元曲選(読み)げんきょくせん(その他表記)Yuán qǔ xuǎn

改訂新版 世界大百科事典 「元曲選」の意味・わかりやすい解説

元曲選 (げんきょくせん)
Yuán qǔ xuǎn

13~14世紀,中国元代に画期的な戯曲文学を樹立し,文学史上に〈元曲〉の名で呼ばれる歌劇,すなわち雑劇脚本集。一名《元人百種曲》という。編者は浙江省長興県の臧懋循(ぞうぼうじゆん)(?-1621),字は晋叔,万暦8年(1580)の進士。明の万暦年間に入って俗文学の出版が活発化すると,すでに上演されなくなっていた元代の雑劇も読む文学として高く評価され,その選本の出版が相次いだ。しかし,戯曲ジャンルはほんらい上演されるたびに改ざんされ,ことに2~3世紀を経ている雑劇の場合,そのテキストの乱れははなはだしかった。みずから劇作家でもある編者は,私蔵する大量の脚本と,友人劉延伯が筆写した宮廷の御戯監秘蔵の脚本250編その他を合わせ,優秀作100編を選んで厳密に校訂し,音釈を加えて1616年に刊行した。特に,乱れがひどい歌詞部分については,元曲の実際にもとづいてみずから帰納した曲譜に照らして句格をととのえたり,押韻の整備を行い,そのほか役割名の統一などをもはかった。もちろん,そのための行過ぎや独断的な改ざんによる過誤も免れず,また明代人の作品若干編を収めたことに対する非難もあるが,元曲の傑作はここに網羅され,ともかくも校訂がゆきとどいて鑑賞にたえる元曲テキストとして,現在に至るまで広範な読者をもつ。その最大の功労は,当時の文人たちには蔑視されがちであった,おそらくは芸能作家組織である〈書会〉に属する無名氏の作品の多くを,散逸寸前に救出した点にあるだろう。それらは,口語基調としながら庶民哀歓を生き生きと描き,元曲の特徴の一環を形成するからである。なお,テキストには影印本活字本の2種がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「元曲選」の意味・わかりやすい解説

元曲選
げんきょくせん

中国、元代の演劇である元雑劇(ざつげき)の脚本選集。馬致遠(ばちえん)の『漢宮秋(かんきゅうしゅう)』を巻頭に、元雑劇の名作の大半を含む100種の脚本を集めて、別名を『元人百種曲』ともいうが、一部に明(みん)初の作家の作品も混入している。編者は明の臧懋循(ぞうぼうじゅん)(字(あざな)、晋叔(しんしゅく)。?―1621)で、1616年(万暦44)の刊行。脚本の多くは臧氏の校訂の手が入っているとみられるが、この種のものではとかく軽視されてきた台詞(せりふ)やト書も整っており、音注も付されてよく整理されたテキストになっている。すでに北曲雑劇が舞台の上からは消えて、もっぱら読んで楽しむものとなっていた時代の要求が生み出した本といえる。読みやすいこともあって、元雑劇のテキストとしては従来もっとも広く流布してきたものである。絵入りの雕虫館(ちょうちゅうかん)原刊本がわが国にも若干部舶載されている。近代以降の元雑劇の研究も、一般にはまずこのテキストを基本資料として進められてきた。

[傳田 章]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「元曲選」の意味・わかりやすい解説

元曲選
げんきょくせん
Yuan-qu-xuan

中国,明の戯曲選集。明末の文人臧懋循 (ぞうぼうじゅん。字,晋叔) の編。 20巻。万暦 44 (1616) 年成立。元の戯曲 100編を選び集めたもの。『元人百種曲』ともいう。甲集から癸集までの 10集が各上下2巻に分れ,各巻に5編を収める。編者自身所蔵の脚本と,友人の劉承禧から借りた宮廷秘蔵の脚本の写本のうちからすぐれた作品を選び,厳密な校訂を加えて刊行したもの。明初の作6編のほかは元の戯曲,いわゆる元曲で,現存する約 150編の過半,代表作はほぼすべてを網羅している。元の戯曲研究上,最も基本的な書である。

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世界大百科事典(旧版)内の元曲選の言及

【雑劇】より

… しかし,元雑劇の精彩に富む作品は,関漢卿馬致遠,王実甫,白樸,鄭廷玉,楊顕之,紀君祥らおよび書会に属する無名氏を含めて,ほとんど前期の作家に集中し,後期に至ると,鄭徳輝,喬吉ら文人的体質を帯びた作家が台頭し,彼らはむなしく歌詞の外面的な美しさをのみ競い,明代の人たちにこそ欣賞されたが,すべての人が共感する真実を写す気魄を欠き,雑劇文学は14世紀の30年代を待たず急速に落してゆく。テキストには元刊本も現存するが鑑賞にたえず,明の臧晋叔(ぞうしんしゆく)編《元曲選》が,編者の功罪相半ばする批判がありながら,一応整理されて読みやすいために普及度も高い。なお,〈元曲〉という呼称は雑劇のほかに,その歌詞部分と同質の独立の歌謡形態〈散曲〉の元人作品をも併せ称することに注意されたい。…

※「元曲選」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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