新撰 芸能人物事典 明治~平成 「中村鶴助」の解説 中村 鶴助(5代目)ナカムラ ツルスケ 職業歌舞伎俳優 本名大関 一次 生年月日弘化3年 出身地大阪 経歴初め3代目中村橋之助を襲名し宮地芝居、小芝居などで修業。明治4年3月大阪筑後芝居で5代目中村鶴助を襲名。東京、大阪の芝居に出るが人気が出ないうちに死去。 没年月日明治25年 9月22日 (1892年) 出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中村鶴助」の解説 中村鶴助(3代) なかむら-つるすけ 1811-1851 江戸時代後期の歌舞伎役者。文化8年生まれ。4代中村歌右衛門の門弟。3代中村東蔵の養子となる。3代中村芝翫(しかん)にしたがい大坂筑後(ちくご)芝居で人気を得,嘉永(かえい)元年に3代鶴助を襲名。俏事(やつしごと)を得意とし実事もかねた。嘉永4年2月5日死去。41歳。江戸出身。初名は中村歌木。前名は中村歌之助(3代),中村東雀。屋号は成駒屋。 中村鶴助(4代) なかむら-つるすけ 1833-1894 幕末-明治時代の歌舞伎役者。天保(てんぽう)4年生まれ。3代中村芝翫(しかん)の門人。大坂の宮地芝居で人気をえる。文久2年4代鶴助を襲名し江戸守田座に出演。和事を得意とし,敵役,女方をかねた。明治27年4月26日死去。62歳。初名は嵐三津蔵。前名は中村梅蔵。後名は市川小文次(初代),坂東太郎。俳名は梅橘。屋号は加賀屋,立花屋,喜の字屋。 中村鶴助(5代) なかむら-つるすけ 1846-1892 幕末-明治時代の歌舞伎役者。弘化(こうか)3年生まれ。3代中村芝翫(しかん)の子。大坂の宮地芝居などで修業し,子供芝居の座頭として人気をえた。明治4年大阪筑後(ちくご)芝居で5代鶴助を襲名。明治25年9月22日死去。47歳。大坂出身。本名は大関一次。初名は中村橋之助(3代)。前名は中村梅司。俳名は梅司。屋号は加賀屋。 中村鶴助(初代) なかむら-つるすけ ⇒中村歌右衛門(なかむら-うたえもん)(4代) 中村鶴助(2代) なかむら-つるすけ ⇒中村芝翫(なかむら-しかん)(3代) 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by