ワインガルトナー(英語表記)Weingartner, (Paul) Felix

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワインガルトナー
Weingartner, (Paul) Felix

[生]1863.6.2. ダルマチア,ザラ
[没]1942.5.7. ウィンタートゥール
オーストリアの指揮者,作曲家。グラーツで作曲を学び,1881~83年ライプチヒ大学で哲学を修めた。 83年ワイマールでリスト師事した。 84年ケーニヒスベルクの指揮者となり,その後ドイツ各地で歌劇場指揮者となった。 1908年ウィーン宮廷歌劇場,19~27年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者をつとめ,27年バーゼル音楽院院長,35年ウィーン国立歌劇場の指揮者を歴任。 37年スイス国籍を得て,スイスを中心に活動。ベートーベンワーグナーの指揮を得意とし,20世紀前半を代表する指揮者の一人といわれた。オペラ,交響曲などの作曲も多く,著書に『ある指揮者の提言』 Ratschläge für Aufführungen klassischer Symphonienがある。

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百科事典マイペディアの解説

ワインガルトナー

オーストリアの指揮者,作曲家。ダルマツィアのザラ出身。グラーツとライプチヒで音楽を学んだのち,1883年ワイマールで晩年のF.リストに師事。ケーニヒスベルク(現カリーニングラード),マイハイム,ベルリン,ミュンヘンなどで指揮活動ののち,1908年−1911年マーラーの後任としてウィーン宮廷歌劇場(のちのウィーン国立歌劇場)の指揮者,1908年−1927年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務める。この間ダルムシュタットの音楽総監督,ウィーンのフォルクスオーパー監督なども兼任し,1935年−1936年再びウィーン国立歌劇場に音楽監督として就任。ナチスによるオーストリア併合(1938年)後はパリとロンドンで活動。過度のロマン性を排し作品の形式美を明快に浮かび上がらせるその演奏は,のちの指揮者に多大の影響を与えた。1937年に来日し,新交響楽団(現NHK交響楽団)と東京・大阪ほかで開いた7回の演奏会は,初の世界的大指揮者の来日公演として大きな話題を呼ぶ。またこの折日本の管弦楽作品を対象に設けられた〈ワインガルトナー賞〉――松平頼則早坂文雄尾高尚忠らが受賞――は,日本の作曲界にとって大きな刺激となった。→フォイアマン

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ワインガルトナー Weingartner, Felix

1863-1942 オーストリアの指揮者,作曲家。
1863年6月2日生まれ。グラーツ,ライプチヒでまなぶ。のちリストに師事。1935年ウィーン国立歌劇場の音楽監督。昭和12年来日し,新交響楽団(現NHK交響楽団)を指揮。このときワインガルトナー賞をもうけ,日本の管弦楽作品を募集した。1942年5月7日死去。78歳。

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世界大百科事典 第2版の解説

ワインガルトナー【Felix Weingartner】

1863‐1943
ダルマツィア出身のオーストリアの指揮者。グラーツとライプチヒで学び,1883年ワイマールでリストに師事。ケーニヒスベルク(現,ロシアのカリーニングラード),マンハイム,ベルリン,ミュンヘンなどで指揮活動ののち,1908‐11年ウィーン宮廷歌劇場指揮者,08‐27年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団指揮者を務める。ダルムシュタットの音楽総監督,ウィーンのフォルクスオーパー監督,バーゼル音楽院長などを歴任ののち,35‐36年音楽監督としてウィーン国立歌劇場(旧,宮廷歌劇場)に帰る。

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大辞林 第三版の解説

ワインガルトナー【Felix Weingartner】

1863~1942) オーストリアの指揮者。ウィーン-フィルハーモニー常任指揮者やバーゼル音楽院長などを務めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワインガルトナー
わいんがるとなー
Felix Weingartner
(1863―1942)

オーストリアの指揮者で、20世紀前半を代表する大家の一人。ザーラ(現クロアチア南西部のザダル)生まれ。グラーツとライプツィヒでピアノと作曲を学び、さらにワイマールでリストに師事した。ケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)の歌劇場指揮者を振り出しに各地で活躍、1891年からベルリン宮廷歌劇場首席指揮者。1908年マーラーの後任としてウィーン宮廷歌劇場指揮者に転じ、あわせて08~27年ウィーン・フィルハーモニーの常任指揮者を務めた。14年からはダルムシュタット歌劇場、ウィーン・フォルクスオーパーの指揮者、バーゼル音楽院長を歴任、35~36年ウィーン国立(旧宮廷)歌劇場総監督。37年(昭和12)来日、新交響楽団(現N響)を指揮して楽員と聴衆に深い感銘を与えた。ナチスによるオーストリア併合のため、38年以後はフランスとイギリスで活動、スイスで死去。古典的な形式美を重んじた典雅な演奏スタイルで知られ、またベートーベン解釈の権威として大きな影響を及ぼした。[岩井宏之]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ワインガルトナー

(Felix Weingartner フェリックス━) オーストリアの指揮者・作曲家。ウィーン‐フィルハーモニー、ウィーン国立歌劇場などで指揮、二〇世紀前半を代表する指揮者の一人となった。ベートーベンなどの大曲の、端正・壮美な演奏にすぐれた。昭和一二年(一九三七)来日。指揮法に関する著作「ある指揮者の提言」がある。(一八六三‐一九四二

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