日本大百科全書(ニッポニカ) 「全逓中郵判決」の意味・わかりやすい解説
全逓中郵判決
ぜんていちゅうゆうはんけつ
公務員は「全体の奉仕者」であって「公共の福祉」のために全力をあげるべきものであることを理由に、官公労働者の争議行為を全面的かつ一律に禁止することも争議権を保障している日本国憲法に違反しないとしてきた従来の立場を転換させた、最高裁大法廷判決(1966年10月26日)のこと。
事件の内容は、1958年(昭和33)春闘の際、東京中央郵便局で全逓信労働組合(全逓)の組合員が勤務時間内に職場を離脱して職場大会に参加したことが、郵便法第79条1項(郵便物不取扱罪)にあたるとして、組合役員がその教唆犯として起訴されたもの。争点となったのは、郵政職員に適用される公共企業体等労働関係法第17条で禁止される争議行為を行った場合、労働組合法第1条2項(刑事免責規定)の適用が否定され、郵便法の罰則適用を受けるか否かであった。第一審は無罪、第二審は原判決を破棄差戻しした。被告が上告したのに対し二審を破棄差戻ししたのが本判決である。本判決は、公共企業体等労働関係法第17条を憲法違反とするものではないが、労働基本権を尊重する姿勢を示し、まず、労働基本権の合憲的制限の条件として、(1)合理性の認められる必要最小限のものであること、(2)職務または業務の停廃による国民生活への重大な障害を避けるために必要やむをえない場合であること、(3)刑事制裁を科すことは必要やむをえない場合に限られるべきこと、(4)以上の制限にはこれに見合う代償措置が必要であることを示した。そのうえで、刑事制裁が科されるのは、(1)政治目的の場合、(2)暴力を伴う場合、(3)国民生活に重大な障害をもたらす場合(たとえば長期スト)に限られるとした。
最高裁はその後、労働基本権を尊重する立場を公務員法領域でも示す判決を出したが、やがて全農林警職法事件判決(1973年4月25日)では、「国民全体の共同利益」のためという抽象的な人権の制約原理を示し、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を理由に、労働基本権の制約を承認する従来の立場に復してしまった。そしてついに、全逓中郵事件と同じ日に同一の中央指令に基づき名古屋中央郵便局で行われた行動に関する全逓名古屋中郵事件判決(1977年5月4日)において、公務員は団体交渉権、争議権を憲法上当然に保障されているものではないとの判断を示すに至った。これは、従来、官公労働者についても原則として労働基本権を承認したうえで制約を考慮するという論理をとっていたことからすると、著しい後退といってよい。
[吉田美喜夫]