商業資本,銀行資本とならんで資本主義経済システムを支える最も重要な資本の運動形式の一つである。商業資本や銀行資本が商品の流通や資金の社会的融通といった領域で活動するのに対して,産業資本はごく一般的には物的生産に直接たずさわる資本である。資本であるから当然〈投資→利潤を伴っての回収〉という根本契機を有している。具体的には生産設備,原材料,労働力など生産要素の購入(投資)→商品の生産→商品の販売という活動を示し,一般的には生産,販売をある期間繰り返すことによって投下資金を回収するとともに,販売収入のうち投下資金を超える部分を利潤として手に入れる。
しかし物的生産を行う資本というだけでは十分ではない。産業資本の成立およびその活動は発達した商品経済(市場経済)を前提とする。古代や中世において社会的には部分的にしか行われていなかった商品経済は15~16世紀以後急速な発達を遂げ,都市はもとより農村にも深く浸透していった。商品経済,貨幣経済が発達し,封建社会が内部から突き崩されていくなかで商人や手工業者の手に資金が蓄積され,また他方で農村の分解等によって生産手段を失った多くの離農者や都市住民は,なんらかの働き口をみつけて生活しなければならない近代的労働者層を形成していった。このような資本,労働という基本的生産要素が社会的に形成され,生産設備,原材料を含む生産要素を購入したり,生産物を販売したりする〈市場〉がある程度発達していることが産業資本成立の要件である。これに生産技術上の基礎を与え,近代的産業資本成立の現実的契機となったのが18世紀後半に始まるイギリスの産業革命であった。
商品経済発展のなかから生まれた産業資本は,いかなる生産活動にも適応しうる人間労働をはじめ,あらゆる生産要素を市場で手に入れることによって,人々が必要とするほとんどすべての生産物を市場に供給することができる。いいかえると,社会的生産を全面的に担当しうる形式である。しかも,だれが,何を,どれだけ,いかなる方法で生産するかという社会的生産の要件は,価格や利潤などの動きを通してつねに市場のルールによる規制を受ける。したがって産業資本が生み出すあらゆる商品に関して供給と需要の均衡化作用がはたらく。このような産業資本の登場が,人類社会で初めて自立的な経済システムを誕生させた。資本主義経済システムがそれである。
また,資本主義経済の確立を特徴づける産業資本の成立は,旧来の商人資本,金貸資本が発展,転化した商業資本,銀行資本と相まって,商品経済そのものをさらに拡大,深化させ,商品経済によってほぼ全面的におおわれた社会をつくり出した。資本主義経済が最高度に発達した商品経済だといわれるゆえんである。
近代的産業資本が最初に登場したのは産業革命期のイギリス綿工業においてであったが,資本主義経済の発展とともに産業構造の中心は綿工業に代表される軽工業から19世紀後半以後鉄鋼業,石油化学工業などの重化学工業へと移行し,20世紀に入ると自動車,電機などつぎつぎと新しい部門が加わった。市場経済がさらに拡大し,産業規模,企業規模が巨大化してくるなかで企業活動も多様化し,産業のソフト化,情報化と相まって,商業,金融領域との相互浸透もさまざまなかたちで進み,現代では,社会的に重要な部門ではとくに,産業資本という古典的規定だけではとらえにくい企業が増えてきている。
→資本主義
執筆者:木村 一朗
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資本とは一般的には自己増殖する価値であると定義することができるが、近代に独自な資本の形態であり、資本主義社会における資本の基本形態が産業資本である。産業資本の運動形態は
として定式化することができる。この範式においてG―W、W'―G'は流通過程で行われ、点線は流通過程が中断されていることを示している。産業資本はまず貨幣形態Gで投下され、それによって生産手段Pmと労働力商品Aとが購入される。それらが合体されて商品の生産過程Pが進行し、その結果として剰余価値を含み価値の増殖した商品W'が生産される。それが市場で販売されることによって、最初投下した貨幣Gが回収されると同時に、剰余価値Δgが実現される。こうして資本価値の増殖が達成される。産業資本が成立するためには、(1)一定程度発展した商品生産および商品流通が必要であり、(2)それに加えて、人格的に自由で自分の労働力を自由に処分でき、かつ生産手段から引き離されて労働力以外に売るべき何物もないという二重の意味で自由な労働者が存在し、貨幣所持者たる資本家がこの労働者から労働力を購入することが可能でなければならない。したがって産業資本成立のためには、農民から土地を収奪し、彼らを無所有の労働者階級に転化する本源的蓄積過程が歴史的に先行しなければならない。産業資本が近代に独自な資本形態たるゆえんである。産業資本は貨幣形態にある資本価値=貨幣資本から、生産過程においてPmおよびAとして存在し、価値増殖の機能をもつ資本形態=生産資本へ、さらに剰余価値を含んだ商品=商品資本へと絶えず形態を転化させながら価値を増殖させている。だから産業資本は、剰余価値の収得のみならず同時にその創造が資本の機能であるような資本の唯一の定在様式である。資本の形態としては、歴史的に商業資本G―W―G'ならびに高利貸資本G…G'が産業資本に先行しているが、それらは産業資本成立とともに、それに従属し、産業資本の部分的機能を代行する従属的地位にたつことになる。
[二瓶 敏]
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生産過程を通じて剰余価値=利潤を生みだす機能をもつ資本。生産過程に無関心で,たんに価格差を利用して利潤を取得する商人資本と対比される。その生産形態には,単純協業による小資本家的生産,多数の労働者を道具を用いて分業にもとづき協業させる工場制手工業生産,多数の労働者を機械体系に従属させて分業にもとづき協業させる機械制大工業生産があり,形態の発展にともなって資本の労働支配は深化する。
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資本の近代的形態で,流通過程から利潤を得る商業資本と異なり,生産過程からそれを創造する。生産手段,生活手段を持たない労働者の存在を前提としており,したがって封建的生産様式の解体に伴って発達し,小生産を駆逐しながら産業革命の完成によって,その支配を確立する。
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…資本とは,増殖する価値の運動体であり,その姿を貨幣,商品等に転換しつつ一定期間に利潤を取得するものである。また,このような資本が生産過程を根拠に利潤を取得するようになったものが産業資本であり,したがって産業資本は,たえず貨幣資本(G),生産資本(P),剰余価値を含む商品資本(W′),剰余価値を含む貨幣資本(G′)と形を変えながら増殖運動をくりかえしている。ところで資本の回転期間とは,産業資本が前貸形態の資本すなわち生産資本ないし貨幣資本の形から出発し,再び同じ資本の形に復帰するまでの期間のことを意味している。…
…金貸資本はさらにいっそう間接的で,生産についての関係はまったく外的である。これらとちがって直接に生産を担当する産業資本によって新しい道が開かれるのである。
[産業資本]
産業資本はG―W…P…W′―G′の形式をもつ。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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