人を教唆して犯罪を実行させること(刑法61条)。教唆とは,人に犯罪を実行する決意を生ぜしめることをいう。したがって,過失犯の教唆,過失による教唆を否定するのが通説・判例である。国家公務員法(98条2項,110条17号),地方公務員法(37条1項,61条4号)にいう争議行為の〈そそのかし〉は同義であるが,同法にいう〈あおり〉,破壊活動防止法(38条1項)にいう〈せん動〉などは,教唆より広く精神的幇助(ほうじよ)を含むと解されている。教唆行為は,利益の提供,指示,命令,慫慂(しようよう),哀願などその方法を問わず,また,明示・黙示のいずれであってもよい。ただ,当該教唆行為によって被教唆者(正犯)が犯罪を決意し,かつ,犯罪の実行に着手したことが必要である。教唆が失敗に終わった場合,あるいは,教唆には成功したが正犯が実行に着手しなかった場合,この教唆者を教唆の未遂として処罰しうるかについては激しい対立があった。行為者の危険性を重視する主観主義刑法理論からは,教唆行為により,行為者の危険性が明らかとなった以上,正犯が実行に着手しなくても教唆未遂として処罰しうるとの主張(実行独立性説)がなされたが,現在では,破壊活動防止法38条(内乱・外患罪の教唆・せん動),国家公務員法110条17号(公務員の争議行為のそそのかし・あおり)のように教唆行為を独立して処罰する場合(独立教唆)を除けば,正犯が犯罪の実行に着手して以後,はじめて教唆犯も処罰されるとする客観主義の立場(実行従属性説)が支配的となっている。教唆犯の処罰は正犯に準ずる。すなわち,たとえば正犯が殺人罪の場合には,その教唆者には殺人教唆罪が成立するが,正犯と同様に刑法199条(殺人罪)の法定刑が適用される。ただし,正犯の法定刑が拘留または科料のみの場合(たとえば侮辱罪)は,教唆犯は原則として処罰されない(刑法64条)。教唆犯の成立には,教唆行為のほかに教唆の故意を必要とするが,おとり捜査のように正犯が未遂に終わることを予期して教唆した場合(アジャン・プロボカトゥールという)にも教唆犯の成立を認めるべきかは争いのあるところである。教唆犯の処罰根拠を正犯による法益侵害に求めれば,未遂の教唆は最終的結果の認識(故意)を欠き不可罰となるが,正犯を堕落させ犯罪者にしたという点に処罰根拠を求めれば,未遂の教唆も当然に処罰さるべきことになる。
→共犯
執筆者:西田 典之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
共犯、とくに狭義の共犯の一形態。人を教唆して犯罪を実行させる場合に成立する(刑法61条1項)。教唆犯には「正犯の刑を科する」。すなわち、教唆犯は正犯と同じ法定刑の範囲内で処罰される(ただ、実際の刑の量定において、教唆者が正犯者より重い刑を宣告されることもありうる)。教唆犯が成立するためには、人を教唆する行為、およびこれにより被教唆者が犯罪を実行したことが必要である。
人を教唆するとは、他人に特定の犯罪を実行する決意を生じさせることである。教唆の方法としては、職務上の命令、脅迫、金銭の提供などさまざまであるが、特定の犯罪を実行する決意(犯意)を生じさせるに適したものでなければならない。したがって、ただ漠然と「人を殺せ」とか「金を盗(と)ってこい」というだけでは足りないが、逆に、犯行の日時、場所、方法など細部にわたり具体的に特定する必要はない。すでに犯行を決意している者への教唆はありえず、相手の犯行を容易にした場合に限り従犯(刑法62条)として処罰されるにすぎない。なお、「おとり捜査」に関連して、「未遂の教唆」すなわち、あらかじめ未遂に終わらせるつもりで教唆する場合につき、教唆犯の成否が争われているが、これを肯定するのが通説・判例である。
次に、教唆犯が成立するためには、被教唆者が教唆行為に基づき現に犯罪を決意し、実行に移すことを要する。したがって被教唆者が犯意を生じなかったり、現に犯意を実行に移さなかった場合には、「教唆の未遂」とよばれ、教唆犯は認められない(少数ながら肯定説もある)。
なお、「教唆者を教唆した」場合を間接教唆とよび、通常の教唆犯と同様、正犯の刑を科する(刑法61条2項)。ただし、間接教唆者をさらに教唆する再間接教唆の場合には、判例および一部の学説はこれを間接教唆と解するが、むしろこれを否定し、不可罰と解すべきであろう。
[名和鐵郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…一つは,犯罪に関与した者すべてを正犯として処罰する(イタリア刑法等)という方法であり,他は,処罰を犯罪への特定の関与形態に限定し,しかも関与のしかたに応じて処罰に軽重を設ける(ドイツ刑法等)という方法である。日本の刑法は後者に属し,共同正犯(60条),教唆犯(61条),従犯(幇助(ほうじよ)犯ともいう。62条)の規定をもつ。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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