口頭で話す場合の言語と,文字で書きしるす場合の言語とが,用語や語法の面で異なる現象は,多少とも各国語にみられる。これを〈話しことば〉と〈書きことば〉として対応せしめるが,また〈口語〉と〈文語(筆語)〉として対立させることもある。この場合,口語とは広く話しことばを意味する。ところで書きことばは本来は話しことばにもとづくはずのものであるが,日本では書きことばは独特の発達をして,話しことばをよく反映するものと,はなはだしくそれから離れたものとを生じた。この前者を〈口語〉,後者を〈文語〉ということがあり,それによって書かれた文章をそれぞれ〈口語文〉と〈文語文〉,その文体を〈口語体〉と〈文語体〉という。この場合,口語とは,話しことばをよく反映した書きことばを意味する。さらに明治以後,口頭言語の標準が求められるとともに,文字言語についても言文一致の運動がおこって,俗語,俗文の中から新しい標準文体が創造されたので,口語には標準の言語としてのひびきもあり,かつ,明治以後の現代語についてのみ当てられるかの印象もないではない。
現代の標準話しことばとしての口語は,たとえば,(1)文末に〈ます〉〈です〉または〈だ〉を用いる(〈である〉はほとんど書きことばとしてのみ),(2)動詞・形容詞では終止法と連体法が同形である,(3)動詞に二段活用を用いないで一段活用にする,(4)形容詞ではふつうの連用法に音便形を用いない,(5)打消しに多く助動詞〈ない〉を用いる,(6)起点を示す助詞として〈より〉よりも〈から〉を用いる,などの特色がある。これらは17世紀前後から成形しつつあったもので,口語文の成立とともに一応固定したが,多少不安定なままに規範化された面もあって,今後問題になるべき点には,形容詞の過去(よかった)の丁寧表現,一段活用およびカ行変格活用の動詞につく可能の助動詞(られる)その他があり,標準としてはなお統一と整理ないし精練が必要である。
→口語体 →口語法 →文語
執筆者:林 大
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
文語に対するもの。口で話すことばの意であるが、最近は口語を話しことば(音声言語・口頭語)、文語を書きことば(書記言語・文章語)という場合が多い。この語は、明治以後、おもに用いられるようになった。古くは「雅語」に対して「俗語」といわれ、かならずしも重んじられなかったが、明治以後関心がもたれ、研究も進められてきた。とくに話しことばにおいては、標準語の必要が1894年(明治27)ごろから上田万年(かずとし)によって主張されたとき、それまでの地域・階層等による話しことばの違いから、どこに基準を置くかが問題であった。その口語文の具体的な例文としては、第一次国定読本(1904)、第二次国定読本(1910)に多く示され、その文法も、国語調査委員会『口語法』(1916)、『口語法別記』(1917)で、いちおうの解決がなされた。そこでは、だいたい東京の教育ある人々のことばを目当てとし、かつ全国に共通するものを考えに入れたという。それは、まだ関西的な言い方を考慮した基準であったが、この後、一般には関東的な言い方のほうが徐々に優位を占めるようになり、現在に至る。なお、口語を文章に書き表したものを「口語文」といい、これは言文一致の動きとともに形成されてきた。話しことばに基づいているものではあるが、実際の話しことばと比べると違いがあり、普通、(1)遊びことば(「エー」「ソノー」など)、(2)間投助詞(「……ネ」「……サ」など)等は用いないほか、(3)音の融合(「では」が「ジャ」、「すれば」が「スリャ」となるなど)等も、もとの形で用いることが多い。倒置、文脈のねじれなども整理した形で示し、文末の指定表現にも「である」を用いたりなどする。「口語文」は、本来の口語・文語という区別からすれば、書きことばであるから文語に含められるものであるが、いわゆる文語とは異なった口語のほうの文法体系に属するものとなる。「口語文法」というときは多くそれをさし、文語動詞の二段活用は一段活用に用いるなどのことがある。
[古田東朔]
『日下部重太郎著『現代の国語』(1913・大日本図書)』▽『国語調査委員会編『口語法』『口語法別記』(1916、17・国定教科書共同販売所)』▽『山本正秀著『近代文体発生の史的研究』(1965・岩波書店)』
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