日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
世界の神話にみる万象の起源
せかいのしんわにみるばんしょうのきげん
〔天地の起源〕
ギリシア神話によれば、原古にまず発生したのは巨大な混沌(こんとん)の淵(ふち)カオスで、次に大地ガイアと、地底の暗黒界タルタロス、愛エロスが生まれた。大地は天空ウラノスと山々、海ポントスを生み、それからウラノスと結婚してティタンとよばれる古い神々を生んだ。現在世界を支配している神々の大部分は、このティタンの子孫で、天空と大地はその祖父母とされる。
メソポタミアの神話によれば、天地は巨大な竜の形をした塩水の女神ティアマトの身体からつくられた。ティアマトは、真水の神アプスと結婚して神々の祖先となったが、子孫たちの乱暴に立腹し、彼らを滅ぼそうとした。しかし、逆に神々の王に選ばれたマルドゥクによって激戦のすえに殺され、二つに引き裂かれた身体の上部は上に持ち上げられて天に、また下半身は大地にされた。頭と乳房からは山がつくられ、両眼からはティグリス川とユーフラテス川が流れ出るようになったという。
ビルマのカチン人の神話では、大神フラがある女神に命じて卵を生ませ、これを二分して天地をつくった。つまり、半分は支えとしてつくられた高い山の頂上に固定されて天となり、他の半分は土を振りかけた大魚の上に置かれて大地となった。
ミクロネシアのマリアナ諸島の神話によれば、原古、なにもない空間の中で生きていた賢い巨人プンタンは、死後自分の身体から人間たちのすみかとするための世界をつくるよう妹に遺言した。天と地は、彼の胸と肩とからつくられた。
〔陸地の起源〕
日本神話によれば、太古に陸地をつくり固めよと天の神々から命令された伊弉諾・伊弉冉尊(いざなぎいざなみのみこと)は、まず矛を下界の海の中に降ろし、次に海水をごろごろと音をたてるほどかき混ぜた。すると、引き上げた矛の先から滴り落ちた海水が積もり固まって、淤能碁呂(おのごろ)島という最初の陸地になった。二神はこの島の上に降りてきて結婚し、日本の国土の島々を次々に生んだ。このように、天と海は原古にすでに存在したとみなして、陸地の起源だけを説明した神話も、世界のほうぼうにみられる。
ニュージーランドのマオリ人の神話によれば、あるとき英雄神のマウイが祖母の下顎(したあご)からつくった釣り針を使い、自分の鼻を打って出した血を餌(えさ)にして海中から大魚を釣り上げると、それがニュージーランドの島になった。このとき兄たちは、マウイの注意も聞かずにこの魚にナイフで切りつけたため、怒った魚にカヌーを転覆させられて溺死(できし)したが、その傷により陸地に山や谷などの凸凹ができたという。
北アメリカのヒューロン人の神話によれば、太古に下界がまだ一面の海であったとき、天から1人の女が落ちてきた。だが、女は2羽の水鳥に受け止められて溺死を免れ、巨大な亀(かめ)の背の上に置かれた。それからいろいろな動物が、彼女が住むための大地の材料となる土を海底からとってこようとしたが失敗し、最後にやっとヒキガエルがいくらかの土をくわえてくることができた。女がそれを亀の甲らの上に置くと、どんどん膨張して広大な陸地になったという。
〔太陽と月の起源〕
西アフリカのドゴン人の神話によれば、太陽と月はどちらも世界を創造した唯一神アンマによってつくられた土器で、太陽はつねに白熱し、月は四半分だけが熱せられている。そして太陽は、八重の螺旋(らせん)形をした赤い銅で、月は同じ形の白い銅でそれぞれ取り巻かれているという。
東部インドネシアのセラム島のウェマーレ人の神話によれば、太陽トゥワレは、創造神ドゥニアイによりつくられた世界に最初に住んでいた夫婦の息子で、天を本拠にしていたが、たびたび地上にも降りてきて、あるときラビエという名の人間の娘に求婚した。ところが彼はひどい醜男(ぶおとこ)で、顔に気味の悪い吹き出物があったため、ラビエの両親は娘を隠してしまい、かわりに彼女の服と飾りを着けた豚の死体をトゥワレに渡した。そして数日後、ラビエが用便のために木の根の上に立つと、突然その根が彼女を乗せたまま地下に沈み始めた。叫びを聞いて集まってきた村人たちがいくら掘り出そうとしても、彼女を助けることはできなかった。だが、このようにしてトゥワレに連れ去られたラビエは、それから3日目の晩に、満月となって空に現れた。このときから昼には太陽が、夜には月が空に輝くようになって、さらにこの夫婦の間から生まれた5人の子供たちが最初の星になったという。
北欧神話によれば、3柱の兄弟神オーディンとビリとベーが協力して世界をつくったとき、太陽と月は他の天体とともに、世界の極南にある火焔(かえん)界ムスペルヘイムから飛んできた火花からつくられたとされる。
〔日食と月食の起源〕
インド神話によれば、神々が大洋をかき混ぜてつくりだした不死の飲料アムリタを最初に飲むために集まったとき、その席にラーフという悪魔が神の姿に変身して紛れ込んでいた。太陽と月がこれを見破り、大神ビシュヌに知らせたので、ビシュヌは愛用の武器の円盤を投げて悪魔の頭を胴から切り離した。だが、このときアムリタはすでに彼の喉頸(のどくび)まで飲み込まれていたので、ラーフの頭は不死になっており、以後彼は頭だけで太陽と月を追い駆け、飲み込もうとしては日食と月食をおこすようになったという。
カンボジアの神話によれば、太陽と月とラーフはもとは兄弟の王子で地上に住み、毎日修道僧に米の施しをしていた。ただ太陽はその米を金の鉢に、月は銀の鉢に入れたのに、ラーフは大きな錫(すず)の鉢に入れたので、ラーフは図体(ずうたい)は大きいが兄たちのようには光らない星になった。そのため日食と月食は、このラーフが兄たちを嫉妬(しっと)して飲もうとするためにおこるとも、また兄たちと会うと喜んで、接吻(せっぷん)しながら自分の大きな口の中に彼らを飲み込むためにおこるともいわれる。
アイヌの神話によれば、日食をおこす魔神がいて太陽の女神をつけねらっており、彼女が毎朝東の山から出ようとするとき、あるいは毎夕西の山に入ろうとするたびに飛びかかって彼女を飲もうとする。そこで太陽は、朝は2頭の狐(きつね)を、夕方には2羽の烏(からす)をこの魔神の大きな口に投げ入れることによって、からくも難を逃れているという。
〔人間の起源〕
『旧約聖書』に記されたイスラエルの神話によれば、最初の人間の男アダムは、神によって土の塵(ちり)からつくられたあと、生命の息を鼻から吹き入れられて生きたものとなった。神はこのアダムを、彼のためにつくられた楽園のエデンに住まわせていたが、ある日彼を深く眠らせておいてそのあばら骨を一つとり、それで最初の女イブをつくって2人を夫婦にした。しかし、蛇にそそのかされたイブが、神に固く禁じられていた「善悪を知る木」の実をとって食べ、アダムにも与えて食べさせたために、これを知った神は、人間の男にはつらい労働を、女には出産の苦しみを運命に定め、2人を楽園から追放した。
ブラジルのケラジャ人の神話によれば、人間はもとは父祖のカボイとともに大地の腹の中で暮らしていたが、地上から聞こえてくる鳥の声に誘われて、カボイに率いられ、大地の出口までやってきた。そしてカボイ自身は肥満しすぎていたため、その口を通り抜けられなかったが、子孫の一部はカボイの制止を聞かずに外に出て、地上の人類の祖先になった。
インドネシアのケイ諸島の神話によれば、天上に住んでいた3人の兄弟の1人が、あるとき地面を掘っていて天に穴をあけてしまった。そこで兄弟は、犬に綱をつけてその穴から降ろし、また引き上げたが、犬の足に砂がついていたので下界にも土地があることを知った。そこで姉妹の1人を連れ、綱を伝わって下界に降り、人類の祖先になったという。
〔死の起源〕
インドネシアのセラム島のウェマーレ人の神話によれば、太古にバナナの木と石が、人間がどのようであるべきかということで激しく争った。石は「人間は石のように固い右半身だけの身体をもち、手も足も目も耳も一つだけで、不死であるべきだ」といい、バナナは「手も足も目も耳も二つずつで、バナナと同様に子を生むべきだ」と主張した。しまいに怒った石が飛びかかってバナナの木を粉砕したが、翌日にはもう子供の木が生えて石と論争を続けたので、同じことを何度も繰り返したすえについに石のほうが降参し、バナナの主張どおりになることになった。その結果、人間はバナナと同様に死なねばならぬことになった。
ブラジル南西部の奥地に住むカドベオ人の神話によれば、昔1人のシャーマンが創造神のところに行き、死者を生き返らせることのできる櫛(くし)と、枯れ木を緑にすることができる樹脂をもらうことに成功して帰途についた。ところが彼は、創造神のもとにタバコを忘れてきたため、それを返そうとあとを追ってきた創造神の娘に大声で呼びかけられて、守護霊から受けていた注意も忘れて振り向き、娘の足の指を見てしまう。その一瞥(いちべつ)によって彼女を妊娠させてしまった彼は、ふたたび創造神のもとに連れ戻されて娘と結婚させられたので、人間は死を免れることができなくなったという。
ギリシア神話では、死タナトスは夜の女神ニクスの息子で、双子の兄弟である眠りヒプノスと同じ館に住んでいる。
〔性の起源〕
『日本書紀』に記された神話によると、淤能碁呂島に降(くだ)った伊弉諾・伊弉冉尊は、結婚しようとしたがその方法がわからなかった。すると、そこにセキレイが飛んできて尾を上下に速く振り動かしたので、二神はそのまねをして、この世で最初の性交をすることができた。
そっくりな話は沖縄にも台湾にもある。台湾のアミ族の神話では、天界から降ってきた男女の二神がイモを食べようとしてしゃがんだところ、互いの性器が目にとまり、その違いに驚いていると、2羽のセキレイがきて尾を振ったので、それを見て性交の方法を悟ったという。沖縄の神話では、天から降った最初の人間の男女は、やはり鳥が尾を動かすのを見て性交の方法を知ったとも、雌雄のバッタが重なり合うのを見てまねをしたともいわれている。
ブラジルのシェレンテ人の神話によれば、大昔には人間は男だけで、同性愛をしながら暮らしていたが、ある日何人かの男が水面に映っている影を見てそれをとらえようとし、むなしい努力を続けたすえに、ようやく1人が目をあげて、木の上に1人の女が隠れているのを発見し、降りてこさせた。ところが1人しかいない女を皆が欲しがったので、結局彼女を細切れにして各自に一片ずつ分けた。自分のものとなった破片を各人がたいせつに小屋にしまい、それから皆で狩りに出かけたが、帰ってみると破片がみな完全な女に変わっていて、それからは正常な結婚と性行為とができるようになったとされる。
〔火の起源〕
ニューギニアのワガワガ人の神話によれば、昔人間がまだ火を知らなかった時代、ゴガという名の老女が体内に火を隠し持っていた。彼女はいっしょに暮らしていた若者たちには、天日で乾燥させたイモを食べさせていたが、自分だけは、若者たちが留守の間にこっそりと身体から火を出し、食物を料理して食べていた。ところがある日、彼女はうっかり自分のために料理した食物の一片を若者の1人に与えてしまったので、それを分け合って食べた若者たちはそのうまさに驚き、彼女から火を盗むことにした。彼女が料理しているところに、1人が背後からこっそりと近づき、燃え木を奪って逃げたが、途中でそれを取り落としたために火はあたり一面に燃え広がった。ゴガはすぐに大雨を降らせて火事を消したが、木の洞(ほら)にいた蛇の尾についた火だけは消えずに残ったので、若者たちはこれからとった火を家に持ち帰ることができたという。
ブラジルのガラニ人の神話では、火はかつては禿鷹(はげたか)たちに専有されていた。神の子ニアンデルは、あるとき死んだふりをして自分の身体を腐敗させた。すると腐肉を好物とする禿鷹たちが集まってきて火を燃やし、死体を料理しようとしたが、ニアンデルは火の中に置かれるとすぐに生き返って暴れ出し、禿鷹たちを追い払ってしまった。ニアンデルはこうして手に入れた火を木の中に入れたので、人間が木と木を擦り合わせれば、いつでも火が取り出せるようになった。
〔作物の起源〕
『古事記』の神話によれば、天から追放された素戔嗚尊(すさのおのみこと)が大気都比売(おおげつひめ)という女神に食物を求めると、彼女は鼻と口と尻(しり)からいろいろな御馳走(ごちそう)を取り出して料理し、素戔嗚尊に食べさせようとしたので、尊は怒って女神を殺してしまった。すると死骸(しがい)の頭には蚕が、両目には稲が、両耳には粟(あわ)が、鼻には小豆(あずき)が、性器には麦が、尻には大豆が発生したので、神産巣日神(かむむすびのかみ)がそれらをとってこさせ、これらを種にして農業を始めた。
北アメリカのヒューロン人の神話によれば、太古に天から落ちてきて、亀の甲らの上につくられた陸地に住むようになった女は、双子を妊娠していたが、その1人が乱暴者で母の脇腹(わきばら)を破って生まれ出たために、彼女は死んでしまった。遺骸を埋葬すると、やがて頭からカボチャが、乳房からトウモロコシが、手足からはいろいろな種類の豆が生え出し、地上で暮らす人間たちの食物になったという。
ブラジルのカヤポ・ゴロティレ人の神話によれば、人間は昔、キノコと腐った木の粉を食べて暮らしていたが、あるとき水浴中の女が1匹のネズミから、梢(こずえ)にトウモロコシの実をいっぱいつけた大木があることを教えられた。そこで祖先たちは、石斧(いしおの)でたいへんな苦労をしながらこの巨木を伐(き)り倒し、それまでは猿たちとオウムたちの奪い合いの対象であったトウモロコシを手に入れることができ、栽培して食べるようになった。おかげで人間の数も増え、言語の異なる多くの部族に分かれたという。
〔獲物の起源〕
エスキモーの神話によれば、海底に住んで海獣と魚たちを支配しているセドナは、もとは人間の娘で、父親といっしょに暮らしていたが、適齢期になっても人間の男とは結婚せず、アホウドリ(または犬)を夫にして父の家から出て行った。これを知ると父親は、夫を殺して娘を舟に乗せ、連れ帰ろうとしたが、途中で猛烈な嵐(あらし)がおこり、舟がいまにも沈没しそうになった。父親はあわてて娘を海に投げ捨てたが、娘が必死で舟べりにしがみついたため、父親は斧で娘の指と手を切り落としてしまった。するとそれらは鯨やアザラシなどの海獣と、いろいろな種類の魚に変わり、セドナはそれらを支配する女神となった。そのため、これらの獲物を送ってくれるセドナの機嫌を損じると、エスキモーたちはたちまち飢餓に苦しまねばならないという。
ブラジルのムンドルク人の神話によると、あるとき人間の女たちは、食物をもらいにきた造物主カルサカイベの息子を侮辱して追い返してしまった。すると怒ったカルサカイベは、息子に命じて、彼女たちの住む村を羽で築いた壁と円屋根ですっかり囲ませておき、中にタバコの煙を吹き込んで「食物を食べよ」と、中にいる者たちに叫んだ。すると彼らは、これを「性交せよ」といわれたのと聞き違えて、うめき声をあげながら性行為を始めた。そのうちに声がだんだんと野豚のうなり声に変わり、姿もすっかり野豚になってしまったが、こうして猟の獲物である野豚が発生したとされる。
[吉田敦彦]