産業における人間の行動を観察,実験,調査などの方法で研究し,その適応を良好にして生産性を高め,労働,組織,経営に関する諸問題解決のために有効な知識や方法を提供しようとする応用心理学の一部門。産業心理学が取り扱う範囲はきわめて広範にわたり,また研究の重点も変化してきているが,大きく三つに分けてみるとわかりやすい。
(1)〈人事心理学〉と呼ばれる分野。仕事を所与または定数,人間を変数と考えて,仕事と人間の適合関係を追求する。たとえばここに一つの仕事がある場合,(a)その仕事は人間の側にどのような条件を求めているかを明らかにし(職務分析),(b)その条件を備えた人を探し出し(適性検査),(c)これに適切な訓練を施し(教育訓練),(d)その成果を測定する(人事考課)といったことが,この分野での典型的な仕事である。産業心理学の伝統的な分野で,1910年代にH.ミュンスターバーグがニューヨーク市電の運転手の適性検査を行ったのが,そもそもの初めだったといわれている。
(2)〈工学心理学〉と呼ばれる分野。人間の能力や性能を所与または定数,仕事を変数と考え,仕事と人間との適合関係を追求する。初期には,人間が最も安全,快適かつ能率的に仕事が行えるための〈照明〉〈温度〉〈騒音〉などの研究が盛んであったが,第2次大戦中に高性能の兵器が開発され,これに人間がついていけなかった失敗から,機械の設計を人間の性能に合わせるための〈人間工学〉が生まれ,さらに人間と機械とを一つのシステムと考える〈人間機械系〉の考え方へと発展していった。また最近では,仕事がやりがいのあるものになるよう,仕事を(再)設計する〈職務充実化〉ということも考えられている。今後この分野は工場自動化(FA),事務自動化(OA),社会の高齢化を中心に発展するものと考えられる。
(3)〈組織心理学〉と呼ばれる分野。仕事,人間ともに変数と考えられ,変動の激しい環境のなかで,仕事と人間,人間と人間の組合せが有効に機能しつづけるための条件が研究の対象となっている。産業心理学の最新分野で,まだはっきり固まってはいないが,この分野を特色づける基本的な考え方は,(a)永続するためには組織は,環境との間に有効な〈順応と対処〉の過程を維持できなければならない,(b)そのためには組織にも人にも,組織変革に必要な柔軟性が求められるが,(c)そのためには,人々は仕事に十分に動機づけられていなければならず,(d)それに必要な組織のインセンティブやリーダーシップが必要である,などである。これらのことは高齢化が急速に進む日本においてはとくに重要であるように思える。
執筆者:松井 賚夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
産業活動に従事する人間の諸問題を心理学的に研究し、問題解決に役だてようとする応用心理学の一部門をいう。産業心理学は、初めは個人の生理学的心理学の応用であり、作業動作と疲労現象といった個人的活動範囲に研究対象が限定されていた。その応用も、適性検査、適正配置、能率向上、事故防止などに限られていた。第二次世界大戦後、仕事の動機づけ(モチベーションmotivation)、労働意欲(モラールmorale)、職場における人間関係(ヒューマン・リレーションズhuman relations)など、社会心理学的な面が重視されるようになった。それとともに、色彩工学(カラー・ダイナミックスcolor dynamics)と提携して、設備・機械の安全性確保に取り組むなど、工学心理学の面も注目されてきた。さらに産業活動の労働者に関する問題にとどまらず、消費者(顧客)の購買心理を研究し、それを産業活動に応用する広告心理学や商業心理学なども、産業心理学を構成する。また、未開拓な分野が多いが、経営者の意思決定動機やリーダーシップの心理的過程を研究することも、産業心理学の重要な課題とされてきている。
[森本三男]
『吉田正昭著『産業心理学』(1980・培風館)』▽『佐々木土師二編『産業心理学への招待』(1996・有斐閣)』
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