11世紀より14世紀にかけてフランスで行われた口誦の長編英雄叙事詩群で,職業的吟遊楽人(ジョングルール)により弦楽器の伴奏を伴い比較的単調な旋律で朗唱されたと推定される。現存詩編は約80編。大部分の詩は主題をカロリング朝時代(8~10世紀)に設定し,史実や歴史上の人物を中心に据えて功名,忠節,戦友愛などの戦士的世界を歌う。ジャンルとして成立したのは11世紀中葉の北フランスであろう。現存の詩編はすべて11世紀末以後のものである。起源の問題について19世紀より多くの理論が提起されたが,伝承理論(事件直後から歌謡,伝説が発生,やがて詩に成長)と個人主義理論(個性的詩人が年代記などに基づいて創作)に大別される。しかし,しだいにこのような統一的理論は支持を失いつつある。ほぼ確実なことは現存の詩編はすべて文字の助けを借りて制作されたということである。しかしそれ以前に長い口誦詩の時代が存在し,表現形式,文体などがすでにその時期に完成していたと思われる。
詩句は10音綴(まれに8,12音綴)で,4音の後に句切れがあり,したがって4音と6音の半句が表現上最小の単位となる。口誦詩の特徴としてこの半句ないし詩句を単位にして韻律統辞法,語彙の次元での繰返しによって成り立つ定形句(フォルミュール)が多数形成され,武勲詩特有のモティーフ・テーマ群の存在とともに口頭による制作を容易にし,かつ繰返しによる美的効果を発揮している。物語の次元では半諧音(アソナンス)で統一された行数不足(3~30行前後,後期には数百行)の詩節(レース)が一つの場面に対応することが多い。
12世紀中葉より主人公を共有する詩群が形成され始め,王と臣下の関係を理想化し,聖戦思想に貫かれた〈シャルル大帝詩群〉,弱体で忘恩の王を助けて聖戦を戦う〈ギヨーム詩群〉,封建社会の矛盾に苦しみ,領土をめぐり私闘を繰り返し,王に反抗する〈反逆の諸侯の詩群〉が生まれる。武勲詩は戦士文化が確立し,自覚し,合戦と英雄に自己の姿を託そうとした封建社会の代表的文学である。
執筆者:神沢 栄三
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シャンソン・ド・ジェスト。フランス国王や封建諸侯の武勲を歌った長編叙事詩(11~15世紀)で、『ロランの歌』に代表される。最盛期は1150年から約100年間。現存作品は80余りだが大部分は匿名で、10音綴母音押韻(おんてつぼいんおういん)をはじめいくつかの詩型があり、14、15世紀には散文化も行われた。
武勲詩は、キリスト教圏とイスラム教圏との闘争や西洋統一の夢を歌い、フランスの栄光をたたえた「シャルル大帝の武勲」Cycle de Charlemagne、優柔不断な国王に対する封建諸侯の立場を弁護した「ギヨームの武勲」Cycle de Guillaume、反逆を主題とした「ドーン・ド・マイヤンスの武勲」Cycle de Doon de Mayenceの三大作品群に分けられる。武勲詩は本来、聖者伝に代表される聖職者文明から騎士文明への移行を背景としており、手回し琴(ビエル)を弾きながら大衆の前で語られたものだが、叙事詩的なテーマ、モチーフや決まり文句にみられるように、作成にあたって専門的な語り手であるジョングルールjongleurが果たした役割は大きい。その内容は十字軍思想を背景とするイスラム教徒への対抗意識や、主人公の武勇、思慮分別、忠誠心、犠牲的行為、一族の連帯感をたたえたものだが、主人公の美徳は優れた補佐役や卑怯(ひきょう)者、裏切り者の存在により引き立たせられている場合が多い。起源に関しては二説あり、一つは、武勲詩がゲルマン精神の発露であり、史実に直接関係のあった民衆の間に自然発生したものが改作されながら伝えられたと説く「伝承説」、他の一つは、史実と作品内容の相違に注目し、作成当時のフランス封建社会の時代的要求にこたえたものと考えて、詩人の想像力や芸術的才能を重視する「個人作者説」に大別されるが、いまだ最終的結論には達していない。
[鷲田哲夫]
『佐藤輝夫著『ローランの歌と平家物語』上下(1973・筑摩書房)』▽『『筑摩世界文学大系10 中世文学集』(1974・筑摩書房)』
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フランス中世文学を飾った叙事詩。フランクの伝説的英雄や王侯の生涯,武勲を題材として,11~12世紀を中心に多くつくられ,特にカール大帝とその武将の英雄的騎士に取材したものが有名。『ローランの歌』などが代表例。キリスト教の戦士としての活躍や勇気,王に対する献身が主なモチーフをなす。のちドイツやイタリアでもつくられた。
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…かつて支配的な言語であったラテン語は,少なくとも民間の口頭言語としてはしだいに変質を重ね,いわゆるロマンス語の過程を経たあと,いまや9世紀前半に至って,ロマンス語からさらにフランス語が分化し始めたのである。
[武勲詩の誕生]
しかしフランス語が形成され始めるのと並んで,フランス語による文学作品がただちに開花したわけではない。ラテン語は依然として公用語,教会語であるとともに,文学表現の道具として生命を保ちつづける。…
…中世フランスの最古の武勲詩。11世紀半ばより口誦詩として発展,世紀末に現在の姿(オックスフォード本)となる。…
※「武勲詩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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