中村重助(読み)なかむらじゅうすけ

改訂新版 世界大百科事典 「中村重助」の意味・わかりやすい解説

中村重助 (なかむらじゅうすけ)

歌舞伎作者。4世まである。2世が有名。(1)初世(1698-1755・元禄11-宝暦5) 4世中村勘三郎の三男表方(おもてかた)で作者を兼ねた。(2)2世(1749-1803・寛延2-享和3) 一説では1745年(延享2)生れ。俳名故一,鶴子。2世中村七三郎の子。幼名徳之助(一説に勝太郎)。前名5世中村伝次郎。64年(明和1)中村重助の名で中村座に初出勤。68年森田座に出勤。以後独立した作者として活躍。天明期(1781-89)の人気作者の一人となる。無駄のない均整のとれた作風で,多くの一座作品を提供した。寛政改革以降はあまり出勤せず,94年(寛政6)を最後に作者を引退した。《さるわか万代榎(ばんだいえのき)》など台本数編が伝えられるほか,富本の《鞍馬獅子》,随筆芝居乗合話》などをのこす。なお,浮世絵師歌舞妓堂艶鏡がこの人であるとの説もある。(3)3世(?-1805(文化2)) 中村座の帳元。作者ではない。(4)4世(1807-41・文化4-天保12) 俳名故一。4世中村七三郎の子。1822年(文政5)中村重助の名で初出勤。4世鶴屋南北らの没後,作者無人の江戸劇壇で活躍した。
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朝日日本歴史人物事典 「中村重助」の解説

中村重助(2代)

没年:享和3.9.20(1803.11.4)
生年:寛延2(1749)
江戸中期の歌舞伎狂言作者。俳名故一,鶴子。狂名歌舞妓工。3代目中村七三郎の子ともいう。明和1(1764)年から作者としてその名がみえ,同5年立作者となる。以後,寛政6(1794)年まで江戸三座に勤め,「恵方曾我年々暦」「江戸花三升曾我」などを執筆したようだが,伝存する作品はほとんどない。彼の著書とされる『芝居乗合話』(1800)は,芝居の故実や年中行事をまとめたもので,当時の興行の様子をうかがうことができる好史料である。なお,寛政8年に写楽風の役者大首絵を発表した浮世絵師歌舞妓堂艶鏡と同一人物だともいわれている。<参考文献>『役者全書』(『日本庶民文化史料集成』6巻)

(加藤敦子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中村重助」の解説

中村重助(4代) なかむら-じゅうすけ

1807-1841 江戸時代後期の歌舞伎作者。
文化4年生まれ。4代中村七三郎の子。5代中村伝次郎をつぎ舞踊志賀山流の家元となるが,作者に転じ文政5年4代をつぐ。天保(てんぽう)4年江戸中村座の立作者(たてさくしゃ)となり,のち市村座にうつる。10年ごろ十助と改名。天保12年7月29日死去。35歳。江戸出身。俳名は故一。作品に「戌歳里見八熟梅(あたりどしさとみのやつふさ)」など。

中村重助(2代) なかむら-じゅうすけ

1749-1803 江戸時代中期-後期の歌舞伎作者。
寛延2年生まれ。初代中村重助の養子。明和5年江戸森田座で立作者(たてさくしゃ)となる。浮世絵師歌舞伎堂艶鏡(えんきょう)と同一人物といわれる。享和3年9月20日死去。55歳。江戸出身。俳名は故一,鶴子。作品に「夫婦酒替ぬ中仲(みょうとざけかわらぬなかなか)」など,随筆に「芝居乗合話」。

中村重助(初代) なかむら-じゅうすけ

1698-1755 江戸時代中期の歌舞伎作者。
元禄(げんろく)11年生まれ。4代中村勘三郎の3男。劇場の表方の仕事にかかわり,享保(きょうほう)の中ごろから作者がいないときにはかわって筆をとったという。作品は知られていない。宝暦5年8月30日死去。58歳。江戸出身。俳名は故一。

中村重助(3代) なかむら-じゅうすけ

?-1806* 江戸時代中期-後期の芝居小屋帳元(営業事務責任者)。
3代中村七三郎の子といわれる。江戸中村座の帳元をつとめた。文化2年12月12日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の中村重助の言及

【芝居乗合話】より

…演劇書。狂言作者の2世中村重助の著と伝える。1800年(寛政12)ころの成立か。…

【三人生酔】より

…1838年(天保9)正月,2世市川九蔵(のちの6世団蔵),12世市村羽左衛門ほかにより江戸市村座で初演。中村重助作詞,5世岸沢式佐作曲,4世西川扇蔵振付。3人の仕丁が工藤の館の奥庭で酒を酌み交わし,笑い上戸,怒り上戸,泣き上戸の踊りとなる。…

【富士浅間物】より

…83年(天明3)10月の松貫四(まつかんし)作《内(うち)百番富士太鼓》は珍しく江戸の肥前座初演である。歌舞伎では1758年(宝暦8)3月江戸市村座の壕越二三治(ほりこしにそうじ)作《恋染隅田川(こいぞめすみだがわ)》や,73年(安永2)7月中村座の中村重助作《傾城片岡山(けいせいかたおかやま)》などが古く,上方では1808年(文化5)8月大坂角の芝居の奈河七五三助(ながわしめすけ)作《復讐高根鼓(かたきうちたかねのたいこ)》が決定版的な作品として知られ,その後もいくつかの作品が登場したが,現在はほとんど上演されない。【井草 利夫】。…

※「中村重助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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