社寺縁起。奈良県信貴山朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)にまつわる次の三つの説話からなる。信濃(しなの)から出て東大寺で受戒した命蓮(みょうれん)が夢告で信貴山に登り、里にも下らず修行し、鉢を飛ばして供物を得ていたが、供物を怠っていた山崎の長者の米倉までもその飛鉢(とびはち)で信貴山に運んでしまう話。命蓮が醍醐(だいご)天皇の病気を法力をもって剣の護法童子(ごほうどうじ)を遣わして平癒させたという話。尼である命蓮の姉が信濃国から彼を尋ねて東大寺に行き、大仏のお告げで信貴山に至って再会する話。同時代の『古本説話集』や『宇治拾遺物語』に同じ説話があり、『今昔物語集』巻11の36にも、明練(みょうれん)が石櫃(いしびつ)で堂を覆って修行したことがみえる。この物語が、これらの説話に照応する絵解き説教であったことも推察され、文献定着以前の口承段階を考えることが可能である。中世社寺縁起のはしりで、後世の縁起の要素は具備していないが、命蓮が感得した厨子(ずし)仏の福徳をつかさどる毘沙門天(びしゃもんてん)の功徳霊験を語る物語である。飛鉢説話も説話文学や口承文芸に多く登場してくるモチーフである。
[渡邊昭五]
平安後期の代表的絵巻。筆者不詳。信貴山に毘沙門天を祀(まつ)った命蓮に関する三つの小話を描いたもので、飛倉(山崎長者)の巻、延喜(えんぎ)加持の巻、尼公の巻の3巻よりなる。国宝。奈良県・朝護孫子寺蔵。絵は各段とも一つの図が長く連続し、巻物形式特有の長大な画面を活用した展開に優れた手法をみせる。ことに遠近自在の視点から情景をとらえ、また山水の表現を随所に織り込んで巧みに場面を転換させる構成のすばらしさは特筆されてよい。人物の描写はやや誇張的ともいえる激しい動的な姿態がとられ、顔貌(がんぼう)も『源氏物語絵巻』などの引目鈎鼻(かぎはな)とは対照的な、個性的で表情豊かな表現に特徴がある。描法は墨の暢達(ちょうたつ)な筆線で各対象が描かれ、彩色はときに濃彩が認められるが、概して描線の働きを損なわぬよう留意されている。こうした筆線を主体とする活趣ある画風は、戯画などにかいまみられる筆技の伝統が平安末の変革期を迎えて開花したものとみることができる。
[村重 寧]
『奥平英雄編『新修日本絵巻物全集3 信貴山縁起』(1976・角川書店)』▽『小松茂美編『日本絵巻大成4 信貴山縁起』(1977・中央公論社)』▽『千野香織著『名宝日本の美術11 信貴山縁起絵巻』(1982・小学館)』
…これに対して連続式は,いくつもの情景を連続させて長い場面を構成するもので,時間的に展開していく話の筋を追うのに適している。《信貴山縁起》《伴大納言絵詞》などがこのタイプの代表作である。段落式絵巻の画面は静止的で,鑑賞者と作品のふれあいはより緊密なものとなり,多くの場合,細密画的手法がとられる。…
※「信貴山縁起」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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