日本大百科全書(ニッポニカ)「争議権」の解説
争議権
そうぎけん
労働者が労働条件の改善などの要求を実現するために争議行為を行いうる権利。日本国憲法第28条では、労働者の「団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」を保障するとし、「争議権」ということばはないが、「その他の団体行動」の典型が争議行為であるところから、争議権が保障されていると解されている。争議行為に対しては、たとえばストライキを例にとると、労働者が団結意思に基づいて労務の提供を拒否し、使用者に圧力を加えるものであるため、歴史的には当初、取引の自由を制約し社会の秩序を乱すものとして刑罰が科せられた。その後の労働運動の発展により、刑罰からは解放されることになったが、そうなると使用者は、争議行為により被った損害の賠償を請求することにより対抗した。しかし、やがてこのような民事責任の追及も許されなくなり、加えて、争議行為に対して使用者が不利益を課すことも禁止されるに至った。現在の日本の争議権は、のちにみるように重大な制約を残しているが、一般的にはこの水準に位置する。つまり、国家は警察力をもって争議に介入できず、争議行為自体はもはや犯罪として処罰されない(労働組合法1条2項、刑事免責)。また、使用者は正当な争議行為によって被った損害の賠償を請求できず(同法8条、民事免責)、さらに、争議行為を理由に解雇その他の不利益取扱いをすることは不当労働行為として禁止されている(同法7条1号)。
争議権を有するのは、憲法の表現上からは労働者であるが、争議行為の集団的性格からみて、労働組合ないし労働者の団結体(たとえば争議団)も含まれる。使用者は争議権の主体ではないが、憲法が労使の力の対抗関係を通じて新たな労使関係を形成することを認めている以上、労働者の争議行為に対する使用者のロックアウトのような対抗行為がいっさい禁止されているとは考えられない。労働者の争議権を否定することにならないような非先制的で防衛的な対抗行為であれば許される場合がある。
争議参加労働者の行為は、統一的な団結意思に基づく集団自体の行為と考えられるから、それから外れた行為は別にして、かりにその争議行為が違法な場合でも、法的責任を負うのは団結体である。争議行為が責任を免れるのは、それが「正当」な場合であるが、その正当性は一般に争議行為の手段、態様および目的などを総合評価して決せられる。その際、争議行為は広く労働・生活条件の向上のために保障されているのであって、単に団体交渉を有利に導くための手段的権利ではないから、使用者が直接解決できない要求を掲げた政治ストのような場合であっても、労働基準法の改悪に反対するなど労働・生活条件の向上と関連するものであれば正当性を失わないと考えられる。
ところで、日本の現段階での争議権についての最大の問題は、官公労働者の争議行為が全面的に禁止されていることである。欧米諸国やILO(国際労働機関)では禁止緩和の方向にあるのと対照的である。そのほか、労働関係調整法では安全保持施設に対する争議行為の禁止(36条)や公益事業での争議行為の10日前の予告義務(37条・39条)、さらに、緊急調整が決定された場合の50日間の争議行為の禁止(35条の2~5・38条・40条)を規定する。また、いわゆるスト規制法は電気事業および石炭鉱業での争議行為の方法に制約を加え(2条・3条)、船員は一定の場合に争議行為が禁止される(船員法30条)などの争議権の制約が存在する。
[吉田美喜夫]
『中山和久著『争議権裁判例の軌跡』(1975・一粒社)』▽『『野村平爾著作集4 争議権法理の展開』(1978・労働旬報社)』▽『東京大学労働法研究会編『争議行為・官公労』(1983・有斐閣)』