日々の職業労働に対する人々の精励ぶりをいい,一般にモラールmoraleともいう。勤労意欲は他の多くの要因とともに,その時代,社会に広く流布した職業観によって規定されている。古典古代のみならず中世ヨーロッパ社会においても,労働それ自体に高い評価の与えられることはまれであった。プラトンのいう〈共和国〉の市民は生産的労働から解放されていたし,アリストテレスは人間の品性を傷つけるものとして労働をとらえていた。肉体的労働は,社会の必要をみたすために欠かせないが,しかしもっぱら賤しい人々の携わる苦役,せいぜい良き精神生活を送るための苦行として理解されていた。こうした職業観に根本的な変化が生じたのは宗教改革後の近代社会においてである。みずからの〈天職calling〉に対する方法的で禁欲的な態度が日常的な生活規範として重視されるようになった。職業生活を通じて〈正当な利潤を組織的かつ合理的に追求する精神的態度〉をM.ウェーバーは〈資本主義の精神〉と名付けたが,それはまた〈工業化の精神〉と呼ぶこともできる。これを欠いては工業化に向けての〈離陸take off〉も,またその後の経済成長もおぼつかない。
しかし1960年代後半から70年代初頭にかけて,このプロテスタンティズムの労働倫理に衰えが見えはじめたという観察があいついだ。資本主義の未曾有の繁栄と福祉国家の登場による〈豊かな社会〉の出現が,その促進要因として指摘された。一致した論調は,労働者(とりわけブルーカラー)の多くがもはやその職業労働から内在的報酬をえようとはせず,その中心的生活関心は労働世界の外に振り向けられ,労働を手段とみなす精神的態度が広く醸成されはじめたというのである。あわせて高い離職率,山猫スト,無断欠勤,職業生活からの早期引退などの現象が衆目を集めるようになった。こうした現象はときに〈豊かな社会〉症候群とか先進国病の重要な症例とかみなされた。他方これとは逆に,過度に勤勉な労働態度を指して働き中毒症workaholic,仕事による人間性の大量殺戮job holocaustといった批判的言辞も用いられた。しかし注目すべきは,こうした労働倫理の変調をいずれの視点から理解するかのちがいを超えて,1970年代になると,〈労働の人間化〉〈生活の質〉の向上をいかに図るかということが,先進工業諸国に共通の政策課題であるとみなされるようになったことである。
ところで,労働者の中心的生活関心の所在,仕事による自己実現という欲求と価値観,職場における日常的な創意工夫の実践といった観点にそって日本の現在の労働者を観察するかぎり,そこに見いだされるのは旺盛な勤労意欲ではあっても,労働倫理の衰退ではない。なぜそうであるのか。これについてはさまざまな説明の仕方がある。(1)なお現在も日本の労働者はその必要や欲求とみあって十分豊かでないからという説明。その前提には〈豊かな社会〉は労働者の勤労意欲を低めるという仮説がある。(2)日本の社会はめだって高学歴化した社会であるからという説明。その前提には,学歴社会では人々の仕事による自己実現欲求が高まるという仮説がある。(3)日本人の勤勉さは長期にわたる文化的特性であるという説明。(4)企業の労務管理が厳しいからという説明。(5)社会的にも企業内においても,富,権力,威信など社会的資源の分配公正が比較的良好な水準に保たれ,資源への接近可能性がかなり開かれていたからという説明。しかし,代表的なものとしてあげられるこうした解釈のいずれが妥当なものであるかに関して,確固たる定説は存在していない。
執筆者:稲上 毅
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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