三菱信託銀行(読み)みつびししんたくぎんこう

百科事典マイペディア 「三菱信託銀行」の意味・わかりやすい解説

三菱信託銀行[株]【みつびししんたくぎんこう】

三菱系の信託銀行。1927年信託業法に基づき三菱合資(のち三菱本社。三菱財閥参照)が三菱信託を設立。財閥解体政策により1948年に朝日信託銀行と改称するが,1952年に三菱信託銀行に商号復帰。1950年代後半に業界トップとなり,以後その地位を確固たるものとする。積極的な国際化戦略を推進。資金量,収益力ともに業界トップクラスで,バブル破綻後の不良債権処理もほぼ終わった。1999年3月政府による公的資金3000億円を導入。2001年4月に東京三菱銀行,日本信託銀行とともに金融持株会社を設立し,〈三菱東京フィナンシャル・グループ〉として経営統合を進め,完全子会社となった。同年10月日本信託銀行,東京信託銀行と合併。2005年三菱信託銀行とUFJ信託銀行が合併し三菱UFJ信託銀行となる。
→関連項目十六銀行[株]

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「三菱信託銀行」の意味・わかりやすい解説

三菱信託銀行
みつびししんたくぎんこう

信託銀行。1927年三菱信託として設立。1929年大阪支店を開設。金銭信託を中心に拡大,国債,外貨債に積極的に投資を行なった。1948年朝日信託銀行と改称,同時に普通銀行業務を兼営,1950年に外国為替業務,1951年には証券投資信託を受託,1952年三菱信託銀行に社名変更。同時に貸付信託業務を開始,資金量が大幅に拡大した。1962年適格年金信託(→年金信託)受託,1965年住宅ローン,1969年には従業員持株信託を扱い勤労者の財産形成に取り組んだ。1998年,同じ三菱グループの東京三菱銀行,東京海上火災保険,明治生命保険とともに,投資信託と証券分野を中心とする業務提携を結んだ。2001年日本信託銀行,東京信託銀行を合併。2005年 UFJ信託銀行と合併し,三菱UFJ信託銀行となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む