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五十嵐力 いがらし ちから

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美術人名辞典の解説

五十嵐力

国文学者。号に巴千・甲鳥園主人等。昭和22年(1947)歿、74才。

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デジタル大辞泉の解説

いがらし‐ちから【五十嵐力】

[1874~1947]国文学者。山形の生まれ。早大教授。坪内逍遥(つぼうちしょうよう)の門下で、国文学の文芸学的研究に業績を残した。著「新国文学史」「新文章講話」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

五十嵐力 いがらし-ちから

1874-1947 明治-昭和時代前期の国文学者。
明治7年11月22日生まれ。坪内逍遥(しょうよう),大西祝(はじめ)に師事する。明治38年「文章講話」を刊行し,文章心理学研究の先駆となった。大正7年早大教授。昭和22年1月11日死去。74歳。山形県出身。東京専門学校(現早大)卒。号は甲鳥園(かもぞの)。著作に「軍記物語の研究」「平安朝文学史」「新国文学史」など。

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大辞林 第三版の解説

いがらしちから【五十嵐力】

1874~1947) 国文学者。山形県生まれ。東京専門学校卒。坪内逍遥に師事。文章研究に力を注ぎ、独自の理論と分析を示した。早大文学部に国文学科を創設。著「文章講話」「国歌の胎生およびその発達」「軍記物語研究」「平安朝文学史」ほか。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五十嵐力
いがらしちから

[生]1874.11.22. 米沢
[没]1947.1.11. 東京
国文学者。東京専門学校卒業。早稲田大学教授。文学博士坪内逍遙,大西祝 (はじめ) に指導を受け,文芸学的研究を行ない,文章,修辞の研究にもすぐれた業績を残した。主著『新国文学史』 (1912) ,『国歌の胎生及び発達』 (1925) ,『軍記物語研究』 (1931) ,『平安朝文学史』 (1937) 。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五十嵐力
いがらしちから
(1874―1947)

国文学者。東京・巣鴨(すがも)に住み甲鳥園人(かもぞのびと)と号した。山形県米沢(よねざわ)市出身。東京専門学校(早稲田(わせだ)大学の前身)卒業後、『早稲田文学』記者を経て、早稲田大学講師となり文章学を担当、『文章講話』(1905。のち改訂して『新文章講話』)を著作、教授に進み、1919年(大正8)文学部国文科設立後はその中心となった。坪内逍遙(しょうよう)門下で文学作品の表現味読に独自の達成を示し、『新国文学史』『国歌の胎生及び発達』『軍記物語研究』『平安朝文学史』や、『和泉式部(いずみしきぶ)日記』『源氏物語』の口語訳、随筆などを集めた『五十嵐力集』など著書多数。[藤平春男]

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