改訂新版 世界大百科事典 「前期的資本」の意味・わかりやすい解説
前期的資本 (ぜんきてきしほん)
生産様式としての資本主義は,産業資本(賃労働の雇用による産業経営)の運動を軸にして組み立てられている。しかし,利潤を求めて自己増殖する価値をすべて資本と呼ぶなら,資本は,産業資本が成立していない資本主義以前にも存在し,その歴史は〈人類の歴史とともに古い〉とさえ言うことができる。このように資本主義以前に存在し,産業資本と異なる運動をする古い型の資本が前期的資本である。この概念は,資本主義発達史の研究において産業資本と対立する資本類型として,大塚久雄によって提起されたが,マルクスはこれを〈資本の近代的基礎形態〉である産業資本に対して〈資本の大洪水以前的形態〉と呼んでいる。
前期的資本には商業資本と高利貸資本があり,前者には商品取扱資本と貨幣取扱資本がある。前期的資本は産業資本と異なり資本の生産過程をもたない。単純な商品・貨幣流通がある程度行われていれば,奴隷制や農奴制のような古い生産様式のもとでも,それらに寄生しながら流通部面で利潤を追求する。前期的資本のうち商品取扱資本の運動は購買と販売G-W-G′であるが,社会的分業と市場経済の未発達な地域間,共同体間の価格差を利用して安く買って高く売るという,不等価交換による譲渡利潤の搾出である。高利貸資本は,王や貴族など古い権力者,貧しい農民や手工業者に自分の蓄蔵貨幣を貸し付けて,高利を取得する。前期的資本は古い生産様式に寄生し,分業と市場の未発達,貨幣不足と鋳貨の混乱を利用して,遠隔地間の中継商業と金融業を営んで繁栄していた。しかし,共同体が解体して独立の小商品生産者を結ぶ市場経済が成立し,彼らの分解を通して産業資本が発達すると,共同体に基礎をおく古い生産様式は崩れ,前期的資本の活躍する地盤は失われてしまう。前期的な商業資本と高利貸資本に代わって,産業資本と手を結んでその運動の一部分を受けもつ近代的な商業資本と利子生み資本が登場する。
執筆者:諸田 實
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報