公訴権濫用(読み)こうそけんらんよう

改訂新版 世界大百科事典 「公訴権濫用」の意味・わかりやすい解説

公訴権濫用 (こうそけんらんよう)

検察官公訴提起起訴)の権限を濫用して,不当に公訴提起すること。この場合には,公訴の提起は違法・無効であり,公訴棄却判決(刑事訴訟法338条4号)により訴訟を打ち切るべきだとする見解が強い。公訴権濫用論は,第2次世界大戦後のいわゆる労働公安事件における弁護人の実践活動のなかから生まれたもので,その後の学界における公訴権理論の深化とも相まって,刑事訴訟法上の重要課題となっている。

 公訴権濫用として論じられるものには,一般に,(1)嫌疑不十分の起訴,(2)起訴猶予裁量権(刑事訴訟法248条)を逸脱・濫用した起訴,(3)捜査段階に著しい違法があった場合の起訴,の三つがある。このうち(1)については,公訴権濫用の問題ではなく,端的に無罪とすべき場合であるとする見解も有力である。(2)においては,微罪その他の理由で起訴猶予相当の事件の訴追,不平等な訴追,悪意その他不当な意図に基づく訴追などが問題とされ,また(3)では,違法な逮捕手続,少年事件の長期遅延による家庭裁判所不経由,おとり捜査などに基づく訴追などがこれまで問題とされた。これに対し,裁判実務の大勢は,公訴権濫用の主張を認めることに慎重な態度を示しており,最高裁判所の判例も,一般論としては(2)の類型のような公訴権濫用の成立する余地を認めつつも,それを理由として公訴を棄却すべきだとするのは当の起訴自体が職務上の犯罪となるような極限的な場合に限られるとする考え方をとり,また(3)の類型についても,判例は,捜査手続に違法があったからといって,ただちにその後の起訴が違法・無効となるものではないという立場をとる。
起訴
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android