内科学 第10版 の解説
内分泌系疾患における新しい展開(内分泌系の疾患)
近年,エネルギー代謝における新しい内分泌臓器としての脂肪細胞が脚光を浴び,レプチンをはじめとする脂肪細胞由来のホルモン(アディポサイトカイン)の意義が明らかにされてきた.エネルギーバランスを感知し,その情報をダイレクトに脳に伝えるメッセンジャーとしてのアディポサイトカインの登場は内分泌学に新たなページを開いた.さらに最近になり,腸管由来のインスリン分泌促進ホルモンであるインクレチンに関連する薬剤が次々と登場し,その高い効力により糖尿病治療を一変させたが,この臨床的事実は,腸管の内分泌臓器としての意義を浮き彫りにした.また,胃から分泌されるグレリンがわが国の研究者により発見されたこともあり,わが国の内分泌学はこの領域の研究において世界を牽引している.
これまで,腸管機能に関しては,エネルギー代謝制御というコンテキストではあまり語られなかった傾向がある.しかし,そこには,われわれの体の細胞数をはるかに上回る腸内細菌が生息し,消化吸収状況をリアルタイムで感知できるさまざまな内分泌細胞が巧妙に配置されている.さらに,腸上皮細胞の下には,連携プレーに長けた多種多様の免疫担当細胞が待ち受けている.また,内臓神経叢が濃密なネットを形作っている.消化管においては,内分泌系,免疫系,神経系の生体情報にかかわる3つの基本システムが渾然一体となって,腸からの情報発信にフル稼働している.生命維持にとって最も根源的な臓器である消化管での情報処理伝達機構の解明は,今後内分泌学において新たなパラダイムを産む可能性がおおいに期待される.そこで今回の改訂では,腸-脳連関の主体をなす摂食調節ホルモンあるいはインクレチンとエネルギー代謝に関して新たな項目を設けた. NCDによる死因の主座に位置する悪性疾患に関しても,糖尿病患者の罹患率は非糖尿病患者に比べ有意に高く,大腸癌は増加の一途であり女性では悪性疾患の死因の第一となっている.今後,エネルギー代謝の変調と癌の問題は内分泌学の新たなテーマとなっていくと考えられる.また,肥満人口の増加に伴い,子宮体部癌の発生は上昇しており,女性ホルモンバランスの変調が病因として重要な乳癌も確実に増加し,女性の健康寿命をおおいに脅かしている.このような状況を鑑み,今回の改訂では,『内科学』としてははじめて,産婦人科系疾患である「乳腺疾患,子宮・卵巣癌」を取り上げた.[伊藤 裕]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報