インド・ヨーロッパ語族のスラブ語派に属する言語。英語などを表記するラテン文字とは異なるキリル文字を使う。国民詩人プーシキンが19世紀に現代ロシア語を確立したとされる。国連公用語の一つ。
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ロシア語はインド・ヨーロッパ語族のスラブ語派に属し,ウクライナ語およびベラルーシ語とともにその東方群(東スラブ諸語)を形成する。
ロシア語は旧ソビエト連邦の全域で公用語として,また,高等教育および学術研究の用語としてひろく用いられてきた。1979年の国勢調査によれば,ロシア語を母語とする者は1億5350万人,第二言語とする者は6130万人で,その合計2億1480万人は旧ソ連の総人口の約82%にあたる。この数値は1970年に比べて約6%の増加を示している。なお,ロシア語を母語とする者の中には本来のロシア人(1億3700万人)のほかに,1500万人以上の非ロシア人が含まれていることに注意しなければならない。
海外のロシア語人口については諸推計資料の数値がまちまちで,とうてい正確とは言い難いが,それらの平均で示せば,ロシア語を母語とする者は200万人程度で,アメリカ,カナダ,ヨーロッパ地域,イスラエルなどに比較的多数が分布している。第二言語としての習得者は旧ソ連の周辺諸国に多いことは当然の予測であるが,旧ソ連と政治的・経済的関係の深い東欧その他の旧社会主義諸国では,必要上ロシア語を第二ないし第三の言語として習得する者の割合が比較的高かった。
なお,ロシア語は国連の公用語の一つとなっているが,これは第2次大戦後の国際社会におけるロシア語の比重の増大を反映する事実であろう。
6世紀から8世紀にかけてヨーロッパ・ロシア地域に分散定住したスラブ諸部族はスラブ基語を話した母集団から分離して東スラブ的特徴を強め,独立の方言集団を形成していたが,9世紀末にキエフを中心とする国家的統一を実現し,言語・文化の一体性を強めたものと思われるが,この時期の文献資料は存在しない。
10世紀末にキリスト教とともにその典礼言語である南スラブ起源の古教会スラブ語(古代教会スラブ語)をキリル文字とともに受け入れ,それを契機として標準的な書きことばが生まれ,14世紀までに多くの文献資料を残した。その言語を古期ロシア語Old Russianと呼ぶが,母音重複full vocalization--スラブ基語*gord(*は再構・措定形であることを示す),古教会スラブ語gradに対し古期ロシア語gorod(城塞,都市)などのように子音間の流音(r,l)の前後に母音(o,e)が重複する現象--や鼻母音(,ȩ)の消失,スラブ基語の*tj,*dj,*kt,*gtに古教会スラブ語はštまたはždで対応するのに対し,古期ロシア語はčまたはžで対応するなど,多くの独自性を示している。その一方,古期ロシア語は古教会スラブ語と共通して,双数(両数)のカテゴリー(名詞,形容詞,数詞,代名詞,動詞のすべてに及ぶ)と名詞の呼格(単数のみ)があり,動詞直説法の時称(時制)体系が現在,未完了過去,アオリスト,完了,過去完了,未来,未来完了の7種類に及ぶなど,古い特徴を多く保っていた。
キエフの衰亡とともに13世紀から言語の統一が崩れ,14世紀にはのちのロシア語とウクライナ語とベロルシア語へと発展する3方言の分裂が進行し,15世紀後半以降モスクワを中心とするロシアの再統一を迎えて,モスクワのいわゆる大ロシア人の言語が行政用の言語となった。書きことばとしては依然として古期ロシア語ないしロシア化した教会スラブ語が多く用いられたが,行政文書などではモスクワの話しことばを反映した〈実用文体〉が用いられ,キエフ時代とは異なった特徴を示している。この言語を中期ロシア語Middle Russianと呼ぶ。すでに12~13世紀に古期ロシア語で生じたとの位置による脱落と母音o,eへの転化を反映して,中期ロシア語では閉音節が生じ,子音のいわゆる硬軟の対立と無声有声の対立が確立したほか,アクセントのない位置で母音oとaの区別がなくなるアーカニエakan'eの現象が生じ,また,文法面でも双数や呼格が消失し,動詞の時称形も現代の体系に近づくなど,すべてにおいて現代語の特徴が表れるようになった。
17世紀末に絶対主義帝政を確立したピョートル1世は,近代化の一環として18世紀初頭に文字改革を断行し,教会用図書以外はすべて新しく制定された33字母のアルファベットとそれによる簡便な正書法によって印刷すべきこととした(ロシア文字)。これによってロシア語はいよいよ近代的な国語として発達完成への道を歩みはじめるが,西欧諸言語からの大量の借用やさまざまの新文体の試みにあふれたこの時期の書きことばは,18世紀を通じてついに完成の域に達せず,誰もが従いうるような言文一致の模範を示すことはできなかった。ただし,前時代に比べて多くの新しい特徴を示すこの時期の書き物のことばを,新ロシア語New Russianと呼ぶ。
A.S.プーシキン(1799-1837)は韻文と散文の両方の作品で新しい言文一致の模範を示し,まもなくそれがすべての人の受け入れるところとなって,ついにロシア語の全国民的な諸規範が確立した。広義の現代ロシア標準語Modern Literary Russianはプーシキン以後現代までのロシア語を指すが,より厳密には,1930年代後半からの約50年間に定まった書きことばと話しことばの諸規範を意味する。
母音音素は,アクセントのある音節では/í/,/ú/,/é/,/ó/,/á/(/ /は音素表記であることを示す)の5種類の対立だが,アクセントのない音節では最大限でも/i/,/u/,/e/,/a/の4種類となる(つまり,アクセントのない音節では/o/と/a/の区別はなくなる)。またアクセントのないときは,語頭と語末以外の位置では/i/,/u/,/a/の3種類だけの対立となり,語頭の/j/に続く位置では/u/と/e/の二つ,口蓋化子音音素と/j/のあとでアクセントの前の位置では/i/と/u/の二つしか現れないのがふつうである。ただし,語頭と語末以外の位置で4音素の区別を保つ(すなわち,/i/と/e/の区別を保つ)体系も標準的とされている(つまり,лиcá(キツネ)とлecá(森林--複数形)を音韻論的に同一としても,しなくてもよい)。
なお,正書法上のи[i]とы[ɨ]の区別は音声上の相違としては存在するが,まったく相補的な分布を示すので同一音素(/í/ないし/i/)と解釈される。また,/ú/,/u/,/ó/の音声的実現はすべて強い円唇性を特徴とすることに注意しなければならない。
子音音素は,次の34個がある。/p/,/p'/,/b/,/b'/,/t/,/t'/,/d/,/d'/,/k/,/k'/,/g/,/g'/;/f/,/f'/,/v/,/v'/,/s/,/s'/,/z/,/z'/,/š/,/ž/,/j/,/x/;/c/,/č/;/m/,/m'/,/n/,/n'/;/l/,/l'/,/r/,/r'/。ロシア語の子音体系の特徴は全面的な口蓋化子音音素と非口蓋子音音素の対立(いわゆる硬軟の区別)で,/p/:/p'/,/b/:/b'/,/t/:/t'/,/d/:/d'/,/k/:/k'/,/g/:/g'/,/f/:/f'/,/v/:/v'/,/s/:/s'/,/z/:/z'/,/m/:/m'/,/n/:/n'/,/l/:/l'/,/r/:/r'/の14組に及んでいる。/j/はこの対立と無関係であるが,/š/,/ž/,/x/,/c/,/č/は音声レベルでは両方が現れるが,音素的対立はもたない(たとえば,с шáхты[ʃʃáxtɨ],с чáсу[ʃ'tʃ’ásu],ши[ʃ'ʃ'í]などはそれぞれ/ššáxti/,/ščásu/,/šší/のように解釈される)。
基本的な音節の構造は/V/,/CV/,/VC/および/CVC/の4種類(Vは母音,Cは子音を示す)であるが,音節頭位と音節末位に立つ子音連続は/CCCCV/ないし/VCCCC/のように4音素まで可能である。音節区分は形態論上の区分とは無関係に,V|CV,V|CCV,V|CCCV,V|CCCCVのように子音音素およびその連続のまえで切れるのが原則である。ただし,子音でもひびきが母音に近いソノラント(/m/,/n/,/l/,/r/など)を/S/として/C/から区別し,さらに母音に近い/j/とともに別扱いして示せば,これらが混じった子音連続の場合は,V|SSV,V|CSV,V|CjV,V|SjVなどは可能であるが,母音度が高から低に並ぶときは,Vj|SV,Vj|CV,VS|CVなどのように,その間に音節区分が生ずる。たとえば,/ka|rmán/(кармаи),/pú|dra/(пудра),/dru|z'já/(друзья),/ka|n'ják/(коньяк)などに対し,/paj|mát'/(поймать),/strój|ka/(стройка),/kár|ta/(карта)などのようになる。
典型的な屈折的タイプ(屈折語)の言語で,名詞類(名詞,形容詞,数詞,代名詞)はその性・数・格を表示する複雑な語尾交替の体系をもつ一方,動詞はそのアスペクト(相)・ボイス(態)・法・時称・人称・数などの文法範疇を表示する形態的手段が発達している。
名詞類は文法上男・女・中の3性と単・複の二つの数,および主格nominative,生格genitive,与格dative,対格accusative,造格instrumental,前置格prepositionalの6格を区別する。活動体animate category(人と動物)に関しては文法性genderは自然性sexと一致するのが原則であり,活動体中性はчудовише〈怪物〉などごく少数だけである。
個々の名詞については単複6格ずつ合計12の形態があるのがふつうであるが,単数のみ,または複数のみの場合もある。また,活動体名詞はそれ以外の名詞と一部で相違するパラダイムをもつ。外来語起源の名詞には不変化のものが少なくない。
形容詞は長短二つの語尾変化体系をもつが,一般に複数形では性の区別がないので,長語尾形は男・女・中・複につき6格ずつ合計24の形態があり,また,活動体名詞に関係するときは一部でパラダイムが相違する。中性形は主格と対格以外では男性形と一致する。短語尾形は述語および副詞としての機能を果たすが,格変化はないので,男・女・中・複の四つの形態をもつにすぎない。外来語起源の(とくに色名を表す)形容詞беж(ベージュの),бордо(ワイン・レッドの),электрик(エレクトリック・ブルーの)などは不変化で性数格をいっさい表示しない。また,性質や程度を表す形容詞には比較の範疇があり,比較級と最上級の形態がある。
数詞は十進法に基づく比較的単純な体系でインド・ヨーロッパ諸言語と多くの対応ないし類似を示すが,個数詞40にсорокを用いるのはスラブ諸語中ロシア語だけの特徴である。
人称代名詞は英語,ドイツ語,フランス語などと共通の体系をもつが,用法上は細かい差異がある。名詞・形容詞と異なる格変化を行うが,再帰代名詞себя(自身)は人称代名詞型の変化で,同一形態ですべての人称と数に用いられる。所有代名詞,指示代名詞などは形容詞長語尾型の性数格変化を行うので,これらは形容詞的代名詞と呼ばれることがある。
すべてのスラブ諸語と同様,ロシア語の動詞はアスペクト(一般には〈相〉と訳されるが,ロシア語文法では下記のように〈体〉とすることが多い)の範疇をもつ。すなわち,すべての動詞は,動作の全一的把握を特徴とする完了アスペクト(完了体)か,あるいはその特徴を欠く不完了アスペクト(不完了体)のどちらか一方に属し,しかも多くの場合,一方のアスペクトの動詞はそれと形態上関連のある別のアスペクトの動詞と対(つい)をなして存在している。たとえば,完了体のрешить(解決する)に対して不完了体のрешатьがあり,その相違はアスペクトの意味のちがいとして表れる。すなわちЯ решил задачу.(私は課題を解いた--完了体(解答終了))に対し,Я решалзадачу.(私は課題を解いていた--不完了体(解答作業中))などのようになる。アスペクトは多目的,一回的,始発的などと呼んで区別するいわゆる動作様相(ドイツ語でAktionsarten)を表すための個々の形態論的手段(接尾辞-ва-,-ну-,接頭辞за-など)とはレベルを異にする体系的な文法範疇である。
ボイス(一般には〈態〉と訳されるが,ロシア語文法ではこれを〈相〉と呼ぶことも多い)の範疇では能動態(能動相)と受動態(受動相)の二つを区別するが,両方の態(相)の形態をもつのは他動詞だけで,非他動詞ないし自動詞は能動態しかない。不完了体の他動詞の受動態は末尾に-ся/-сьの要素を加えた形で表現されるが,完了体の場合は受動過去分詞短語尾形と繫辞бытьの諸形を述語として表現される。
動詞の法の範疇は,不定形と分詞をのぞき,直説法と命令法および仮定法の三つの区別がある。直説法は時称の範疇をもち,現在と過去および未来を区別する。現在時称形は人称変化で三つの人称を単複で表す六つの形態をもつ。過去時称形は形容詞短語尾型の変化で,男・女・中・複の四つの形を区別する。独立の未来時称形として人称変化をもつのは繫辞としても用いる存在の動詞быть(いる,ある=be)だけで,不完了体動詞に限り不定形をбытьの未来諸形とともに用いてその未来の意味を表すことができる(合成未来と呼ぶ)。完了体動詞は合成未来で用いることはできないが,その現在変化形はふつう未来の意味を表す。たとえばСейчас я решу задачу и пойду гулять.(いますぐ私は課題を解き終えて散歩に出かけます。)などとなる。命令法は相手に対する命令として(…せよ)の意味を表す2人称命令法の単複,および共同動作へのうながしとして(…しよう)の意味で用いる1人称命令法の諸形態がある。仮定法は動詞の過去形に相当する形を助詞быとともに用いて表す。この形は現在・過去・未来の仮定のすべてに共通である。
分詞には副詞的機能を果たす〈副動詞〉と形容詞的機能を果たす〈形動詞〉があるが,副動詞は不変化ながら完了体と不完了体で形の区別があり,一方,形動詞は能動と受動の区別のそれぞれに現在と過去の形があり,すべて形容詞長語尾型の性数格変化をもつ(受動形容分詞は短語尾形もある)。
品詞分類は上述の名詞,形容詞,数詞,代名詞,動詞のほかに自立的品詞として副詞を加え,非自立的(補助的)品詞としては前置詞,接続詞,助詞の三つ,そしてそのいずれでもない特殊な品詞として間投詞の合計10種の区別を認めるのがふつうである。
基本的な方言区分は北方方言(ないし北大ロシア方言)と南方方言(ないし南大ロシア方言)の二つの区別で,その中間に両方言の特徴を分有する中部ロシア諸方言の分布する広い地域がある。北方方言と南方方言のおもな相違は,(1)アクセントのない位置での/o/と/a/の区別については--(北)あり/(南)なし,(2)/g/の音声的実現については--(北)閉鎖音[g]/(南)隙間音[],(3)母音間の-бм-の発音については--(北)[mm]/(南)[bm],(4)-аに終わる女性名詞の単数生格の語尾については--(北)-ы/(南)-е,(5)名詞・形容詞の複数与格と複数造格の区別については--(北)なし/(南)あり,(6)動詞現在3人称単複の形の末尾については--(北)-т/(南)-ть,(7)動詞現在3人称複数形の語尾にアクセントのないときの第1変化と第2変化の区別については--(北)あり/(南)なし,などの諸点にある。標準語は中部ロシア諸方言帯にあるモスクワの話しことばと古来の書きことばの伝統をもとにして形成されたが,上記の諸特徴について言えば,(1)(3)(5)に関しては南方方言型である一方,(2)(4)(6)(7)の特徴は北方方言型を継承している。
日本語とロシア語の関係は相互に少数の語彙の借用があるにすぎないが,ロシア語から,ないしはロシア語を経由して日本語に入ったものは,イクラ<икрá(魚卵),インテリ<интеллиге´нция(知識階級),ウォッカ<водка(無色の蒸留酒),カンパ<кампáния за сбор де´нег(募金運動),スプートニク<спýтник(人工衛星),ボリシェビキ<большевики´((ロシア社会民主労働党の)多数派(=レーニン派)),ラーゲル(ラーゲリ)<лáгерь(収容所,キャンプ),ルバシカ<рубáшка(上衣風のシャツ)などがある。また,日本語からロシア語に入ったものとしては,джи´уджи´тсу(柔道)<柔術,иваси´(イワシ類の小魚)<鰯(いわし),кавасáки(極東・沿海州の小型漁船)<川崎(船),кимонó(日本の伝統的衣服)<着物,микадó(日本の天皇)<帝(みかど)などである。
幕末,10年余のロシアへの漂流と各地の滞在ののち,1792年(寛政4)に帰国を果たした大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)によってロシア語とその文物が詳細に紹介され,日本のロシア研究の端緒を開いた。長崎通詞出身の馬場佐十郎貞由は松前に虜囚としてとどまっていたV.M.ゴロブニン海軍少佐の協力を得て《魯語文法規範》6巻(1813)を著したが,これは本邦最初のロシア語の学問的研究と評価できる内容をもつ。日本における組織的なロシア語教育は,1873年(明治6)伝道師ニコライが東京に開いた正教神学校,およびその翌年政府の創設した東京外国語学校において開始された。比較言語学に基づく科学的なロシア語の研究は八杉貞利によってその基礎がおかれ,井桁貞敏(1907-80),木村彰一(1915-86)らによって発展をみた。第2次大戦後は国際社会におけるロシア語の比重増大の傾向を反映して,日本のロシア語教育も空前の規模に達したが,大学院までの専門課程を備えた大学は日本ではまだ少数である。
執筆者:佐藤 純一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
インド・ヨーロッパ語族中のスラブ語派に属し、ウクライナ語、白(はく)ロシア(ベロルシア)語とともに東スラブ語群を形成する。スラブ語派中最大の勢力を有し、ロシア連邦内のロシア共和国の国語であるばかりでなく、ロシア連邦の公用言語でもある。
[栗原成郎]
1979年の人口調査によれば、旧ソ連においてロシア語を母語とする言語人口は1億5350万であり、ロシア人の民族人口1億3700万をはるかに上回っていた。このほかにロシア語を第二母語とする二言語併用者が6130万、合計2億1480万人がロシア語を用いていた。この数字はソ連総人口の82%に相当した。1970年の人口調査によれば、ロシア語を母語ないし第二母語とする言語人口は1億8380万で、ソ連総人口の76%であったから、ロシア語人口は9年間に6%の伸び率を示したことになる。
1989年の人口調査によれば、ロシア語を母語とする人はロシア連邦において1億4370万、このほかに旧ソ連を構成していた国々において約8800万あり、あわせて2億3170万である。ロシア語人口の大部分はロシア共和国に集中しており、国内でロシア語を母語とする人は1億2730万であり、そのうちロシア人は1億1980万で、750万は非ロシア人である。ロシア人は、アメリカ合衆国に100万以上、カナダと西ヨーロッパに200万以上、さらにそのほかの国々に約140万、居住している。ロシア語は世界的な言語であり、程度の差は度外視して、ロシア語を使用できる人の数は世界中で5億に達する、と推定されている。
[栗原成郎]
ロシア語の淵源(えんげん)は遠く古代にさかのぼる。スラブ祖語は、紀元前2000年ごろからインド・ヨーロッパ語族の親族方言群から漸次分離し始めて、後の発達段階として、およそ1世紀から7世紀にかけてスラブ共通基語を形成した。共通基語時代のスラブ人がどこに住んでいたかは論争の多い問題であるが、紀元前1世紀の後半から紀元1世紀の初めにかけて、東はドニエプル川中流域から、西はビスワ川上流域、北はプリピャチ川以南、南はステップと森林帯の中間地帯に至る領域を居住地として占めていたものと考えられる。1世紀後半になると、スラブ人の居住領域は著しく拡張された。2世紀から4世紀にかけてスラブ人の居住地は南下してきたゲルマン人(ゴート人)によって荒らされ、おそらくそれが原因となって、スラブ人は東スラブ人と西スラブ人とに分裂し、孤立化した。
5世紀末にはフンの国家の崩壊後、スラブ人の南方進出が始まり、7世紀までにバルカン侵入を果たした。このようにして、6、7世紀には、スラブ人は、南西はアドリア海沿岸まで、北東はドニエプル川上流域およびイリメニ湖まで領土を拡張し、それに伴い、スラブ人の種族的・言語的統一は崩壊し、東スラブ人、西スラブ人、南スラブ人の三つの近親的民族群が形成された。東スラブ人の言語は7世紀から14世紀まで単一的なものとして存続した。それは「古代ロシア語」древнерусский язык/drevnerusskiy yazïk とよばれ、共通基語的な古期東スラブ語である。その主要な東スラブ語的特徴は次のごとくである。
(1)充音現象(スラブ共通基語の*or, *ol, *er, *elの流音r, lを同じ母音で挟み、оро,оло,ере,елеとする現象)。
(2)共通基語の*dj, *tj, *ktをж,чで継承した。
(3)共通基語の鼻母音*,*ęがу,яに変化した。
(4)動詞の現在時称(未来時称)の三人称の語尾が-тьであること。
10世紀末に古代ロシア(キエフ・ルーシまたはキエフ・ロシア、キーウ・ルーシ。ルーシはロシアの古名)はブルガリアよりキリル文字と古代教会スラブ語を摂取して文書活動をおこし、11世紀には『オストロミール福音(ふくいん)書』(1056~1057)にみられるように成熟した文語をもつに至った。キエフ府主教イラリオーンの説教『律法と恩寵(おんちょう)について』(11世紀)、『過ぎし歳月の物語』(12世紀)、『イーゴリ遠征物語』(12世紀)などの芸術性の高い作品は、この古代ロシア文語で書かれている。
一方、記述文学成立以前の口承文芸の口語は古くから重要な役割を果たし、フォークロア的モチーフをあわせもつ『過ぎし歳月の物語』や『イーゴリ遠征物語』には、民衆的口語要素が反映されている。古代ロシア文語はキエフ・ルーシにおいて成立し、その文語としての伝統は現代ロシア標準文語の基盤に連綿としてつながっている。13世紀前半のモンゴル・タタール軍の侵略とそれに続くポーランド・リトアニアの侵攻が、キエフ・ルーシによる古代ロシアの民族的・国家的統一の崩壊をもたらし、また封建領土の細分化が方言分裂を促すにつれて、13~14世紀間に古代ロシアの単一性にも亀裂(きれつ)が生じた。北東部の大ロシア人、南部のウクライナ人、西部の白ロシア人という新しい三つの民族的根幹が形成されて、14~15世紀間に、それらの種族的統合体の基盤のうえに親近性を保ちながらも独立の言語である三つの東スラブ語――ロシア語、ウクライナ語、白ロシア語が形成された。モスクワ・ルーシ(モスクワ・ロシア)時代(14~17世紀)にロシア語は方言的に発達し、北部大ロシア方言と南部大ロシア方言の二つの基本的な方言領域が形成され、その中間方言としての中部大ロシア方言群のなかからモスクワ方言が発達して、主導的な役割を演じるようになった。モスクワ方言は当初は混成的な言語であったが、漸次言語体系を整えて規範的となり、モスクワ・ルーシにおいて公用語の役割を果たし、ロシアの国語の基礎となった。
国語としてのロシア語の形成の時期は17、18世紀に属する。18世紀初頭には、ピョートル1世の文字改革を契機としてロシア語の標準文語化が方向づけられた。18世紀前半はロシアの急激な西欧化・近代化が始まった時代で、経済・文化の発達が近代的な標準文語の成立を要求した。中世以来宗教的文献において使用されてきたロシア教会スラブ語と、16世紀にモスクワ公国の興隆に伴って形成された「実務的」文章語の二通りの文語は、もはやそのままの姿では、新しい時代の精神を表現するにふさわしい形式ではなかった。18世紀後半には、フランス語がロシア語の語彙(ごい)や語法に強い影響を及ぼした。標準文語の規範の確立の道は、国語観を異にする知識人のさまざまな派の熾烈(しれつ)な闘争のなかで模索された。そのなかで、最初の体系的なロシア語文法を著し、作品の内容に応じて高・中・低の三文体を設定することを提案したロモノーソフの言語理論と実践が大きな役割を果たした。ロモノーソフ、トレジャコフスキー、フォンビージン、デルジャービン、ラジーシチェフ、カラムジンなどの18世紀の文人が、19世紀前半のプーシキンの偉大な言語改革の下地を準備した。プーシキンの天才的な創造力は、ロシア民衆の口語・教会スラブ語・ヨーロッパ語法の多様な言語状況を単一的な体系に統合することに成功した。プーシキンに続く19、20世紀の作家・詩人たちが熱烈な国語愛をもってこの新文語を洗練し、西欧近代文語に劣らない、質の高い言語に育てあげた。
20世紀も末に近づいた現在、現代ロシア標準文語は、その使用領域の拡大、人口の増加とともに、多民族国家の多様な民衆の生きた口語を消化し、また新しい社会環境との関連において語彙や表現法を豊富にする一方、統語法における簡潔化・明晰(めいせき)化への傾向を示している。
[栗原成郎]
ロシア文字は、ビザンティン時代のギリシア古文書の大文字楷書(かいしょ)体に基づいて、9世紀末か10世紀初めにブルガリアにおいて考案されたキリル文字を取り入れたもので、ロシアには10世紀末にギリシア正教への改宗の際、古代教会スラブ語文献とともに伝来した。それ以来現代に至るまで、キリル文字はロシアにおいて約1000年の伝統をもつが、1708年にはピョートル1世の文字改正により、よけいな装飾的記号を除去して、ラテン文字に近い形に単純化され、近代的な印刷字母として合理化された。これは旧式な教会スラブ文字に対して「市民字母」とよばれた。1917年には正書法の改正が行われ、現行の33字母になった。
[栗原成郎]
まず音声面からみると、母音および子音において、硬音と軟音の対立がみられる。母音は基本的な五つの硬母音a[a]・э[ε]・ы[ɨ]・o[o]・y[u]に対して、日本語のヤ行子音にあたる[j]を初頭音とするя[ja]・e[je]・и[ji]・ё[jo]・ю[ju]が軟母音として対応する。母音には、長母音・短母音の区別はないが、アクセントのある母音はやや長めに発音される。子音体系は硬子音と軟子音の二系列からなる。日本語のナ[na]とニャ[n′a]における子音[n]の調音を観察すると、ナの[n]に比べて、ニャの[n′]のときは、前舌面が歯裏から硬口蓋(こうがい)にかけて接触している。このように、前舌面が硬口蓋に向かって高まる傾向をもつ口蓋化音を軟音というが、ロシア語には[p′]・[b′]・[f′]・[v′]・[m′]・[t′]・[d′]・[s′]・[z′]・[n′]・[l′]・[r′]などの軟子音があって、それぞれ[′]のつかない硬子音と対立する。正書法のうえでは、軟子音は、原則として、硬子音の直後に軟音記号のbあるいは軟母音を書くことによって示される。アクセントは自由移動式アクセントで、その位置は決まっていない。アクセントのある母音は強く、長めに、はっきりと発音されるが、アクセントのない母音は弱化し、とくにアクセントのないoとaの発音は同じ音の[a]か[ə]になる。このように無アクセントのoをaと同じように発音するモスクワの「ア方言」が標準語の発音とされている。
音連続についていえば、二つ以上の子音が連続するとき、かならず後続音が先行音に類似の調音を強制する逆行同化がおこる(例、водка [vótka]ウォトカ)。また、語末に有声子音はたたず、有声子音が書かれていても無声になる(例、Ленинград[l′in′ingrát]レニングラート)。
次に文法面をみると、ロシア語は印欧語の古風な屈折語(総合的言語)の特徴を保持している。名詞類は曲用し、動詞は活用する。名詞・形容詞・代名詞は性・数・格に応じて語形変化する。名詞類の性には男・女・中性の区別があり、その区別は文法であって、語形変化の型を決定する役割をもつ。格は6格あり、主格книга(本が)、生格книги(本の)、与格книге(本に)、対格книгу(本を)、造格книгой(本で)、前置格о книге(本について)のように、日本語のてにをはの機能に相当する文中における語と語との関係を表す要素が曲用によって示される。数は単数と複数の2種であり、双数は現代語では失われた。
動詞は現在時称と未来時称において人称変化する。過去時称は古代ロシア語においてはアオリスト(無限定過去)・未完了・完了・大過去の4種が区別され、それぞれ活用形態をもっていたが、現代語では過去時称の動詞組織は簡素化され、完了分詞起源の-лに一元化されて本来の人称変化を失ったが、そのかわりに性のカテゴリー(単数で男性-л・女性-ла・中性-лоを区別)を新たにもつに至った。
動詞の文法カテゴリーには人称(一・二・三人称)、時制(未来・現在・過去時称)、態(能動・受動態)、性(過去形のみ)、数(単・複数)、法(直説法・接続法・命令法)のほかに、スラブ語に特有のアスペクト(体)がある。アスペクトとは、動詞の表す過程(プロセス)のとらえ方の観点の相違が文法化されたものであり、完了体と不完了体の二つからなる。完了体は動詞の表す過程を始めと終わりのある全一的なものとしてとらえ、その過程が内的・質的限界に達していることを示し、不完了体はそのような意味特徴を表示しない。すべての動詞はアスペクトのカテゴリーをもち、完了体か不完了体かのいずれかである。動詞語彙の大部分はアスペクトの対(ペア)を組み、それらのアスペクト・ペアは、語彙的な意味は同一でありながら、アスペクトという文法的な意味において差異をもち、対立する。「発見する」という動詞語彙はоткрыть(完了体)とоткрывать(不完了体)という二つの語のペアからなる。アスペクトは時制と複合的な関係にあり、アスペクトの文法的な意味は、時制の体系のなかに置かれて、明瞭(めいりょう)化する。例、Колумб открыл Америку.(「コロンブスはアメリカを発見した」完了体、発見過程の完了)、Колумб открывал Америку.(「コロンブスはアメリカを発見しようとしていた」不完了体、発見過程の途上)。動詞からは四つの分詞(ロシア語文法の教科書では伝統的に形動詞とよばれる)、「読む」という動詞читать(不完了体)・прочитать(完了体)からは、能動現在分詞читающий「読んでいるところの」、能動過去分詞читавший「読んでいたところの」、прочитавший「読み終わったところの」、受動現在分詞читаемый「読まれるところの」、受動過去分詞прочитанный「読まれたところの」が造形され、これらの分詞は動詞と形容詞の機能を兼有し、語尾が形容詞と同じように変化する。
これらの分詞の形成法は、ロシア語が古代教会スラブ語から受け継いだ貴重な財産の一つである。同系のスラブ語でも、能動分詞の形態を発達させなかったセルビア・クロアチア語では、ロシア語の能動現在分詞читающий「読んでいるところの」を一語では表現しえず、onaj koji čita(指示代名詞・関係代名詞・動詞)という構文をもってそれに対応させなければならない。分詞は、студент,который читает книгу「本を読んでいる学生」という関係代名詞によって接続される従属節を伴う複文的構成をстудент читающий книгуと単文の一成分に緊縮させる機能をもち、それによってロシア語の文構造に弛(たる)みのなさと彫りの深さをもたらしている。
ロシア語は、屈折語の特徴として、語尾の変化による多様な語形を備え、統語法においてそれらの語形の規則的な一致・対応が要求される点において厳格な論理性をもつが、他方においては、語順が比較的自由であり、さまざまなタイプの無人称(無主語)文を発達させている点で柔軟性と情緒的表現力をもつ。
冠詞は存在しないが、語順がある程度まで冠詞的機能を代行する。すなわち、定冠詞的な限定性をもつ既知の事柄は文頭に、不定冠詞的な新しい事柄や未知の事柄は文末にたつ傾向が認められる。造語法についていえば、きわめて生産力のある接尾辞・接頭辞を備えているために、共通の語根からの派生語を豊富に産出することができる。とくに、数十種の指小辞派生用接尾辞により話者の主観的・情緒的な評価を表す愛称形・卑称形を派生する能力は、ロシア語が感情表現の豊かな言語であることを示している。例、книга「本」、книжка「小冊子」、книжечка「愛すべき本」、книжонка「駄本」。また、ちょうど日本語の補助動詞「~する」が漢語・外来語を自由に動詞化するように、ロシア語の接尾辞-ова-/-изова-/-ирова-/-изирова-тьは外来語起源の名詞・形容詞を旺盛(おうせい)に消化し、新しい動詞をつくることができる。例、интервьюировать「インタビューする」、пародировать「パロディー化する」。
語彙についてみれば、ロシア語は20万語をはるかに超える膨大な語彙を包蔵しているが、標準文語では、使用語彙はよく整理されており、現在最大の国語辞典(ソ連邦科学アカデミー・ロシア語研究所編『現代ロシア標準語辞典』全17巻・1950~65)に登録されている語数は12万0480語である。そのうち外来語彙は10%程度である。ロシア語はラテン語よりもギリシア語の影響を強く受け、またチュルク系・モンゴル系の借用語彙も多く、西欧近代語にはみられないエキゾチックな雰囲気をもつ。
[栗原成郎]
『八杉貞利著『岩波ロシヤ語辞典』増訂版(1989・岩波書店)』▽『井桁貞敏編『コンサイス露和辞典』第4版(1977・三省堂)』▽『木村彰一他編『博友社ロシア語辞典』(1995・博友社)』▽『木村彰一著『ロシア文法の基礎改訂新版』(1992・白水社)』
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…そこで,ある行為や過程を全体として一つの点的なまとまりとしてとらえるか,あるいはその内的な展開の種々相のいずれかに着目するかといった違いによって,完了相,瞬間相,進行相,継続相,習慣相,起動相(動作や過程の開始を示す),終結相などが区別される。 aspectという用語は本来はロシア語などのスラブ語(スラブ語派)にみられる現象を示すためのものであり,日本語では〈体(たい)〉とも訳される。ロシア語では動詞はすべて完了体か不完了体のいずれかに属し,それぞれが各時制に関してそれぞれの活用形をもつ。…
…現代の〈ロシア語〉と同義の呼称で19世紀中ごろから用いられた。すなわち,古ロシア語を共通の源とするロシア語,ウクライナ語,ベラルーシ語(白ロシア語)の三つをあわせて広義のロシア語とし,狭義のロシア語をこれと区別するため大ロシア語と称したが,これはウクライナを差別的に小ロシアと呼ぶ17世紀後半以来の習慣にもとづく。…
※「ロシア語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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