中村芝翫(読み)なかむらしかん

百科事典マイペディアの解説

歌舞伎俳優。3世中村歌右衛門の俳名に始まり,現在7世。屋号成駒(なりこま)屋。4世〔1830-1899〕は4世中村歌右衛門養子。輪郭の大きい芸風で知られ,9世市川團十郎,5世尾上菊五郎の先輩として明治中期まで活躍した。7世〔1928-2011〕は5世中村福助の長男。1967年襲名。気品のある女形として活躍,六世中村歌右衛門,七世尾上梅幸の後を継いで,当代きっての名女形と謳われた。重要無形文化財保持者(個人,1996年),文化功労者(2006年)
→関連項目成駒屋

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世界大百科事典 第2版の解説

歌舞伎俳優。(1)初世 3世中村歌右衛門の前名。(2)2世 4世中村歌右衛門の前名。(3)3世(1810‐47∥文化7‐弘化4) 3世歌右衛門の養子。1836年(天保7)正月,2世中村鶴助から芝翫を襲名。(4)4世(1830‐99∥天保1‐明治32) 4世歌右衛門の養子。幕末から明治初期にかけての名優。9世市川団十郎,5世尾上菊五郎の先輩で,明治初期の東京劇壇を5世坂東彦三郎とともに二分する名優であったが,古風で大まかな芸風のために明治の近代化の中でとり残された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

歌舞伎(かぶき)俳優。[服部幸雄]

初世

3世中村歌右衛門(うたえもん)の俳名ならびに芸名。[服部幸雄]

2世

4世歌右衛門の前名。[服部幸雄]

3世

(1810―1847)2世中村東蔵(とうぞう)の子。屋号加賀屋。3世歌右衛門の養子となり、1836年(天保7)1月、2世中村鶴助(つるすけ)から3世芝翫を襲名した。和実(わじつ)を得意とした立役(たちやく)で、所作(しょさ)にも優れていた。[服部幸雄]

4世

(1830―1899)大坂生まれ。屋号成駒(なりこま)屋。4世歌右衛門の養子となって江戸に下り、1860年(万延1)7月、4世芝翫を襲名した。以後、守田座の座頭(ざがしら)となり、9世市川団十郎、5世尾上(おのえ)菊五郎の先輩俳優として活躍したが、古風で大まかな芸風だったため歌舞伎近代化の波にのれず、晩年は二流劇場に出演することが多かった。時代物を得意として、立役、実悪(じつあく)、女方(おんながた)を兼ね、所作事にも優れていた。[服部幸雄]

5世

5世歌右衛門の前名。[服部幸雄]

6世

6世歌右衛門の前名。[服部幸雄]

7世

(1928―2011)5世中村福助の長男。4世児太郎(こたろう)、7世福助を経て、1967年(昭和42)4月7世芝翫を継いだ。古風な容姿と、時代物の格調の高い演技に定評がある。1989年(平成1)紫綬褒章(しじゅほうしょう)受章、日本芸術院会員となり、1996年重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。2006年文化功労者。長男が9世中村福助(1960― )、次男が3世中村橋之助(1965― )である。[服部幸雄]
『中村芝翫著『福家族』(1997・ベネッセコーポレーション) ▽中村芝翫・小玉洋子著『芝翫芸模様』(1997・集英社)』

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世界大百科事典内の中村芝翫の言及

【中村歌右衛門】より

…加賀屋福之助から,1791年(寛政3)11月歌右衛門を襲名。一時中村芝翫(しかん)を名のるが,また歌右衛門となり,のち中村玉助,中村梅玉(初世)と改名。通称加賀屋歌右衛門あるいは梅玉歌右衛門。…

※「中村芝翫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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