事後法の禁止(読み)じごほうのきんし

改訂新版 世界大百科事典 「事後法の禁止」の意味・わかりやすい解説

事後法の禁止 (じごほうのきんし)

行為後に施行された刑罰法規に遡及効を認めて施行前の行為を処罰することは許されない,という遡及処罰禁止原則をいう。これは,国民に自己の行為が処罰されるか否かについての予測可能性を与え,行動の自由を担保するという自由主義の要請に基づくもので,罪刑法定主義の重要な内容をなすものである。日本国憲法39条は,〈何人も,実行の時に適法であった行為……については,刑事上の責任を問はれない〉として,事後法禁止を憲法上の原則として承認している。なお,この原則は,行為時に適法であった行為の遡及処罰を禁止するだけではなく,違法であった行為に,行為後法を改正し,新たに罰則を設けたり,従来の刑罰を加重することをも禁止する趣旨であると解されている。刑法6条は,犯罪後の法律で刑の変更があったときには軽いほうを適用する,と規定しており,犯罪後の法改正で刑が加重されても,その加重前の刑が適用される(ちなみに,逆に犯罪後に刑が軽減されれば,同条によれば,その軽減された刑が適用され,また刑の廃止のときは,刑事訴訟法337条により,免訴判決が言い渡されることになる)として,この原則を法律化している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「事後法の禁止」の意味・わかりやすい解説

事後法の禁止
じごほうのきんし

新たに制定された法律(事後法)は、その制定以前にさかのぼって適用してはならない、という原則。法律不遡及(そきゅう)の原則ともいう。ただ、この原則の趣旨は、事後法により関係者に不利益や不平等を生じる場合に妥当し、これを形式的に理解してはならない。この原則は、とくに刑事法の領域において罪刑法定主義の派生的原理として重要な意義をもつ。これを受けて、憲法第39条は、「何人(なんぴと)も、実行の時に適法であつた行為……については、刑事上の責任を問はれない」と規定している。ただ、この原則の適用にあたって、従来、(1)実体的な刑罰法規に限られ刑事手続法や行刑法(犯罪者処遇法)の領域には及ばない、(2)判例の不利益変更、すなわち、裁判所が判例を被告人の不利益に変更する場合には及ばない、とされてきた。

 これに対して、実質的に、犯罪の成否や刑の量定にとって被告人に不利益をもたらす法令や判例の変更についても、事後法の禁止の趣旨を考慮すべきである、という考え方が主張されている(とくに、(2)については、アメリカの判例で確立している)。

[名和鐵郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「事後法の禁止」の意味・わかりやすい解説

事後法の禁止
じごほうのきんし

実行のときに適法であった行為について,のちに制定された法律,すなわち事後法 ex post facto lawによってさかのぼって処罰することはできないという原則で,刑罰法の不遡及または遡及処罰の禁止とも呼ばれ,日本国憲法に明記されている (39条) 。この原則は,国民の予測に反し不利益を課することを禁ずる趣旨であるから,犯罪後の法律で刑が変った場合にその軽いものを適用すること (刑法6) は,もとより 39条に反するものではない。なお 39条は,刑罰以外の,たとえば懲罰にも準用されるとする見解が有力である。

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