交通心理学(読み)こうつうしんりがく(英語表記)traffic psychology(英),Verkehrspsychologie(独)

最新 心理学事典 「交通心理学」の解説

こうつうしんりがく
交通心理学
traffic psychology(英),Verkehrspsychologie(独)

狭義には道路交通の安全に資するための心理学であるが,広義には鉄道航空,海上の交通も対象にし,安全だけでなく交通全般にかかわる心理学的問題もその領域に含める立場もある。歴史をさかのぼると,20世紀初頭の産業心理学草創期に,工場や交通機関で事故を起こしやすい作業者がいることから彼らは事故を起こしやすい特性(事故傾性accident proneness)を有していると仮定し,彼らの適性が問題になった。その適性の研究は今も引き継がれているが,20世紀後半に先進国の間で自動車事故が多発して社会問題化し,初期の産業心理学から独立して専門化するかたちで交通心理学が発展し体系化されてきた。自動車事故は事故数が多く,当事者にも接触しやすいので,他の種類の事故に比べ研究しやすかった。加えて事故防止の要請も強かっただけに,さまざまな領域の研究者が交通安全に取り組み,学際的交流も進んだ。そのため交通心理学の課題と方法は多彩である。そのいくつかを紹介する。

【運転適性】 同じ運転条件であっても事故を繰り返す事故反復者accident repeaterと無事故者とが存在するとして,両者の比較によって事故多発状態の特徴を明らかにするのは伝統的な方法の一つである。両群を心理検査で弁別しようとするのが適性研究である。運転適性には,免許を付与する条件としての適性と免許取得後に安全運転をするかどうかの適性との二つの意味がある。交通心理学で扱うのは後者の適性である。その適性検査では事故率によって分けた事故反復者群と事故寡少者群の間に検査成績の差が出ることが基準関連妥当性として重視された。質問紙法や投映法による検査の基準関連妥当性は低かったが,妥当性が認められた検査には反応の動作を促す作業検査が多かった。それらの研究の結論の一つは,事故反復者は反応の遅い人ではなく正確さに欠ける面があることであった。速さよりも正確さが安全につながる,との教えは適性研究の成果による。

【運転行動と安全教育】 運転中の生理的変化,速度や距離の認知の正確さ,他者への感情や逸脱行為などの社会心理面などさまざまな運転行動が研究されてきた。1970年代からはビデオ普及によって運転者の眼球運動や行動(運転ぶり)の分析が進んだ。そこで見いだされたことの一つが運転行動の幅広い個人差であったので,それをもたらす運転者の主観とその適正化が問題になった。危険感受性訓練(危険予知訓練)などとよばれる教育法は,運転者が何を危険と察知するかのリスク知覚の主観性を現実的で客観的なハザード(危険)と一致させる安全教育safety educationである。交通場面に限らず安全に関する産業界で広く使われ,各方面で実践的な工夫が重ねられている。

事故統計】 交通事故の分析には事例研究もあるが,公的な機関が集計し公表するマクロな事故統計も有効である。そこには心理学が説明すべき年齢差や男女差が見いだされる。たとえば世界各国に共通する,10代の男性が死亡事故を起こす率が高いことなどである。自動車や道路の安全性改善による事故の増減という現象にも心理学がかかわる。リスク補償説risk compensation theoryは,自動車や道路のハード面の安全性を高めても長期的には死者は減らないと説く。たとえば,車体強度が増して運転中の死者が減っても,運転者は安全になった分スピードを出し,その結果死者を出すので全体の死者は減らないと説く。論争を起こした説であるが,人の要因を抜きに事故の増減を論じるのは難しいことを示唆した説である。 →作業環境
〔吉田 信彌〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「交通心理学」の意味・わかりやすい解説

交通心理学
こうつうしんりがく
psychology of traffic

19世紀以来、蒸気機関や電動モーターの開発、また内燃機関の発明によって、旅客や貨物を輸送する陸海空の交通手段は急速な発達を遂げ、やがては宇宙ロケットの時代に入ろうとしている。しかしこれらの交通現象を総合的に扱う交通心理学はまだない。現在、交通心理学とよばれているものの実態は、もっぱら自動車の急速な普及によって発生した雑多な問題を心理学的見地から取り上げようとする一種の応用心理学であり、そのなかには、かつて産業心理学とよばれていたものの一部も含まれている。

 現代の先進諸国は車使用者の急増と大都市内部の道路網、および諸都市を結ぶ道路網の飛躍的な発達によって革命的な車社会に突入した。路面電車は撤去されて地下に追いやられ、ローカル線は廃止され、鉄道と道路は立体交差を余儀なくされている。また、巨大都市は重層の高速道路網によって囲まれ、人間の交通は陸橋や地下道に頼らざるをえず、諸都市を帯状に結ぶ幹線道路は各所にインターチェンジをもち、バイパスや支線につながる。これらの道路網は人間や物資の交流にもっとも貢献する巨大な人工の構築物であり、その上には大小無数の車両が昼夜の別なく往来している。車は各人の便利快適な足の延長であると同時に、走る密室、走る凶器でもあり、各種の公害の源泉でもあって、いわば近代社会の必要悪の一つとなっている。

 このような車社会を交通心理学というごく狭い視野から考察すると、大別して次のような四つの問題領域が区別される。(1)車の使用者に関する心理学的問題、(2)車の構造や機能に関する心理工学的問題、(3)道路環境に関する心理工学的問題、(4)車を媒介にした社会心理学的問題。以下それぞれの問題項目について、具体的な例を列挙する。

(1)について――車の使用者は圧倒的多数で、しかもそれぞれが運転者であり、使用の目的もさまざまである。交通心理学の問題としては、運転免許の与えられる条件(年齢、身体的条件、操縦技能、車や道路標識や交通法規に関する知識など)、事故の心理的要因(注意、意志決定、情緒的興奮、疲労、飲酒、薬物の摂取、居眠り、生活背景、パーソナリティーなど)、安全教育、性差、年齢差、国民性などがある。

(2)について――扱いやすい車(ハンドル、ブレーキ、クラッチ、計器類その他の運転環境には、使用者の心理行動的特性が十分に配慮される必要がある)、身障者にも扱いやすい車の開発など。

(3)について――道路の勾配(こうばい)、カーブ、幅員、舗装、中央分離帯、交差点、信号その他の交通標識、案内標示、照明、天候気象、住宅地区の特性、広告、騒音、振動などに対する心理工学的対策。

(4)について――歩行者・バイク・自転車との関係、トラックと乗用車との関係、車間距離、他車の行動の予測、追越し、追突、競争意識、同調行動、自分の車に対する同一視傾向、交通取締りに対する態度などである。

[宇津木保]

『宇留野藤雄著『改訂交通心理学』(1972・技術書院)』

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