「脱構築」で知られるジャック・デリダの批判に答えた形で、「他なるものへの開放」へと探求を進めた。「痕跡(こんせき)」「身代わり」「無起源」「隔時性」「言うことle Dire」「言われたことle Dit」などの用語を用いて、「存在への固執」を捨て、他者への責任の意味をとらえ直すことを要請する。これは、レビナス自身のことばでいえば、「(私は私であるという)自己同一的な安心感を、己の存在を、一度ひっくり返して、自問してみること」に尽きる。
人間中心主義、ロゴス中心主義に根本的なアンチテーゼを唱えたのが、1960年代後半から1970年代後半にかけて展開されたポスト構造主義とするなら、このようなレビナスの思想はポスト構造主義とは一線を画すものであり、むしろ1980年代に入ってから広く受け入れられるようになった。
[平野和彦 2015年6月17日]
『E・レヴィナス著、内田樹訳『困難な自由――ユダヤ教についての試論』(1985/改訂版・2008・国文社/増補版・三浦直希訳『困難な自由』・2008・法政大学出版局)』▽『E・レヴィナス著、原田佳彦訳『時間と他者』(1986・法政大学出版局)』▽『西谷修訳『実存から実存者へ』(1987・朝日出版社/講談社学術文庫/ちくま学芸文庫)』▽『E・レヴィナス著、内田樹訳『タルムード四講話』(1987・国文社)』▽『合田正人訳『全体性と無限――外部性についての試論』(1989・国文社/上下・岩波文庫)』▽『合田正人訳『存在するとは別の仕方であるいは存在することの彼方へ』(1990・朝日出版社/改題改訂『存在の彼方へ』・講談社学術文庫)』▽『E・レヴィナス著、小林康夫訳『他者のユマニスム』(1990・書肆風の薔薇)』▽『E・レヴィナス著、内田樹訳『タルムード新五講話――神聖から聖潔へ』(1990・国文社)』▽『E・レヴィナス、F・ポワリエ著、内田樹訳『暴力と聖性――レヴィナスは語る』(1991・国文社)』▽『E・レヴィナス著、J・ロラン編、合田正人訳『神・死・時間』(1994・法政大学出版局)』▽『E・レヴィナス著、合田正人訳『聖句の彼方 タルムード――読解と講演』(1996・法政大学出版局)』▽『合田正人編訳『レヴィナス・コレクション』(ちくま学芸文庫)』▽『合田正人著『レヴィナスの思想――希望の揺籃』(1988・弘文堂)』▽『サロモン・マルカ著、内田樹訳『レヴィナスを読む』(1996・国文社)』▽『港道隆著『現代思想の冒険者たち16 レヴィナス』(1997・講談社)』
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