ポスト構造主義(読み)ポストこうぞうしゅぎ(その他表記)post-structuralism 英語

精選版 日本国語大辞典 「ポスト構造主義」の意味・読み・例文・類語

ポスト‐こうぞうしゅぎ‥コウザウシュギ【ポスト構造主義】

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] post-structuralism の訳語 ) 一九六〇年代末からフランスに起こった思想潮流。主体や意識を重んじる実存主義を批判して登場した構造主義の考え方を批判的に継承し、西洋の形而上学批判に及んだ一連の哲学・思想傾向を指していう。デリダドゥルーズフーコーリオタール等に代表される。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ポスト構造主義」の意味・わかりやすい解説

ポスト構造主義
ぽすとこうぞうしゅぎ
post-structuralism 英語
post-structuralisme フランス語
Post-Strukturalismus ドイツ語

1960年代後半から1970年代後半にかけて、フランスを中心に展開された思想運動。その影響は世界的で、日本の思想界にも多大な影響を与えた。

[平野和彦]

特徴と源泉

ポスト構造主義とは、文字どおり「構造主義の後」に続く思潮そのものをさすのであり、当時の思想家たちが共通の方法や主張を展開していったその動きを意味するものではない。しかしながらこの思潮には、共通して、社会や文化を構造として客観的にとらえ分析しようとした「構造主義」に対する鋭い批判が込められている。

 ポスト構造主義は、多かれ少なかれハイデッガー思想を継承したり、ニーチェ的思想の立場をとっており、人間中心主義、西欧中心主義、あるいは理性中心主義に対するアンチテーゼを突きつけて、構造主義を乗り越えようとするものである。

[平野和彦]

ポスト構造主義の思想家たち

フランスの思想家、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ジル・ドルーズ(ドゥルーズ)、フェリックス・ガタリらを筆頭に、ジャン・フランソワ・リオタール、ジュリア・クリステバらによって代表される。さらにジャン・ボードリヤール、ルネ・ジラール、それに後期のロラン・バルトなどもここに入る。

[平野和彦]

ミシェル・フーコー

ミシェル・フーコーは、『言葉と物』(1966)がベストセラーとなることによって、構造主義の担い手として一躍有名になった。最初「構造主義の考古学」の副題をもっていたこの書は、フーコー自身が名づけたように「知の考古学」でもある。フーコーによれば西欧文化は非連続であり、そこには「知の断層」がある。それぞれの時代の底にある全体的な「知」(エピステーメー)を発掘していけば、それらのエピステーメーは、各時代によって変貌(へんぼう)、変換して移行していることがわかる。

 フーコーはそれらの時代を3期に分けた。

(1)16世紀のルネサンス期は、ことばと事物が一致していた。つまり「類似の関係」がエピステーメーを構築する役割を演じてきた。

(2)古典主義時代は、ことばと事物が離れ、ことばが記号となる「秩序」のエピステーメーを構築してきた。

(3)19世紀以降は、「人間」が主人公となる「歴史」のエピステーメーを構築した。

 このような研究方法の中心となっているのは「集蔵体」(アルシーブ)といわれる、多様な言説(ディスクール)の総体に対する分析である。

 その後、「私は構造主義者ではない」とフーコー自らが述べるように、『監獄の誕生――監視と処罰』(1975)を転回点として、フーコーは「知の系譜学」の探求に入り、「権力の分析」へ移行する。18世紀以降、近代の成立のなかで、中央集権国家は、それまで常用されてきた犯罪人に対する「拷問」をやめて、囚人を、規律と処罰によって「再教育する」ようになった。そしてベンサムの考えた「パノプティコン」(一望監視施設、すなわち中央に監視塔を配し、それを円環状に独房が取り巻き、塔からのみ独房が見え、囚人を監視する施設)をつくりあげた。ここに、監視し管理する近代社会の権力装置が浮き彫りにされている。

 『性の歴史』第1巻にあたる『知への意志』が1976年に刊行されて以降、第4巻が未完のまま死が訪れるまで、フーコーは権力をめぐる思考とともに、「性的欲望(セクシュアリテ)の主体としての自己」を新しい主題として考察していく。西欧文化では「性はタブーであり、キリスト教道徳によって抑圧されてきた」という考え方を覆し、逆に、カトリック教会によって義務とされている「告解(こっかい)」(罪を悔やみ、聴罪師に告白し、神の許しを願うこと)によって、性に関する言説は特権的な対象となった、とフーコーは考える。ギリシア世界においては、人間解放としてとらえられた「快楽の活用」がテーマとなり、ローマ世界においては、主体性が揺らいで「自己の統御」がテーマとなるなど、性の言説の分析を通して、西欧世界の「性の歴史」を再現しながら、フーコーは結局「自己への回帰」という立場にたち、「自己への配慮」によって自己の性をその言説と主体的に関係させようとする倫理観に至っている。

[平野和彦]

ジャック・デリダ

ジャック・デリダは、その哲学方法である「脱構築」déconstructionによって知られ、アメリカをはじめとして世界的な影響を与えている。その領域は文学、社会思想、精神分析、芸術、歴史など広い範囲にわたっている。デリダはプラトン以来の「ロゴス」(ことば=理性)を基に打ち立てられた西欧形而上(けいじじょう)学の「閉ざされた」巨大な建築物を解体し、「脱構築」を狙(ねら)う。そして構造主義を、西欧形而上学のもっとも古典的な基準と結びついた「記号=表徴」(シーニュ)の囚人であるとして非難する。ロゴスとは神のことばであり、声である。「ヨハネ福音書」には「はじめにロゴス(ことば)ありき」とある。この「音声=ロゴス中心主義」がエクリチュール(文字言語)を貶(おとし)め、抑圧してきた。このことにデリダは激しく反発する。

 『根源の彼方に――グラマトロジーについて』(1967)で、「グラマ」gramma(書かれたもの、文字)すなわち「エクリチュール」についての学を提示するのである。発せられると同時に消えてしまう「パロール」(音声言語)の再現であるとされるエクリチュールは、その「痕跡(こんせき)」を通して過去を再現前し、パロールを「代補」する。この「痕跡」であるテクスト(テキスト)は、「ありのまま」ではなく、「差異」を生み出し、その意味は「ずれ」続けていく。こうした「差異の戯れ」という概念装置がデリダ思想を特徴づける「差延」différance(ディフェランス)である。「異なる、遅延する」という二つの異なる意味をもつ動詞différerの名詞形différence(ディフェランス)は通常「差異」の意味であるが、デリダは動詞形と同じ両義をもたせた造語différanceをつくり、哲学上の戦略装置とした。

 エクリチュール→テクスト→「差異の戯れ」→「差延」とつながり、「差延」は他者と関係するがゆえにそれのみでは存在できず、内部/外部、同一性/差異、パロール/エクリチュールなどの「階層的秩序」「二項対立」が解体される。これが脱構築である。

 デリダは、フッサールの現象学から出発し、西欧形而上学を解体しようともくろんだハイデッガーの思想も受け継いだ。そして、フーコー、ニーチェ、アルトー、バタイユなど多士済済(せいせい)な哲学者、作家たちのレクチュール(解読)によって、数多くのテクストを「脱構築」し続けた。海外ではアメリカを中心に活躍し、訪日もしている。

[平野和彦]

ジル・ドルーズ

ジル・ドルーズの「多様」な著作は、特徴的な三つのグループに分けることができる。

(1)1960年代の、ヒューム、ニーチェ、カント、ベルクソン、スピノザなどの哲学者研究の著作群。これらの研究を集大成し、『差異と反復』(1968)で独自の哲学を打ち立てる。

(2)1970年代の著作群と最後の著作で、精神分析学者フェリックス・ガタリとの共同執筆になるもの。これらは新しい著作方法であり、多くの新しい概念装置を創作することによって、読者を驚愕(きょうがく)させた。

(3)1980年代の文学、芸術を論ずる著作群。これらはイマージュの問題との関連で考察される。

 ドルーズは『差異と反復』で「差異と反復の一体性」という概念を確立し、プラトン哲学を覆そうとするが、思想界を一挙にポスト構造主義へと牽引(けんいん)したのは、ガタリとの共著で出版された『アンチ・オイディプス』(1972)であった。この書物は、フロイト、ラカンの理論への反駁(はんばく)であり、それまでの哲学で「欠如」としてとらえられていた「欲望」を「生産」としてとらえる。これが「欲望する機械」という概念である。無意識は「欲望する機械」である。歴史は3段階の機械圏、すなわち(1)野生の領地機械、(2)野蛮の専制君主機械、(3)文明社会の資本主義機械、として考察され、それぞれの段階に対応する社会的「身体」は、(1)大地の身体、(2)専制君主の身体、(3)資本の身体である。「欲望する機械」が行きつく先は「器官なき身体」であり、「器官なき身体」とは欲望の多様性が消滅する「死」を意味する。「欲望」の流れは資本主義機械の時代にパラノイア(妄想症)として顕現してくるが、ドルーズはガタリとともに、スキゾ(分裂症)分析の立場にたち、パラノイアのような系統、つまり定住民的な思考に対して、スキゾ的な傾向、すなわちノマドnomade(遊牧民)的な、突発的で革命的な思考を対置させる。こうして「脱コード化」へ流れを開放しようとするのである。

 『千のプラトー』(1980)では、さらに「ビザージュ」visage(面立ち)、「リゾーム」rhizome(根茎)といった概念を導入し、閉じている権力の体系からの脱出・逃走を続ける。西欧的思考の象徴である幹から枝の生えた「樹木」の思考方法を解体し、主体も客体も、中心も周辺も、始まりも終わりもない多様な方向に伸びていくリゾームの思考によって、西欧形而上学の乗り越えを図った。

[平野和彦]

『M・フーコー著、渡辺一民・佐々木明訳『言葉と物』(1974・新潮社)』『M・フーコー著、田村俶訳『監獄の誕生』(1977・新潮社)』『M・フーコー著、渡辺守章訳『性の歴史1 知への意志』(1986・新潮社)』『M・フーコー著、田村俶訳『性の歴史2 快楽の活用』(1986・新潮社)』『M・フーコー著、田村俶訳『性の歴史3 自己への配慮』(1987・新潮社)』『M・フーコー著、中村雄二郎訳『知の考古学』(1995・河出書房新社)』『J・デリダ著、若桑毅他訳『エクリチュールと差異』(1977・法政大学出版局)』『J・デリダ著、足立和浩訳『根源の彼方に――グラマトロジーについて 上・下』(1977、1986・現代思潮社)』『J・デリダ著、高橋允昭訳『ポジシオン』増補新版(1992・青土社)』『J・ドゥルーズ著、財津理訳『差異と反復』(1992・河出書房新社)』『J・ドゥルーズ、F・ガタリ著、市倉宏祐訳『アンチ・オイディプス』(1986・河出書房新社)』『J・ドゥルーズ、F・ガタリ著、宇野邦一他訳『千のプラトー』(1994・河出書房新社)』『小阪修平他著『現代思想・入門』(1990・宝島社)』『キース・A・リーダー著、本橋哲也訳『フランス現代思想』(1994・講談社)』『久米博著『現代フランス哲学』(1998・新曜社)』

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百科事典マイペディア 「ポスト構造主義」の意味・わかりやすい解説

ポスト構造主義【ポストこうぞうしゅぎ】

構造主義の継承と克服を図る思想の総称。厳密な用語ではなく,J.デリダ,G.ドゥルーズおよびF.ガタリ,F.リオタール,J.クリステバら主としてフランスの思想家の活動を概括するもの。デリダの影響下に形成された米国の批評思潮をも含める。デリダの〈脱構築〉,ロゴス中心主義批判,ドゥルーズ=ガタリの〈逃走=闘争〉ないしノマディスム,リオタールの〈物語の終焉〉などが指標として語られ,構造主義がなお抱えていた実体主義・形而上学的傾向からの脱却を目指すと言われる。スピノザ,ニーチェ,ハイデッガーへの参照,フェミニズム,マイノリティ,他者性,差異化などへの訴求が特徴であり,後期フーコーの影響が明らかに大きい。時流とは全く無関係に思索したE.レビナスを含め,ポスト構造主義の核心に実践と倫理があることは確実である。→構造主義ポスト・モダニズム
→関連項目バフチン

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知恵蔵 「ポスト構造主義」の解説

ポスト構造主義

構造主義の提唱者レヴィ=ストロース以降に現れた、フランスの一群の思想家の思想を指す。ドゥルーズ、デリダ、フーコー、リオタールなどが代表者。アメリカで名付けられた呼び名であって、フランスではあまり用いられない。ポストモダン思想とほぼ同義である。構造主義は、個々人の意識や主体を出発点として考える現象学や実存主義を批判し、社会的な関係性や言語を意識や主体に先行するものとして重視するが、この点では彼らは構造主義に同調する。しかし構造主義が人文学において真に科学的な方法を確立したと自負する点については、新たな「真理」を打ち立てようとするものとして批判する。また、レヴィ=ストロースは構造をもっぱら静止した固定的なものとして語ったのに対し、フーコーやドゥルーズは、動的で複雑な権力の働きを社会のなかに見出そうとしたが、この点も、構造主義との違いといえる。ポスト構造主義は「近代」が当然と見なしてきたものを様々に批判するが、しかしそうした批判はもともと構造主義が開始したものだった。その点で、構造主義とポスト構造主義とは一連の思想の運動として捉えることができる。

(西研 哲学者 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ポスト構造主義」の意味・わかりやすい解説

ポスト構造主義
ポストこうぞうしゅぎ
post-structuralisme(仏)

1960年代後半から 70年代後半のフランスにおいて登場した,構造主義を批判的に継承しつつそれを乗り越えようとする思想運動。代表的人物に J.デリダ,G.ドゥルーズなどがいる。ポスト構造主義は,西欧近代の主流的見解であった人間主体中心主義,すなわち認識の原理でありかつ世界存在の原理である「主観性」の哲学を解体させた構造主義による認識論的革命を踏まえつつ,構造主義が代置した諸関係の構造化の視座が持つ,依然として閉鎖体系を構築して構造を主体化させる傾向,要するに暗黙裏の形而 (けいじ) 上学的思考を批判し,非形而上学的思考の可能性を模索するものである。デリダの脱構築も,ドゥルーズのノマドロジーも,西欧思想を貫く,客観的,普遍的な世界認識を支えるロゴス (言葉の働き) の企てとその背後にある欲望を問題にすることによって「主観性」の哲学の持つ認識論を乗り越えようとする試みであるといえよう。

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