フランスの評論家、小説家。ソーヌ・エ・ロアール県の生まれ。初めは激烈な精神革命を説く右翼的政治評論を書くが、1941年ごろから文学に専念、以来純潔な非人称性を貫く。作家としての関心は一貫して、死の周辺に浮かび上がる奇怪な空間、日常的時間の消える場の構造に集中する。小説『謎(なぞ)の男トマ』Thomas l'obscur(1941)、『アミナダブ』Aminadab(1942)は、そのようなモチーフを幻想的物語に仕立てて象徴的に語る。しかし小説的叙述は以後しだいにそぎ落とされ、『期待 忘却』L'Attente l'oubli(1962)は極限的な抽象小説の観がある。一方、『文学空間』L'Espace littéraire(1955)、『来るべき書物』Le Livre à venir(1959)などの評論集では、マラルメやカフカを例にとり、「作家が本源的な主題と取り組むとき、作家自体が変質して死の空間に似たとらえがたい場にはまり込む」ことに注目し、真の意味で書くとはなにか、絶対的なものに挑む文学思考のたどる運命を分析する。『終わりなき対話』L'Entretien infini(1969)、断章集『彼方(かなた)への歩み』Le Pas au-delà(1973)、『災厄のエクリチュール』L'Ecriture du désastre(1980)になると、思考はさらに先鋭化する。「気違いじみた戯れ=賭(か)け」(マラルメ)としての書く営みは、究極的には文学自体の散乱、終末となることを暴き出す。19世紀末以来の文学と思想の歩みが示す極限的なありようを精密に描き出し、現代の文学的・思想的状況の基底部の力学を明確にとらえるのだ。
他方、アルジェリア戦争のころから、権力の絶対的拒絶という立場による政治的発言を再開、五月革命では「作家学生行動委員会」に積極的に協力した。『事後に』Après coup(1983)、『問われる知識人』Les Intellectuels en question(1984)、『友愛のために』Pour l'amitié(1996)など一連の回想は、こうした政治的態度と、絶対の探究としての文学への志向との交点を照らしている。とりわけ『私の死の瞬間』L'Instant de ma mort(1994)は、第二次世界大戦末期に危うくドイツ軍の銃殺を免れた自らの経験の物語化なのか証言なのか、まさしくこの作家独自の方法による作品化である。
[清水 徹]
『粟津則雄・出口裕弘訳『文学空間』(1962・現代思潮社)』▽『豊崎光一訳『最後の人・期待 忘却』(1971・白水社)』▽『篠沢秀夫訳『至高者』(1973・現代思潮社)』▽『粟津則雄訳『カフカ論』『マラルメ論』(1977・筑摩書房)』▽『清水徹・粟津則雄訳『カミュ論』(1978・筑摩書房)』▽『三輪秀彦訳『死の宣告』(1978・河出書房新社)』▽『清水徹訳『アミナダブ』『終わりなき対話』、菅野昭正訳『謎の男トマ』(『筑摩世界文学大系82』所収・1982・筑摩書房)』▽『小浜俊郎訳『ロートレアモンとサド』(1983・国文社)』▽『田中淳一訳『白日の狂気』(1985・朝日出版社)』▽『豊崎光一訳『ミシェル・フーコー――想いに映るまま』(1986・哲学書房)』▽『粟津則雄訳『踏みはずし』(1987・筑摩書房)』▽『粟津則雄訳『来るべき書物』改訳新版(1989・筑摩書房)』▽『重信常喜・橋口守人訳『完本 焔の文学』新装復刊版(1997・紀伊國屋書店)』▽『谷口博史訳『望みのときに』(1998・未来社)』▽『湯浅博雄他訳『私の死の瞬間』(ジャック・デリダ著『滞留』所収・2000・未来社)』▽『清水徹訳『友愛のために』(2001・《リキエスタ》の会(トランスアート))』▽『西谷修訳『明かしえぬ共同体』(ちくま学芸文庫)』▽『ミシェル・フーコー著、豊崎光一訳『外の思考――ブランショ・バタイユ・クロソウスキー』(1978・朝日出版社)』▽『吉田裕著『吉本隆明とブランショ』(1981・弓立社)』▽『エマニュエル・レヴィナス著、内田樹訳『モーリス・ブランショ』(1992・国文社)』▽『西谷修著『離脱と移動――バタイユ・ブランショ・デュラス』(1997・せりか書房)』▽『ロジェ・ラポルト著『プルースト/バタイユ/ブランショ――十字路のエクリチュール』(1999・水声社)』
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フランスの作家,批評家。激烈な精神革命を説く政治評論家として出発したが,1941年ころから,ひたすら自分を非人称的存在たらしめるような方向で文学に専念。その関心は,人が死に近づくとき死の周辺に浮かび上がる,日常的な時間の消失した奇怪な空間と,言語をもって絶対的なものに迫っていくとき作家が入り込んでしまう空間とが構造を同じくしていることに向けられる。主体は崩壊し,とらえ得ぬものを,なおとらえようとして彷徨するしかないような状態,小説《謎の男トマThomas l'obscur》(1941,新稿1950),《アミナダブAminadab》(1942)などはそういう状態を幻想的物語に溶かし込んで描いており,評論集《文学空間L'espace littéraire》(1955),《来るべき書物Le livre à venir》(1959)などは,マラルメやカフカを例に絶対的なものに挑む文学思考のたどる運命を分析した。さらに《期待忘却》(1961)をへて,《終りなき対話》(1969)や断章集《彼方への歩み》(1973),《災厄のエクリチュール》(1980)では文学がついに文学自体の散乱にいたることを彼自身の批評言語で演じつつ暴いている。また,G.バタイユとの交友が知られるとともに,その作品はM.フーコーをはじめ現代の文学者,思想家に大きな影響を及ぼしている。
執筆者:清水 徹
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