人間関係論(読み)にんげんかんけいろん(英語表記)human relations

日本大百科全書(ニッポニカ) 「人間関係論」の意味・わかりやすい解説

人間関係論
にんげんかんけいろん
human relations

経営組織の諸状況が人間関係によって規定されることを発見し、その間の因果関係を体系化した理論の総称。1920年代に始まる一連のホーソン実験を基盤とし、この実験の実質的指導者であったハーバード大学のメーヨーElton Mayo(1880―1949)やレスリスバーガーFritz J. Roethlisberger(1898―1974)らによって理論化された。

 ホーソン実験は、シカゴにあるウェスタン・エレクトリック社ホーソン工場において行われた四次にわたる実験の総称である。第一次実験は照明実験とよばれ、照明(作業条件の一種、原因)と能率(目的、結果)との間の因果的相関を明らかにする意図で始められたが、明確な相関を発見できなかった。そこで、もっと詳細なコントロールのもとで作業条件を変化させて、作業条件と能率の相関を解明するため、リレー継電器)組立作業実験(第二次実験)が行われた。その結果、両者間には直接の相関はなく、人間の心情sentiment(満足・不満足のような心的態度)が能率を左右するらしいとの仮説が得られた。この仮説を確認するため、大掛りな面接調査(第三次実験)が実施され、「人間の行動は外部に現れたものだけから判断されるべきではなく、過去の社会経験と現在の職場の人間関係を含む社会的脈絡のなかで理解されなければならない」という命題(社会人仮説)と、「経営組織における人間の不平不満の原因は、組織における人々の個人的均衡ないし社会的均衡の侵害ないし破壊にある」との命題(社会的均衡仮説)が導出された。この命題を実証するための最後の実験が、バンク(電話交換機の一部)配線作業実験(第四次実験)である。この実験は、これまでの諸命題を確証したばかりでなく、組織が公式組織と非公式組織のいわば二重構造からなっていること、組織の有効性は非公式組織によって左右されることを明らかにした。

 以上のような一連の実験を踏まえた人間関係論の骨子は、次のようなものである。まず経営組織は、技術的組織と人間組織を下位システムとする一つの社会的システムである。技術的組織は、技術的生産目的のための原材料・工具・機械・製品等の物的要素のシステムである。人間組織は、個人および個人間の社会的諸関係の集合であるが、個人は心情と価値を抱いて職場に入り、社会的諸関係すなわち社会的組織を形成する。社会的組織は、規則等によって定められた相互作用パターンである公式組織と、それ以外の相互作用のパターンである非公式組織からなっている。公式組織は費用および能率の論理によって、また非公式組織は心情の論理によって、それぞれ動いている。心情の論理とは、理念信条・信念・価値のシステムが行動基準になっていることをいう。このような構造をもつ経営組織は、二つの主要機能を果たしている。第一は、財またはサービスの生産という経済的機能であり、それは費用・能率・利益等の基準で評価される。第二は、組織構成員が人間的満足を獲得し、組織に好意を抱き、協働を継続し続ける社会的機能であるが、この機能については、直接的評価基準を求めることが困難である。しかし、間接的指標として離職率・勤続期間・疾病率・災害率・賃金・態度等を用いることができる。経済的機能の実現は外部的均衡を、社会的機能の実現は内部的均衡をもたらす。外部的均衡は、市場・競争についての適応の成功を意味し、内部的均衡は、相互依存の関係にある心情と利害の相互作用が各人の欲求を満足させうる状態に安定していることである。内外均衡が相まって、組織の究極課題である社会的均衡が実現する。

 人間関係論は、それ以前の経営管理の支配的パラダイムであった科学的管理法に対し、理論と実践の両面で批判を提出し、その限界を超える新内容を提起するものとなった。理論面でいえば、科学的管理法は、作業条件の改善(原因、手段)がただちに生産性の向上(結果、目的)をもたらすとの単純な因果関係にたっていたが、人間関係論は、両者の間に個人的事情と職場の状況(人間関係)によって規定される心情(媒介要因)が介在するとした。この心情はモラール(勤労意欲)となって現れるから、モラールの高揚が全体状況を左右することになり、そこに実践上の中心課題が求められることになる。この点で、作業条件の改善に中心課題を求める科学的管理法と対照的である。このような実践は、人間関係管理と称される新分野を形成することになる。

 人間関係論にも多くの批判があるが、その中心は、心情が彼を取り巻く人間関係によって受動的に規定されるとする社会人仮説への疑問である。この点は、主体的人間仮説をとる行動科学によって改められるようになる。このような流れから、人間関係論は新古典的管理論ともいわれるのである。

[森本三男]

『進藤勝美著『ホーソン・リサーチと人間関係論』(1978・産業能率大学出版部)』『二村敏子責任編集『組織の中の人間行動』(1982・有斐閣)』

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改訂新版 世界大百科事典 「人間関係論」の意味・わかりやすい解説

人間関係論 (にんげんかんけいろん)

人間関係論という言葉には2通りの意味がある。その一つは,人間の行為や生活上の諸現象を,人と人との関係に即して研究しようとする社会科学上の研究アプローチ(方針)を指し,いま一つは,第2次大戦後,とくに産業で強調されるようになった経営政策の一環としての,いわゆる〈人間関係的管理〉アプローチを指している。社会科学における〈人間関係〉的アプローチはかなり以前から始められており,すでに1930年代にイェール大学には人間関係研究所が設置されていた。また当時,心理学者たちが行っていた研究,たとえば,K.レウィンらの民主的,専制的および放任的リーダーシップに関する研究なども,このアプローチとみなすことができる。やがてこのアプローチは,第2次大戦後,心理学,社会学および文化人類学を基礎科学とする〈行動科学〉的アプローチに発展したが,〈人間関係〉という概念の形成とその定着にあずかって力があり,さらに〈人間関係的管理〉アプローチの誕生のきっかけをつくったのは,1920年代の後半に行われた有名なホーソーン実験である。

 世界大恐慌のさなかに,アメリカのウェスタン・エレクトリック社の主力工場であるホーソーン工場で,作業照明と作業能率に関する研究が行われた。しかしこの研究では,照明と作業能率との間には,なんら明白な関係は見いだされず,その意味ではこの研究は失敗であった。そこで研究スタッフたちはハーバード大学の研究者と相談し,1927年以降約6年間にわたって,G.E.メーヨー,T.N.ホワイトヘッド,F.J.レスリスバーガーらとの一連の共同研究が行われた。これが世にホーソーン実験として名高いものである。この研究では雲母はぎ実験,継電器組立実験,配電盤巻線実験,面接計画など7種の実験や観察が行われたが,これらから,(1)生産能率は働く人々の,自分の仕事,仕事仲間,上役,会社全体に対する態度や気分に深く依存しており,これらのものは時として,作業の物理的条件よりも強い影響力をもっている,(2)このような働く人々の態度や気分は,その人が属する職場集団の特質,行動様式,上役のリーダーシップ,経営幹部と従業員の人間関係などによって大きく左右されること,などがわかった。これらの知見はレスリスバーガーとW.J.ディクソンによって《経営と労働者》(1939)として世に問われたが,この本は当時,産業界におけるバイブルとされ,社長室の本棚を飾った。

 一方,この研究に対しては,(1)実験対象の大部分が女子であった,(2)作業者の〈自分たちには期待がかかっている〉という意識が,研究者にとって都合のよい結果を生みだしている可能性がある(ここから〈ホーソーン効果〉という言葉さえ生まれた),(3)労働組合がまったく考慮されていない,ことなどへの批判が寄せられたが,それまでの〈従業員はお金のためだけに働くものだ〉という単純な考え方が反省され,従業員の社会的欲求の充足を基調とする,いわゆる〈人間関係的管理〉を生みだすことになった。〈人間関係的管理〉は戦後における経営政策に劇的変化をもたらしたが,反面,従業員の社会的欲求の充足が能率を上げるうえでの万能薬である,といった誤解を一部の人たちに与えたり,一部の腰の弱い管理者をつくる結果となったことも否定できない。なお,〈経営・経営管理〉の項のうち[〈人間関係論〉登場以降の管理論]を参照されたい。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「人間関係論」の意味・わかりやすい解説

人間関係論
にんげんかんけいろん
human relations; HR

E.メイヨーや F.J.レスリスバーガーによって提唱された,生産性を高めるためには従業員のモラールを高めることが必要なことと,モラールを高めるためには職場の人間関係の改善が必要であることを主旨とする理論。 1927年から 32年にウェスタン・エレクトリック会社のホーソン工場で行われた実験において,生産性が作業条件の変化とは無関係に上昇すること,およびそれが作業条件の変化に対する各作業者のモラールの変化に基づくことが発見され,これが基となった。人間関係論は,企業における人間的要素の重要性を強調したという点で,従来の科学的管理法に対するアンチテーゼとなり,50年代のアメリカ産業界や戦後日本の産業界に大きな影響を与えた。

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世界大百科事典(旧版)内の人間関係論の言及

【経営学】より

…これは企業経営の問題に初めて科学的に接近したものとして広く注目を集め,実践面にもまたその後の経営学の発達にも大きな影響をもった。1910年代以降,労務管理の問題に心理学が適用されてきたが,その関連でレスリスバーガーFritz Roethlisbergerらによってホーソーン実験が行われ,そこから人間関係論が出てきた。それは,労働者の動機づけのために職場で形成される非公式組織(公式組織・非公式組織)の重要性を指摘したものであった。…

【経営・経営管理】より

…それは基本的には第2次大戦後の昭和30年代にまで及んだ。
〔〈人間関係論〉登場以降の管理論〕

【〈人間関係論〉と人間関係的管理】
 アメリカでは,科学的管理以来の伝統的な管理の考え方が基本的には維持されつつも,労働力の担い手である人間主体そのものに注目する動きが1930年代以降強まっていった。その口火を切ったのはG.E.メーヨーをリーダーとする人間関係論,そしてその実践版ともいえる人間関係的管理である。…

【メーヨー】より

…そこでメーヨーはじめハーバード大学のレスリスバーガーFritz Jules Roethlisberger(1898‐ )たちの指導により,ひきつづき5年以上の実験の結果,生産能率に従業員の態度や感情が大きな影響を与えることがあることと,それが企業内の人間関係と密接に関連しているという〈社会心理的要因〉の重要性を実証した。この一見あたりまえのことを科学的に立証し,これによって企業内の従業員の行動や態度を理解する〈人間関係論〉という新しい立場を開拓し,その重要性を認識させたところにこの実験の画期的な意義がある。さらに,産業における社会心理学的側面を科学的に探究する産業社会学を成立せしめ,これは実務の人事・労務管理面では人間関係管理に発展していった。…

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