日本大百科全書(ニッポニカ) 「前立腺がん」の意味・わかりやすい解説
前立腺がん
ぜんりつせんがん
prostate cancer
定義
前立腺に発生するがん(悪性腫瘍(しゅよう))。前立腺は膀胱(ぼうこう)の下方、直腸の前方にあるクルミ大の臓器で、男性にのみ存在する。尿道を取り巻く移行領域、射精管を取り囲む中心領域、外側の辺縁領域、前面の前線維筋性間質の4領域に分けられ、前立腺がんの70%は辺縁領域から発生し、20%が移行領域、10%が中心領域から発生する。組織学的には大部分が腺がんである。腺がん以外の組織型としては尿路上皮がん、扁平(へんぺい)上皮がん、基底細胞がん、小細胞がん、肉腫などがある。
前立腺がんの多くは、数十年の経過できわめて緩徐に増殖していく。そのため、前立腺にがんが存在していても多くは診断されることなく他の疾患で死亡し、一部のみが検診や臨床症状の出現から診断されていると考えられる。前立腺がんは総じて進行が緩やかであるが、臨床的に診断される前立腺がんの一部に、進行して致死的となるものがある。生涯、臨床的に前立腺がんの徴候が認められず、死後の解剖(剖検)により初めて前立腺がんの存在が確認されるものをラテントがんとよび、臨床的に診断される臨床がんとは区別されている。ラテントがんは30歳未満でもみられることがあるが、多くは加齢とともに緩徐に発生・増殖していく。
このほか、非悪性腫瘍として切除あるいは摘出された前立腺組織から顕微鏡的検索により発見されたものを偶発がん、転移臓器の臨床症状が先行し、後になって原発巣として前立腺がんが発見されたものをオカルトがんとよび、それぞれ区別される。偶発がん、ラテントがんはかならずしも微小がんとは限らない。
[渡邊清高 2019年12月13日]
疫学・病因(危険因子)
疫学
日本において2017年(平成29)に前立腺がんで死亡した人は1万2013人であり、男性のがん死亡全体の5.5%を占めている。部位別にみると肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓(すいぞう)がんに次いで第6位の死亡数となっており、部位別の死亡率(男性・全年齢)は19.8(人口10万対)となっている。年齢階級別の死亡率をみると、60歳前後から上昇し、高齢になるほど高くなる。
2014年の前立腺がん罹患(りかん)数(全国合計値)は7万3764人であり、男性のがん罹患全体の14.7%を占めている。部位別の罹患数をみると、胃がん、肺がん、大腸がんに次いで第4位となっている。罹患数の年次推移は、2011年の7万8728人をピークに横ばいの状態である。年齢階級別罹患率は50歳前後から高くなり、70歳代まで上昇し続け、その後は低下していく。
経年的な推移をみるうえでは、人口の高齢化の影響を除き、一定の年齢構成に調整した数値(年齢調整死亡率・年齢調整罹患率)を比較する。年齢調整死亡率の年次推移は、1950年代後半から1990年代なかばまで上昇し、近年は緩やかな低下傾向にある。年齢調整罹患率は、1975年(昭和50)以降上昇傾向にあり、とくに2000年以降の上昇が顕著である。これには、前立腺特異抗原(PSA)検査が普及し、早期がんの診断が可能となったことが影響している(データ出典:国立がん研究センターがん対策情報センター)。
[渡邊清高 2019年12月13日]
危険因子
前立腺がんの危険因子には、年齢、人種、家族歴があげられる。前立腺がんは加齢とともに増加し、80歳以上の剖検例では50~70%にみいだされている。人種別では、前立腺がんの生涯罹患率はアジア人で13人に1人、白人で8人に1人、黒人で4人に1人と推定されている。地域的にはスカンジナビアでもっとも高く、アジアがもっとも低い。日本人の罹患率は、欧米諸国やアメリカの日系人よりも低いことから、前立腺がんの発症には、人種差に加え食生活などの環境要因も関与していると考えられている。また、前立腺がんの家族歴は罹患リスクを約2.4~5.6倍に高めることが知られている。
前立腺がんに関連する遺伝子も知られており、HOXB13遺伝子のG84E変異の保有者は罹患リスクが3.3~20.1倍高いとされている。
環境要因としては、ライフスタイル、肥満・糖尿病・メタボリック症候群、前立腺の炎症や感染、前立腺肥大症や下部尿路症状、化学物質への曝露(ばくろ)などが推測されているが、いずれも研究によっては結果が相反することも多く、結論は出ていない。リスクを低下させるものとして魚類に多く含まれているドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)の摂取や運動習慣が、リスクを高めるものとしては乳製品・カルシウム、高脂肪食の摂取や喫煙などが、前立腺がんのリスクに影響する可能性が報告されている。このほか、大豆に含まれるイソフラボン、緑茶に含まれるカテキン、トマトに含まれる赤い色素リコピンなどの機能因子による前立腺がん予防が注目されている。ただし、疫学的研究や臨床研究からは、有効性において結論が出ている因子はなく、今後さらなる研究の発展が望まれる。
[渡邊清高 2019年12月13日]
分類
病理組織学的分類
「前立腺癌(がん)取扱い規約」(第4版、日本泌尿器科学会、日本病理学会、日本医学放射線学会編)によると、前立腺がんは腺がん、まれな腺がん、尿路上皮がん、扁平上皮がん、腺扁平上皮がん、基底細胞がん、小細胞がん、未分化がん、そのほかの悪性腫瘍に分類される。
このうち腺がんについては、さらにグリーソンスコアGleason scoreを用いて組織学的悪性度を評価する。これは組織学的形態を浸潤増殖様式から1~5のパターンに分類し、がん巣内にもっとも多くみられるものを第1パターン、次に多いものを第2パターンとして、その合計によってスコアを算出するものである。臨床的に重要な腫瘍は、グリーソンスコア5~10のいずれかに振り分けられる。5、6は病理組織学的に低悪性度群、スコア7は中間群、スコア8~10は高悪性度群に相当する。また近年、グリーソンスコアにかわるものとして、前立腺がんに対する新しいグレードグループ分類が提唱されている。これは現行のグリーソンスコアをもとにして、悪性度、予後階層別の1~5の5段階に振り分けるものである。
[渡邊清高 2019年12月13日]
症状・症候
前立腺がんは尿道から離れている辺縁領域に発生することが多く、排尿に関する症状が出にくく、初期のうちは無症状である。進行すると排尿困難、血尿などの下部尿路症状がみられ、骨転移例では骨痛や脊髄圧迫による下肢麻痺(まひ)などを認めるようになる。そのため、なんらかの症状が出てから泌尿器科外来を受診してがんと診断された場合、20~30%は、すでに他の臓器、おもに骨に転移した状態で発見される。
前立腺がんは、以前は排尿困難や血尿、あるいは骨転移による疼痛(とうつう)(痛み)を契機に発見されていた。現在では、前立腺特異抗原(prostate specific antigen:PSA)が前立腺がんの腫瘍マーカーとして普及したことにより、血液検査でPSAの上昇を指摘され無症状のまま受診し、発見に至ることが多い。
[渡邊清高 2019年12月13日]
検査・診断
検査・診断
前立腺がんのスクリーニングとして、直腸診とPSA検査が重要である。PSA値の上昇や直腸診で前立腺がんが疑われるときは、確定診断として前立腺生検(組織採取による検査)が行われる。前立腺肥大症との鑑別が重要となるが、直腸診やPSA検査からある程度の鑑別は可能である。前立腺がんに前立腺肥大症を合併していることもあり、最終的には前立腺生検により鑑別される。
(1)腫瘍マーカー
前立腺特異抗原(PSA)は、前立腺がんの早期発見におけるもっとも重要な腫瘍マーカーである。PSAはおもに前立腺上皮から産生される糖タンパクで、通常は前立腺管内にとどまっている。前立腺がんでは細胞構造が破壊されるため、血管内に漏れ出て、血清PSA値が高くなる。PSA検査の基準値は0.0~4.0ng/mL、あるいは年齢階層別PSA基準値(64歳以下0.0~3.0ng/mL、65~69歳0.0~3.5ng/mL、70歳以上0.0~4.0ng/mL)を用いる。基準値を超えた場合には、前立腺生検で確定診断が行われるが、PSA値が高いほどがんと診断される可能性が高くなる。PSA値4.0~10.0ng/mLのいわゆるグレーゾーンでは、約30%の割合でがんが発見される。一方、10.0ng/mL以上でもがんが発見されない場合や、4.0ng/mL未満で発見される場合もある。
PSAは前立腺の臓器特異抗原であるが、前立腺がんに特異的ではなく、前立腺肥大症、前立腺炎、機械的刺激などでも高値となることがある。PSAには遊離型PSA(free PSA)と結合型PSAがあり、両者をあわせた総PSA(total PSA)に対する遊離型PSAの割合(F/T比)は、前立腺がん以外の前立腺疾患との鑑別に用いられている。F/T比が低い場合は前立腺がんの可能性が高くなる。
なお、グレーゾーンでは前立腺生検を行っても約7割ががんと診断されないという点から、不必要な生検が行われている可能性も無視できず、過剰治療や生検に伴う合併症の問題も指摘されている。一方で、前立腺検診におけるPSA測定が前立腺がんによる死亡率を低下させることが、ヨーロッパの大規模研究の結果として報告されている。しかし、アメリカでの大規模研究では有効性は示されず、PSAによる検診の有効性については引き続き議論がなされている状況である。日本においては、現時点ではPSA検査による前立腺がん検診は対策型検診としては推奨されていない。検査に伴う利益と不利益について説明を受けたうえで、個人の判断で受検の可否を決めるのが望ましいと考えられる。
(2)直腸診
肛門(こうもん)から直腸に直接指を挿入して、前立腺の状態を確認する検査である。前立腺の表面に凹凸があったり、左右非対称である場合、前立腺がんが疑われる。前立腺がんは70%が外側の辺縁領域から発生するため、直腸診で硬結を触知することがある。しかし硬結を触知できるのは前立腺がん全体の半数以下であり、診断はPSA検査と組み合わせて行われることが多い。最近は、直腸診では異常を認めず、PSAの上昇のみから発見される前立腺がんが多い。
(3)前立腺生検
PSAや直腸診などで前立腺がんが疑われた際には、前立腺生検による病理組織学的診断が行われる。前立腺へのアプローチ法としては、経直腸生検および経会陰(えいん)生検の2種類があるが、両者のがん検出率は同等である。通常は経直腸的超音波断層法(transrectal ultrasonography:TRUS)のガイド下に細い針を用いて、初回は辺縁領域を中心に10~12か所の生検(組織採取による検査)が行われる。生検で得られた検体は、病理組織学的検査により確定診断に用いられる。このときがんの含まれる検体の本数や、1検体中に占めるがんの割合も精査する。
前立腺生検でがんが発見されなかった場合にはPSA検査を継続し、PSAが上昇したときには再生検が必要になることもある。初回生検でがんが検出されなかった場合に、再生検でがんが発見される確率は約20%とされる。さらに、2回目の生検でがんが検出されない場合、3回目以降の生検でがんが検出される可能性は5%以下である。
前立腺生検のおもな合併症は出血、感染および排尿障害である。日本泌尿器科学会の調査では、血尿12%、直腸出血5.9%、血精液症1.2%、尿閉1.1%、38℃以上の発熱1.1%、敗血症0.07%、再入院が0.69%にみられている。
(4)画像診断
経直腸的超音波断層法(TRUS)は、超音波プローブを肛門から挿入して前立腺の大きさや形を調べる検査で、外来で簡便に行うことができ、リアルタイムに画像が得られる。前立腺容積の計測や前立腺生検などに用いられている。
CT検査は、前立腺がん自体の病期診断には適さないが、リンパ節転移や骨を含めた遠隔転移の診断に活用されている。
MRI検査では、MRI画像の1タイプであるT2強調画像で正常な辺縁領域は高信号、前立腺がんは低信号を示すため、原発巣の形態を評価するうえで信頼性が高い。さらに機能的な情報を加味するダイナミック造影、拡散強調画像を加えたマルチメトリックMRIでは、より空間分解能の高い画像を得ることが可能であり、微小病変や尿道を取り巻く移行領域内の診断向上が期待されている。また、局所浸潤やリンパ節転移の診断にも広く用いられている。
前立腺がんの好発転移部位は骨であり、治療方針の決定に際しては骨シンチグラフィが行われる。テクネチウム99m(99mTc)製剤を用いた骨シンチグラフィで集積を示す骨転移巣の広がりは、予後との関連がみられる。
[渡邊清高 2019年12月13日]
病期分類
病期(ステージstage)とは、がんの進行の程度を示すもので、「前立腺癌取扱い規約」では、国際対がん連合(UICC)のTNM分類を用いて病期分類がなされている。壁深達度を示すT因子、リンパ節転移を示すN因子、および遠隔転移を示すM因子の三つの因子から分類していく。これをもとに、前立腺内にとどまる限局性がん、前立腺の被膜を破って進展している局所進行性がん、さらに進行してリンパ節転移や遠隔転移を認める転移性がんの大きく三つに分けることが多い。さらに限局性がんでは、病期、グリーソンスコア、PSA値の三つの因子を用いてリスク分類が行われる。低リスク、中間リスク、高リスクのいずれかに分類され、根治的治療後の再発の可能性や予後の予測に用いられる。
[渡邊清高 2019年12月13日]
治療
治療法の選択
前立腺がんの標準治療は「前立腺癌診療ガイドライン」(日本泌尿器科学会編)にまとめられている。治療方針は病期に応じて決定されるが、おもな治療法には、監視療法、外科療法(手術)、放射線療法、ホルモン療法、化学療法がある。
監視療法および放射線の組織内照射は、低リスク群で選択される。手術や放射線療法は低リスク・中間リスク・高リスク群のいずれでも選択される。高リスク群に対する放射線療法は、長期間のホルモン療法と並行して実施されることが多い。周辺臓器に浸潤したがんには、放射線療法、ホルモン療法などが行われるが、手術が行われることもある。転移があるがんに対しては、ホルモン療法や化学療法が行われる。
[渡邊清高 2019年12月13日]
監視療法
低リスク限局性前立腺がんでは、無治療で経過を観察し、病状に進展や悪化がみられた時点で、治癒を目的とした治療を行うことがある。これを監視療法とよび、治療が不要と考えられる早期前立腺がん患者への、過剰治療を防ぐための有用な解決策の一つとなっている。
監視療法の適応は、PSA値、臨床病期、生検の陽性本数、グリーソンスコアに基づいて検討される。監視療法中の経過観察方法は、3~6か月ごとの直腸診とPSA検査、1~3年ごとの前立腺生検である。
監視療法の利点は前立腺全摘除術後の尿失禁や性機能障害、放射線照射後の下部尿路症状や腸管関連合併症などをおこさずに済むことであるが、患者によっては積極的に治療を行わないことへの不安など、生活の質(quality of life:QOL)の低下が生じることもある。
[渡邊清高 2019年12月13日]
外科療法(手術)
前立腺全摘除術は、前立腺と精嚢の摘出に加え膀胱と尿道をつなぐ手術法で、必要に応じ骨盤内のリンパ節郭清(かくせい)(リンパ節の切除)もあわせて行われる。通常、期待余命が10年以上の低~中間リスク限局性前立腺がんに実施されるが、高リスク限局性前立腺がんに対しても行われることがある。
摘出方法には開腹手術、腹腔鏡(ふくくうきょう)下手術、さらにロボット支援手術があり、治療成績はいずれも同等である。ロボット手術はアメリカでは85%以上に行われている術式であり、日本では2012年に保険適用となり、導入が進んでいる。腹腔鏡下手術とロボット支援手術は、開腹手術に比べ出血量が少なく、手術巣が小さいため、術後回復が早いというメリットがある。
術中の出血など周術期の合併症に加えて、術後には尿失禁や性機能障害が起こり、これらはQOLを低下させる重要な術後合併症となる。これらの課題に対し、尿道括約筋の温存および前立腺後外側の神経血管束を温存する術式により、術後の機能回復が期待できるようになってきている。
[渡邊清高 2019年12月13日]
放射線療法
放射線療法の適応は限局性前立腺がんであり、手術とほぼ同等の治療成績が得られる。
照射方法は、外照射と組織内照射に分けられる。前立腺への線量増加が治療に有効であることが明らかになり、そのため直腸を含む周辺の正常組織への照射をいかに抑えるかが考えられるようになった。組織内照射は、周辺正常組織への照射を抑える理想的な放射線治療として、近年急速に普及している。外照射、組織内照射ともに合併症としては直腸障害、排尿障害、性機能障害があげられ、その発生頻度は照射線量の増加により高まる。
(1)外照射療法
根治を目的とした外照射では、最低でも72グレイ(Gy)以上の線量が必要とされる。コンピュータ技術の発達により三次元原体照射(3D conformal radiation therapy:3D-CRT)や強度変調放射線治療(intensity-modulated radiation therapy:IMRT)が開発され、高線量照射が可能になってきた。3D-CRTは三次元治療計画により、周囲臓器の直腸や膀胱への障害を減らし、前立腺に高線量を照射する多門照射(病巣に対して2方向以上から線束を集中させて照射する方法)である。IMRTは一つの照射野の中で部位によって放射線の強度を変えることにより、3D-CRT以上の高線量を照射することが可能となっている。
このほか、限局性および局所進行性前立腺がんに対し、陽子線および重粒子線治療による良好な治療成績が報告されているが、施行できる施設に限りがある。局所進行性前立腺がんに対しては、外照射にホルモン療法を併用することで、無再発生存率の向上が認められている。
(2)組織内照射療法
永久挿入密封小線源療法(low dose rate brachytherapy:LDR)は、低線量率ヨウ素125シード線源を超音波ガイド下に前立腺内に埋め込む方法で、低~中間リスク限局性前立腺がんに対して行われる。外照射に比べ、短期間での治療が可能である。日本では2003年に認可され、広く実施されている。
高線量率組織内照射療法(high dose rate brachytherapy:HDR)は、前立腺内に刺入した十数本の針を通じて、遠隔操作式後充填(じゅうてん)装置を用いてコンピュータ制御下に、高線量率イリジウム192線源を前立腺内に短時間挿入して照射を行うものである。通常は外照射およびホルモン療法と併用され、局所限局性前立腺がんに加え、局所進行性前立腺がんに対しても実施される。
[渡邊清高 2019年12月13日]
ホルモン療法
前立腺がんの多くが男性ホルモン(アンドロゲン)依存性である性質を利用して、アンドロゲンを去勢レベルに落とす治療法である。遠隔転移がある場合には第一選択となり、放射線療法の補助療法としても用いられる。しかし、治療開始から1~5年経過すると、ホルモン療法非依存性、すなわち去勢抵抗性前立腺がんとなることが多く、その時点で治療法の変更が必要となる。
ホルモン療法に伴い、骨塩量の低下、骨折リスクの上昇がみられるため、ビスホスホネート製剤などを投与してリスクを低下させる。ほかに、性機能障害、ホットフラッシュ(急な発汗、ほてりなど)、疲労、女性化乳房、糖・脂質代謝異常、体脂肪増加がみられることがあり、これらに伴うQOLの低下を抑えるためのケアがなされる。
(1)両側精巣摘除術
外科的に両側の精巣を摘出する方法である。安価で永続的にアンドロゲンの一種テストステロンを低下させることができるが、身体的、精神的苦痛を伴うものである。
(2)LH-RHアゴニスト
下垂体にある黄体形成ホルモン放出ホルモン(LH-RH)受容体を持続的に刺激して、LH-RH受容体の感受性を低下させることで黄体形成ホルモン(LH)の分泌を抑制し、テストステロンの合成を阻害する作用をもつ薬剤を総称してLH-RHアゴニストとよぶ。LH-RHアゴニストによる治療は内科的去勢といえるもので、前立腺がんの一次ホルモン療法として、ゴセレリン(商品名:ゾラデックス)、リュープロレリン(商品名:リュープリン)が用いられている。投与初期にテストステロンの一過性の上昇(フレアアップ)が問題となることがあり、抗アンドロゲン薬の予防投与が行われる。
(3)LH-RHアンタゴニスト
LH-RH受容体を直接阻害する薬剤がLH-RHアンタゴニストであり、日本では2012年よりデガレリクス(商品名:ゴナックス)が用いられるようになった。LH-RHアゴニストでみられるフレアアップをおこさずに、血中テストステロンを速やかに去勢レベルまで低下させる点が特徴的である。
(4)抗アンドロゲン薬
アンドロゲンの働きを抑える作用をもち、ステロイド性抗アンドロゲン薬と非ステロイド性抗アンドロゲン薬に大別される。LH-RH製剤と併用した複合アンドロゲン遮断(combined androgen blockade:CAB)療法として用いられることが多い。
(a)非ステロイド性抗アンドロゲン薬
ビカルタミド(商品名:カソデックス)とフルタミド(商品名:オダイン)は、副腎(ふくじん)由来のアンドロゲンと受容体の結合を阻害することでその働きを抑える薬剤である。さらにより強力な作用をもつエンザルタミド(商品名:イクスタンジ)は、一次ホルモン療法に抵抗性となった去勢抵抗性前立腺がんに対して生存期間の延長を認めている。
(b)ステロイド性抗アンドロゲン薬
クロルマジノン(商品名:プロスタール)は、ステロイド骨格をもつことで、下垂体に作用して血中テストステロン濃度を低下させる。非ステロイド性抗アンドロゲン薬に比べ有効性が低く、近年はあまり用いられていない。
(5)CYP17阻害薬
アビラテロン(商品名:ザイティガ)は、アンドロゲンの合成に関わる酵素CYP17を阻害することにより、精巣だけでなく副腎や前立腺でのアンドロゲン合成を抑える薬剤である。一次ホルモン療法に抵抗性となった去勢抵抗性前立腺がんに対し、生存期間の延長が認められている。
(6)エストロゲン製剤
エストロゲン製剤のエチニルエストラジオール(商品名:プロセキソール)は、血中エストロゲン濃度を上昇させることで、下垂体にネガティブフィードバック(分泌を抑える作用)を生じさせ、血中テストステロン濃度を低下させる薬剤である。他のホルモン療法に対して治療抵抗性を示す場合に用いられることがあるが、副作用として心血管系の合併症がある。
[渡邊清高 2019年12月13日]
化学療法
転移を有する去勢抵抗性前立腺がんに対しては、タキサン系抗がん剤のドセタキセルと副腎皮質ステロイド薬のプレドニゾロンの併用が標準治療として行われてきた。副作用としては好中球減少症、貧血、脱毛、食欲不振などがみられる。
同じくタキサン系抗がん剤であるガバジタキセル(商品名:ジェブタナ)は、ドセタキセルに抵抗性を認めるようになった前立腺がんに対して全生存期間の延長が認められ、日本でも2014年に保険適用となっている。副作用として好中球減少症が必発であり、下痢、肝機能障害、間質性肺炎がみられることもある。
このほか、新しく用いられるようになった薬剤として、非ステロイド性抗アンドロゲン薬エンザルタミドがある。転移性去勢抵抗性前立腺がんに対し、ドセタキセル治療の前後を問わず、全生存期間を延長することが明らかにされている。疲労感、食欲不振、脱力感などの副作用がみられるが、比較的安全性が高いとされる。
さらにCYP17阻害薬のアビラテロンも、転移性去勢抵抗性前立腺がんに対し、プレドニゾロンとの併用により全生存期間の延長が認められている。肝機能障害や体液貯留、心血管系障害がみられることもあり、いずれの薬剤も副作用への対策を講じつつ使用される。
[渡邊清高 2019年12月13日]
経過・予後
前立腺がんは骨、リンパ節への転移をきたすことが多く、転移がみられる場合にはホルモン療法や化学療法が行われる。骨転移を伴う場合は、ゾレドロン酸やデノスマブ(商品名:ランマーク)などの骨修飾薬を用いて治療が行われる。これらの薬剤は破骨細胞を抑制することにより、骨転移の進行を抑制するものである。また、鎮痛薬による痛みの緩和が行われる。痛みが一部の範囲に限られているときは放射線療法(外照射療法)が効果的であり、骨折予防のために行われることもある。
限局性前立腺がんで前立腺全摘除術や放射線療法を受けた場合の予後は、他の部位のがんと比べて一般的に良好である。低リスク限局性がんでは治療の種類を問わず、がん特異的な5年生存率は100%に近く、予後は健常人とほぼ同等となる。中間~高リスク限局性がんで、外科療法や放射線療法などの根治療法を行った後にPSAが最低値より2.0ng/mL以上上昇し、生化学的再発と診断された場合でも、臨床的再発までには数年の猶予があると考えられている。
再発の際の治療方法は、前にどのような治療を受けたかによって変わってくる。生化学的再発に対し、追加放射線療法やホルモン療法が再度奏効することもしばしばある。一方、転移を有する進行性前立腺がんの予後は不良である。ホルモン療法は一時的には有効であるが、多くは開始後2~3年でホルモン療法に対する抵抗性を獲得するため、その後再発をきたすことが多く、5年生存率は30%程度となる。
[渡邊清高 2019年12月13日]
その他
前立腺がん検診
PSA検査を用いた前立腺がん検診に関して、2008年に厚生労働省より、集団検診として実施することは勧められないという見解が出された。その後、2009年にヨーロッパで行われた信頼性の高い研究で、集団検診による前立腺がん死亡率の低下が報告された一方、アメリカでの大規模研究では有効性は示されず、PSAによる検診の有効性については引き続き議論がなされている。アメリカでは55~69歳の男性では個人の判断による受検は行ってもよいとされているが、70歳以上の高齢者では検診による不利益の点から推奨されていない。
検診によるおもな不利益として、検診を行っても100%がんが発見されるわけではないこと、不必要な前立腺生検の増加とそれに伴う合併症、治療に伴う合併症からのQOLの低下があげられる。さらには、前立腺がん死に至らない「臨床上意義のない前立腺がん」が発見され(過剰診断)、過剰治療が行われる可能性などがある。
厚生労働省「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」(平成28年2月4日改正)では、胃、子宮頸部、乳房、肺、大腸のがん検診について定めているが、前立腺がん検診についての取り決めはなく、前述のとおり、現時点では日本においてPSA検査による前立腺がん検診は対策型検診としては推奨されていない。
[渡邊清高 2019年12月13日]
『日本泌尿器科学会他編『泌尿器科・病理・放射線科 前立腺癌取扱い規約』第4版(2010・金原出版)』▽『日本泌尿器科学会編『前立腺癌診療ガイドライン 2016年版』(2016・メディカルレビュー社)』▽『日本泌尿器科学会編『前立腺がん検診ガイドライン 2018年版』(2018・メディカルレビュー社)』▽『前立腺研究財団編・刊『PSA検診 受診の手引き 2018年版』(2018)』▽『〔WEB〕国立がん研究センターがん情報サービス『がん登録・統計』』