改訂新版 世界大百科事典 「上杉清子」の意味・わかりやすい解説
上杉清子 (うえすぎきよこ)
生没年:?-1342(興国3・康永1)
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…鎌倉中期の武将。生没年不詳。藤原清房の子。《上杉系図》によれば,1252年(建長4)将軍宗尊親王に随従して鎌倉へ下向。丹波国何鹿郡上杉荘(現,京都府綾部市上杉町)を賜り,上杉氏の祖となる。娘は足利頼氏の側室となって家時を,孫娘清子は足利貞氏(家時子)の室となって尊氏,直義を生み,有力御家人足利氏にその外戚として重用された。現在,鎌倉市明月院に上杉重房木造座像(重要文化財)がある。【青山 幹哉】…
※「上杉清子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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