住宅政策(読み)じゅうたくせいさく(その他表記)housing policy

改訂新版 世界大百科事典 「住宅政策」の意味・わかりやすい解説

住宅政策 (じゅうたくせいさく)
housing policy

資本主義経済下では住宅市場の価格メカニズムが十分機能せず,住宅の量的不足や質的低下の問題が社会現象として現れやすい。これを住宅問題という。

住宅は商品として二つの面ではなはだ特殊な性格をもっており,市場に出回るとき,この性格に規定された問題もいっしょに現れてくる。第1は,住宅の市場圏は概して小さく,流通性も相対的に少ないため,需要と供給の関係のアンバランス化を起こしやすいことである。これは住宅が土地に固定された商品であることに起因する。住宅は現場生産を決定づけられている。近年,部材生産の工業化をもとにしたプレハブ住宅がシェアをふやしているが,これとても工程の最後は現場で組み立てねばならず,住宅の工場生産,大量生産には限界がある。さらに住宅は,その耐用年数が著しく長いため,市場においては新品に比べ中古品の占めるウェイトが高い。中古品の時間的切売り,すなわち賃貸形式の商品流通も必然的に多くなる。住宅は,フローの動きが少なく,ストック中心の市場を形成している点で特異である。このストック市場は土地を媒介として形成されているわけで,土地の固定性のため,住宅市場はさらに非流動化,狭域化せざるをえない。

 このように住宅の市場は,同じ耐久消費財である自動車の市場がきわめてインターナショナルなのとは対照的に,著しくローカルである。市場圏が小さいとわずかなインパクトが起こっても,需給関係の均衡は破れやすい。高度成長下の三大都市圏には,短期間に空前の労働力が流入し,その結果大量の住宅不足現象が生じたのは周知の事実である。住宅の量的不足は,住宅需要層の所得によるふるい分けを促す。つまり住宅の不足が高じると売手市場となり,相対的に所得の高い階層は高水準の住宅を取得していく一方,低所得層は低質住宅の居住を余儀なくされる。これが住宅問題発生の第1の側面である。

 第2の問題は,住宅は公共財的性格をもっているのに,住宅の供給は市場を通じて行われるため,住宅の質を構成する公共財的部分が供給の際に抜け落ちてしまうことである。野中の一軒家は特定の一世帯が所有し専用しているという意味で私的財であるが,市街地に建つ賃貸アパートは不特定多数の世帯が入居し,廊下,階段,庭などは共同消費されているという意味で,公共財的性格を濃厚にもっている。一般に都市化がすすむとともに土地の高度利用化,住宅の集合化はすすむので,住宅は都市化とともに社会資本性を増すといえる。ところで資本主義経済のもとでは,住宅は市場の価格機構に組み込まれ売買関係を取り結び,特定個人に所有や賃借を帰属させる形でしか供給できない。そのため,所有や賃借を特定できない共同消費にかかわる空間部分の公園,道路,駐車場などが圧迫され,不十分なものとなりがちである。

 市場欠陥によって,共同消費にかかわる空間部分が住宅供給からカットされると,住宅の質,とりわけ住環境の質の低下が現れてくる。この現象はフローの市場においてもストックの市場においても集住条件の厳しいところで鋭く顕在化する。つまり地域的に集団化して現れやすく,具体的にはスプロール現象スラム化などの形をとることが多い。これが住宅問題発生の第2の側面である。

以上のように特定の階層・地域に集積する形をとって現れやすい住宅問題は,経済制度それ自体が生み出す社会的産物である。住宅問題の原因が個人でなく社会にあるとすると,その解決は公共的に取り組まなければならないことになる。すなわち住宅市場の構造的弱点を補完するための一連の公共的介入手段を〈住宅政策〉というのである。

住宅市場への公共的介入の一般原則は,上の二つの現象に即していえば,一つは,住宅の需給関係のアンバランス化にかかわり,住宅供給を直接・間接に活性化させるとともに,とくに低所得層にしわ寄せされる住宅難を解消すること,いま一つは,市場において欠落しやすい住宅の公共財的側面を補強することである。

 住宅難は,(1)住宅空間,(2)住環境,(3)居住者の三つの面を通じて現れるので,住宅難解消のための公共介入も三つの過程を通じて行われることになる。(1)と(2)の政策過程は空間(モノ)であり,(3)のそれは世帯(ヒト)である。したがって公共介入のしかたを政策対象との関連でとらえなおすと,モノに働きかける場合とヒトに働きかける場合の二つが設定されよう。対物的には,住宅供給に直接・間接に介入すること,住宅の公共財的側面を補強すること,二つをまとめていえば住宅の〈社会資本形成〉を促すことであろう。対人的には,住宅難世帯に対し,空間的・顕在的な住宅管理を適正に導くこと,つまり〈居住権保障〉に努めることであろう。

 社会資本形成,すなわち住宅関連のモノづくりの政策は,フロー対策(新規供給対策)とストック対策(既存住宅対策)の二つに分かれる。フロー対策の主旨は大量の住宅需要が顕在化した地域において,直接または間接に住宅市場に介入し,住宅建設を刺激することにある。直接的な介入としては,低所得の住宅難階層に公共賃貸住宅を供給し,中所得の住宅需要層には持家を公的に建設・分譲するという方法がとられる。間接的な介入は,持家需要層に長期低利の公的資金の融資を行い,民間市場での持家取得を容易にするのが一般的である。

 ストック対策は,自治体や公的事業体が既存の住宅や居住地を対象にとくに住宅の社会資本面の充実を目的とした再開発,修復,管理などを行い,住宅・住環境の質の回復・向上をはかっていくという内容になる。事業には二つの方式がある。一つはクリアランス方式といわれるもので,住宅が集団的に老朽荒廃化した地区において住宅や施設を全面的に建て替える方式である(スラム・クリアランス)。いま一つは,住宅や環境の悪化が現在進行中の地区で,改善施策を中心にそれ以上の悪化を食い止める主旨のもので,修復方式という。

 居住権保障を目的としたソフトな対策(対人的)の中心は,低所得層に対する家賃補助の施策である。母子世帯,老人世帯,障害者世帯など社会的弱者に対する居住保障も重要な施策の一つである。近年持家取得を志向する中・高所得層が増加しているが,この層を対象とした消費者保護行政の展開も必要になっている。

 住宅政策にかかわる公共団体は大別すると,国と地方公共団体になる。国の役割は,住宅の質に関する最低基準を定めること,住宅の供給・整備・管理などに関する法律の制定,制度の整備,地方公共団体に対する財政的・技術的援助を行うことなどである。一方,地方公共団体は政策の実施を担当する。具体的な業務には,住宅供給計画の策定,公的住宅の建設・管理,居住環境の整備事業,民間住宅建築の指導などがある。

住宅問題は,資本主義経済の発達過程で住宅が商品性を強めるとともに,社会的にクローズアップされてきた問題であった。当然のことながら,いちばん早く住宅問題を経験した国は,産業革命を世界で最初にすすめたイギリスである。

 この国では,ビクトリア時代(1837-1901)に入って住宅問題が深刻となり,それとともに住宅政策が登場してくるが,政策展開は大不況の始まる1873年を境に前後で大きく変貌する。前半期は民間の慈善的住宅運動が基調となり,これに一連の公衆衛生対策が加わったものであった。後半期には,大不況の試練を経て,国家目標が〈夜警国家〉から〈福祉国家〉に軌道修正されていったが,この政治潮流が住宅政策の形成過程に反映した。公共賃貸住宅供給やスラム・クリアランスなどの実験的施策が繰り返され,90年の労働者住宅法の制定によって,公共住宅供給を柱とする一応の住宅政策体系ができ上がった。

 イギリスの先進的な取組みは,やがて欧米諸国に波及していったが,住宅政策が内政の重要課題に位置づけられるようになるのは第2次大戦後である。戦後,先進資本主義国はいずれも,戦災による大量の住宅滅失,退役軍人の増加,核家族化の進行による世帯増などのため,空前の住宅不足が現出し,国民の住宅要求が高まるなか,国家が住宅市場に関与せざるをえなくなったことが原因している。

 同じ資本主義国でも国によって住宅政策の展開のしかたはかなり異なる。大別して三つくらいの型がある。第1は公共セクター中心型である。イギリスは,保守党は持家政策,労働党は公営住宅政策にそれぞれ力を入れてきた。持家政策のほうは他の資本主義国に比しとくに目立った点はないが,注目されるのは公共住宅政策である。20世紀初めからストックを蓄積しはじめ現在全住宅の1/3を公営住宅で占めるに至っている。都市部の住宅難を緩和したこと,町づくりのパイロット的役割を果たし住環境の質を底上げしたことなどの点で,イギリスの公営住宅政策は高く評価される。第2は民間セクター中心型である。アメリカがこの型に該当する。この国では公共賃貸住宅の供給は皆無に近い。政策の考え方は中・高所得層に持家取得の助成として住宅金融政策をすすめ,この層が新住宅に住み替わることにより,あとの空家をより低所得の層の居住に振り向けていくというものである。土地事情が厳しくないこと,住宅投資の資金量が豊富な点からみて,持家政策はアメリカに合っているかもしれない。中・高所得層が自助努力によって,戦後住宅事情を飛躍的に向上させたことは確かである。しかし住宅改善の下向波及(フィルタリング・プロセス)がうまく機能せず,低所得層,それも非白人層の住宅事情が低位に据えおかれている。第3は公・民中間型のものである。スウェーデンの協同組合住宅や西ドイツの非営利企業による住宅供給などが,この型の政策に当たる。前者は住宅需要者自身が協同組合をつくって住宅を建設し,国や自治体がそれを援助していくというもの,後者は労働組合などがスポンサーとなって非営利の住宅供給事業体をつくり,賃貸や分譲の住宅を供給するというものである。両国とも,もちろん持家政策や公共賃貸住宅政策をすすめているが,上の二つの政策が生み出した住宅のシェアはかなり大きい。これら両政策は需要者が供給過程に参加している点で注目される。なお住宅事情の国際比較については〈住宅問題〉の項目を参照されたい。

日本は第2次大戦後の復興期から高度成長期にかけ,公営住宅・公団住宅・公社住宅(地方住宅供給公社法による住宅)などの制度を整備し,公共賃貸住宅の供給に重点をおいた政策を展開してきた。ところが高度成長期後半から石油危機(1973)以後今日にかけ,住宅金融公庫の融資による持家助成の政策に大きく傾斜してきた。つまりイギリス型の政策からアメリカ型の政策に徐々に方向転換してきたことになる。

 戦後日本の住宅政策には二つの特徴点がある。一つは〈戸数主義〉の住宅建設をすすめてきたことである。戦後復興期を通じて戦争に起因する膨大な住宅不足を解消できないところへ,高度成長期には労働力の大都市集中による新規の住宅需要が上積みされた。それへの対処として,〈早く〉〈多く〉をたてまえとし,効率的に戸数消化をはかる住宅政策がすすめられた。公共賃貸住宅は戸数稼ぎのため2寝室型の狭小住宅が供給の中心に据えられた。売手市場の続くなか,建築基準法違反の低質の木賃(木造賃貸)アパートが大量に発生したが,住宅不足緩和の観点から黙過せざるをえなかった。

 いま一つは〈持家主義〉という批判が妥当している点である。国の供給政策の基本的考え方は低・中・高の各所得階層別に公営住宅(賃貸),公団・公社住宅(賃貸と分譲),公庫住宅(持家金融)を対応させたことにあったが,低所得向けの公営住宅の占める割合が小さかったこと,上の供給施策全体が持家に至る住替えの〈はしご〉の役割を果たしたことの2点で,持家傾斜の政策であったといえるだろう。

 このため欧米主要国と比較しても日本の持家率はアメリカについで高いが,日本全体の持家の延べ面積の総平均106m2に対し,借家のそれは41m2と持家の半分以下でしかない(1978)。このような簡単なデータでみても住宅の階層差は歴然としている。住宅政策の目標である住宅資源の公正な配分は実現できていない。住宅政策が内政においては依然,最重要課題の一つであることに変りはないようである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「住宅政策」の意味・わかりやすい解説

住宅政策
じゅうたくせいさく

住宅問題

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