改訂新版 世界大百科事典 「写真フィルム」の意味・わかりやすい解説
写真フィルム (しゃしんフィルム)
photographic film
薄い膜状のもの(フィルムという)を支持体として,その上に写真乳剤層を設けた感光材料。単にフィルムと呼ぶ場合が多い。ハロゲン化銀の微細な結晶粒子をゼラチン水溶液に分散させた写真乳剤を,三酢酸セルロースまたはポリエチレンテレフタレートフィルム上に塗布し,乾燥させて作られる。フィルムの厚みは用途によって異なるが,ふつう80μmから200μmの範囲のものが使われている。現像によって被写体と明暗が逆になる(カラーの場合は色相も補色になる)ものをネガタイプ,また現像(この場合の現像を反転現像という)によって被写体と同じ像が得られるものをポジタイプ(リバーサルタイプ,反転タイプともいう)という。
フィルムの写真特性
フィルムを含め,感光材料の写真効果の特性は,あてられた光の量(露光量)Eの常用対数,すなわちlog10Eに対する写真濃度Dで表され,この曲線を写真特性曲線(単に特性曲線ということが多い)と呼ぶ。露光量は,露光の照度と露光時間の積で表されるが,厳密には照度の時間積分値である。写真濃度は露光によって得られた写真画像の濃淡の度合を表すもので,写真画像に強度I0の入射光を与えたとき,写真画像が透過または反射する光の強度をIとして,D=log10(I0/I)で定義される。感光材料の特性曲線は,露光条件と現像条件によって変わるが,一般にS字形を示し,足部,直線部,肩部と呼ばれる部分からなる。図に示したのはネガタイプのフィルムの特性曲線で,低露光域のこう配の緩いAB部が足部,こう配が一定となるBC部が直線部,露光量が増してこう配が緩くなるCD部が肩部である。ポジタイプのフィルムでは,これとは反対の逆S字形の特性曲線となる。ネガタイプでは光のあたらなかった部分,ポジタイプでは光の十分にあたった部分でも現像,定着処理したときにいくらか写真濃度を生じ,現像時間を延ばすと濃度が増加する。この写真濃度をかぶりと呼ぶ。直線の傾きをガンマ(γ)と呼び,フィルムの調子の度合(階調,コントラスト)を表す尺度である。傾きが緩やかな(軟調な,コントラストの低い)フィルムは,被写体の濃淡の変化を細かに再現できるために人物などの一般撮影用に適し,一方,傾きが急な(硬調な,コントラストの高い)フィルムは,被写体の濃淡の差を強調して再現できるために,シャープな網点像を要求する印刷用フィルムや線画の複写用フィルムなどに適している。
露光域とは露光量を変えたときに,写真濃度が変化しうる露光量の範囲をいい,露光域が広いほど撮影時の露光量の過不足をカバーでき,露光ラチチュードが広いという。フィルムの写真感度(スピード)は,ネガタイプでは被写体の濃い部分(フィルムにあたる光の量が少ない部分)を,ポジタイプでは被写体の淡い部分(フィルムにあたる光の量が多い部分)を撮るのに必要な最小の露光量に基づいて定められる。種々の標準規格があるが,ISO感度が一般に使われる。
感光物質として用いられているハロゲン化銀単独の感光波長域は,青色光以下の短波長光にしかないが,増感色素をハロゲン化銀に吸着させて用いることにより,緑色光~黄色光,赤色光,さらには赤外線にも感ずるようにされている。感光材料が近紫外部から黄色の波長範囲の光に対して感度をもつことをオルソクロマティックorthochromatic,または単にオルソといい,そのようなフィルムをオルソフィルムorthochromatic filmと呼ぶ。さらに赤色光まで感度をもつことをパンクロマティックといい,そのようなフィルムをパンクロフィルムpanchromatic filmという。フィルムに記録された画像の品質を支配する因子としては,このほかに写真像の細部の明りょうさ(解像力,鮮鋭度,粒状性),増感現像性(露光量不足でも,現像において適度の濃度の画像が形成できる性質)およびカラー写真での色再現性などがある。
フィルムの種類
写真フィルムは,複数コマ分の写真フィルムが1本の軸に巻きつけられているロールフィルムと,1コマずつ1枚のシート状をしているシートフィルムに大別され,前者には幅が8~70mmに至る各種のものが,また後者には4インチ×5インチや5インチ×7インチのサイズのものがある。用途別には,一般撮影用,映画用,工業用,印刷用,複写用,医療用(レントゲン用など),科学用などになる。(1)一般撮影用フィルム 感度の異なる数種のフィルムが作られており,暗いところでも撮影できる超高感度フィルム,一般撮影用フィルムおよびきめの細かい像が得られる比較的感度の低いフィルムがある。(2)映画用写真フィルム 撮影シーンなどを直接写すネガフィルムと,ネガフィルムからプリントするのに使うポジフィルムとに分けられ,このほか,たいせつなネガフィルムを保存しておくための複製用,または,画像合成,タイトル合成などに用いられるインターミディエートフィルムがある。ネガフィルムは,感度が高くて,きめ細かな写真像を再現できるように作られ,ポジフィルムは,感度が低いが,映写のときに大きく拡大されても像があれないように作られる。インターミディエートフィルムは,ネガフィルムを忠実に再現できるような写真特性を有している。(3)工業用写真フィルム 金属材料の欠陥を破壊せずに検査できるようにX線をあてて調べるための工業用X線フィルムが代表的である。(4)印刷用および複写用写真フィルム 印刷製版用フィルム(超硬調のリスフィルム,連続調の色分解用フィルム,スキャナー用フィルム,マスキングフィルム,グラビアフィルムなど),マイクロフィルム,図面複写用などグラフフィルム,ウォッシュオフフィルム,写植用フィルム,ファクシミリフィルムなどがある。用途に応じて,感度が高いもの,濃度の高いもの,階調の高いもの,種々の光源(例えばキセノンランプ,タングステンランプ,LED,レーザーなど)に感ずる感色性をもつものなど,さまざまな写真特性をもつものが用いられる。(5)医療写真用および科学写真用フィルム 胸部,腹部など検診用の医療用直接撮影用X線フィルム,集団検診用に主として使われる間接撮影用X線フィルム,個人の放射線被曝線量の測定に用いられるフィルムバッジ,X線写真の複製用フィルム,CT(computed tomography),RI(radio isotope),超音波診断画像などのCRT画像記録用フィルム,電子顕微鏡写真記録用フィルムなどがある。一般に,これら医療用フィルムは,一般撮影用フィルムのように印画紙にプリントすることなく,仕上りネガ像をそのまま観察するので,最高写真濃度が高く,かぶりの少ない特性を有している。また,人体へのX線被曝量を軽減するために,フィルムや蛍光スクリーンの感度を高めたり,視覚上,青く着色したフィルム支持体を使うなどのくふうがなされている。(6)その他 一般撮影用,工業用,医療用,科学用などに,写したその場で写真画像が得られる拡散転写方式のインスタントフィルム(インスタントフォトグラフィー)がある。さらに,1回の現像で原画と同じ画像(ポジ像)が得られるオートポジフィルム(直接反転フィルム)や,露光した後は加熱するだけで現像できる熱現像(乾式現像)タイプ(ジアゾタイプ)のフィルムもある。
→カラーフィルム
執筆者:益田 隆夫
写真フィルム工業
写真フィルム生産には高度な技術力を要するうえに,巨額の設備投資が必要とされるため,日本では富士フイルムと小西六写真工業(現,コニカ)2社の寡占状態となっており,世界的に見てもアメリカのイーストマン・コダック社が世界市場の70%程度をおさえ,同社に日本の2社とドイツ,ベルギーの合弁のアグファ・ゲバルト社を入れると95%以上のシェアとなる。日本の生産量を見ると,白黒用が80%,カラー用が20%となっているが,これは,白黒用の中のX線用,工業用の生産量が多いためであり,一般写真用は全体の10%程度にすぎない。
写真フィルムの国産化は,高温多湿の日本の気候が災いしてなかなか成功せず,1929年小西六写真工業の前身である小西六本店が初めて写真フィルムの生産に成功した。続いて,大日本セルロイド(現,ダイセル)が酢酸セルロースを用いた写真フィルムベースの研究を進め,この研究の成功により34年に大日本セルロイドの写真フィルム部の施設その他を継承する形で現在の富士写真フイルムが設立され,写真フィルムベースからの一貫生産が開始された。40年には小西六によりカラーフィルムも国産化された。戦時中は,軍事用の需要が増大するとともに,中国,東南アジア向けの輸出が活発化し,写真フィルム業界は活況を呈した。戦後の写真ブームの到来(X線用・工業用フィルム需要の増加)によりフィルム生産量は急速に増加し,50年に240万m2であった生産量は,95年には2億9900万m2にまで増加した。1971年カラーフィルムの輸入自由化が行われた際には,イーストマン・コダック社のシェア上昇が予想されていたが,国内メーカー2社の技術力の上昇,流通網,アフターサービス網の差によりコダックのシェアは10%程度にとどまっている。さらに,海外販売網の強化により輸出も増加しており,輸出比率は40%近くに達している。
執筆者:北井 義久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報