中村政人(読み)なかむらまさと

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中村政人
なかむらまさと
(1963― )

美術家。秋田県大館(おおだて)市生まれ。1987年(昭和62)東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、1989年(平成1)同大学院美術研究科修士課程修了。学部在学中の1985年に初個展を開催するなど早くから作家活動を展開。1990~1992年、韓国・弘益(ホンイク)大学大学院に留学。帰国後の1992年には芸大の同級生村上隆との二人展「中村と村上」展を開催、異質な個性のぶつかり合いが注目された。
 もともとは絵画から出発したが、1990年代なかば以降は都市空間のなかでのインスタレーション作品のほか、85人のアーティストによる大規模街頭イベント「新宿少年アート」(1994)を試みる一方で、大手コンビニエンス・ストアのCIカラーボード「トラウマトラウマ」(1996)やハンバーガーショップ、マクドナルドのM字型ロゴをかたどった大型の電飾作品「QSC+mV」(1998)を制作して、ギャラリーのみならず街頭でも活動を展開した。これは都市空間へのゲリラ的な闖入(ちんにゅう)を意図したものであると同時に、ありふれたロゴマークを従来とは違ったコンテクストで再構成することにより、イメージが氾濫(はんらん)した消費社会に対する批判としての側面ももっている。同様の視点は、ビルの間のわずかな隙間(すきま)を作品発表の空間や作品そのものとして活用し、その創造性を引き出そうとした「スキマプロジェクト」(1999)にもみられる。
 また中村の活動のなかで特筆すべき点は、彼が一貫して既存の美術の制度に対して疑問の眼(め)を向け、独自のプロジェクトによってその突破を図ろうとしていることである。「美術の教育」展(1999、コマンドN、東京)は、石膏(せっこう)デッサンに象徴される日本の美術教育のさまざまな矛盾を告発しようとしたものであり、開催にあたっては多くの関係者に取材し、詳細な証言を集めたカタログが作成された。また作家やプロデューサーなどの有志を募って、1999年東京・秋葉原(あきはばら)を拠点にNPO「コマンドN」を設立、多目的スペース「KANDADA」などを通じてインディペンデントな展覧会や教育活動を行った。1999年以降、同所を拠点に秋葉原地区一帯で開催された「秋葉原TV」(電気街の店舗などで作品を上映・展示するプロジェクト)もまた、一般になじみの薄いメディア・アートを秋葉原の都市空間のなかに展開すると同時に、既存の貸画廊制度に対する批判という一面も強くもったパブリック・プロジェクトである。また2002年(平成14)より、東京・湯島にある築50年の木造住宅を住居兼アトリエ兼ギャラリーに改装、そこを拠点としてさまざまな情報の発信を目ざす「湯島もみじ」プロジェクトに着手した。
 2001年にはベネチア・ビエンナーレの日本代表作家として参加。他の参加作家は美術家藤本由起夫(1950― )と写真家畠山直哉。東京造形大学助教授を経て、2003年より東京芸術大学助教授、2015年教授。[暮沢剛巳]
『『貸し画廊1994』(1994・m to m) ▽『美術と教育1997』(1997・m to m) ▽『美術の教育1999』(1999・m to m) ▽「スキマ・プロジェクト」(『10+1』2000年第21号所収・INAX出版) ▽「低温火傷」(カタログ。2000・東京都現代美術館)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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