井戸平左衛門(読み)いどへいざえもん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

井戸平左衛門
いどへいざえもん

[生]寛文12(1672).江戸
[没]享保18(1733).5.26. 備中,笠岡
江戸時代中期の幕臣。名は正朋。享保 16 (1731) 年,60歳のとき石見銀山大森代官所に赴任,大凶作にあい,公許を待たず蔵を開いて米を配り,サツマイモを栽培させ,引責自殺。「芋代官」として知られる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井戸平左衛門 いど-へいざえもん

1672-1733 江戸時代前期-中期の武士。
寛文12年生まれ。幕臣。勘定奉行所につとめ,享保(きょうほう)16年石見(いわみ)銀山領大森(島根県大田市)の代官となる。享保の飢饉(ききん)に他国から米をあつめ,年貢の減免や公金支出をおこなう。また甘藷(かんしょ)(サツマイモ)栽培をすすめ,芋(いも)代官と称された。享保18年5月27日死去。62歳。本姓は野中。名は正明(まさあきら)。

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世界大百科事典 第2版の解説

いどへいざえもん【井戸平左衛門】

1672‐1733(寛文12‐享保18)
江戸中期の幕府代官。諱(いみな)は正明。徒役(かちやく)野中八右衛門の子に生まれ,のち井戸正和の養子となる。小普請,表火番,勘定を経て1731年石見国大森代官となる。享保の飢饉に直面し窮民救済に奔走し,飢餓対策としてサツマイモ(甘藷)の移植に尽力する。在任1年半で病に倒れ備中国笠岡で死亡。のち石見国やその周辺では甘藷の普及によって多くの領民が飢餓から救われた。そのため山陰の各地に頌徳碑が建てられ,今でも芋代官とよばれ敬慕されている。

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大辞林 第三版の解説

いどへいざえもん【井戸平左衛門】

1672~1733) 江戸中期の幕臣。名は正朋まさとも。石見いわみ銀山領大森の代官。1732年、享保の大飢饉に際し、私財を投じ、官倉を開き、領民を救った。また、他に先駆けて備荒作物の甘薯かんしよ栽培を奨励した。

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