ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ローランの歌」の意味・わかりやすい解説
ローランの歌
ローランのうた
Chanson de Roland
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…750年ウマイヤ朝の滅亡により北アフリカに逃れ,756年スペインに渡ってコルドバに後ウマイヤ朝を開き,ベルベル人の反乱やアッバース朝が糸を引く反乱を鎮めて王朝の基礎を築いた。サラゴサの領有をめぐるカール大帝との戦いは,中世ヨーロッパの武勲詩《ローランの歌》にうたわれている。【花田 宇秋】。…
… 中世に入ると,キリスト教化しつつヨーロッパに定着したゲルマン系の諸民族が,それぞれの伝承をもとに,神話的もしくは英雄的な叙事詩を生み出した。古いものでは8世紀ごろ成立したイギリスの《ベーオウルフ》があり,北欧の〈エッダ〉と〈サガ〉,ドイツの《ニーベルンゲンの歌》などのゲルマン色の濃いものや,おそらくケルト系のアーサー王伝説群,それに,キリスト教徒の武勲詩の性格をもつフランスの《ローランの歌》,スペインの《わがシッドの歌》などが,いずれも12,13世紀ごろまでに成立する。抒情詩としては12世紀ごろから南仏で活動したトルバドゥールと呼ばれる詩人たちの恋愛歌や物語歌がジョングルールという芸人たちによって歌われ,北仏のトルベール,ドイツのミンネゼンガーなどに伝わって,貴族階級による優雅な宮廷抒情詩の流れを生むが,他方には舞踏歌,牧歌,お針歌などの形で奔放な生活感情を歌った民衆歌謡の流れがあり,これがリュトブフ(13世紀)の嘆き節を経て,中世最後の詩人といわれるフランソア・ビヨン(15世紀)につらなる。…
…フランス語ではロンスボー。778年フランク王カール大帝のイスラム教徒に対する遠征軍が帰途に当地のバスク人に敗北した戦いは,中世の叙事詩《ローランの歌》に伝承された。サンチアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路のスペイン側の起点で,12世紀に建てられた修道院は宿泊所および病院にあてられた。…
※「ローランの歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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