前頭葉や側頭葉を中心に神経変性をきたし、認知症をもたらす疾患。FTLDと略称される。本疾患名は、病巣が大脳後方に目だつアルツハイマー病とは対照的に、大脳前方に目だつことに由来する。
かつてはピック病とほぼ同義に扱われたが、分子病理学の発展により詳細な検討がなされ、最近では多くの疾患がこのカテゴリーの下に神経病理学的にFTLDと位置づけられ、脳内に凝集したタウ(タンパク質)の有無によって細かく分類されている。
一方、臨床診断名としての前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)には、「ピック病」「意味性認知症」そして「進行性非流暢(りゅうちょう)性失語」がある。なお、FTDの3疾患は日本において指定難病とされているが、指定難病名としては「前頭側頭葉変性症」(FTLD)が採用されているので注意されたい。以下ではFTDについて中心に述べる。
[朝田 隆 2023年5月18日]
2012年(平成24)10月時点の65歳以上の人口における認知症の有病率調査(厚生労働省)では、全認知症の1.1%がFTDであった。なおFTDはアルツハイマー病に比べて若年発症が多いので、65歳以下の認知症についてみると3.7%を占める。欧米では遺伝性のケースが多いが、日本では遺伝性のケースはまれである。
[朝田 隆 2023年5月18日]
FTDの代表であるピック病(行動障害型前頭側頭型認知症ともよばれる)の臨床経過を初期・中期・後期に分けて述べる。全経過年数は8~11年とされる。
初期は1~3年間で、人格変化、情動面の変化、病識の欠如や判断力の低下がみられる。人格変化の特徴は、「ゴーイングマイウェイ」と表現される無遠慮・身勝手なふるまいである。なお記憶は比較的保たれている。
中期には、失語や他の認知機能障害が目だってくるが、記憶、視空間機能、計算能力は割合保たれている。特徴的な、診察場面などでふっと去って行く「立ち去り行動」、また定刻に同じ場所を回り歩く「周徊(しゅうかい)」がみられる。
後期には、身体機能の低下にパーキンソニズム(パーキンソン病でみられるのと同様の運動障害)が加わって転倒しやすくなり、無言となってコミュニケーション能力を失う。全般的な認知機能障害が明らかになり、重度の認知症状態に至る。
[朝田 隆 2023年5月18日]
臨床的にFTDに属する3疾患の診断は、世界的に確立した診断基準等にのっとって行われる。いまのところ血液中や脳脊髄(せきずい)液中に参考となる生物学的マーカーはない。そしてピック病なら脱抑制や性格変化、意味性認知症なら物品呼称と単語理解の障害、進行性非流暢性失語では初発症状としての失語など言語の障害といった臨床的な症状が診断の骨子になる。その際、記憶力など神経・心理学的検査の結果や、CT・MRIにおける前頭側頭部の萎縮(いしゅく)、脳血流SPECT(スペクト)における同部の血流低下などを参考にする。なお、確定診断は死後脳の病理学的検査を行う以外には手段がない。
[朝田 隆 2023年5月18日]
薬物療法
認知機能の改善に有効な薬剤は知られていないが、行動障害を改善する目的で選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が推奨される。なお、前述の病態関連タンパクをターゲットとした治療薬の開発も進められている。
非薬物療法
行動障害が目だつタイプでは対応に苦慮するが、残されている能力に注目することが重要である。
初期は記憶が比較的保たれているので、決まった場所やスタッフに対するなじみの関係はつくりやすい。また概して保たれる知覚、視空間能力、運動能力が欠かせない作業には参加を促しやすい。
介護の場では、「立ち去り行動」への対応が問題となる。たとえば作業の場では、「被影響性の亢進(こうしん)」(たとえば、看板の文字が目に映ったらそれを声に出して読まずにはいられない)という特徴を逆手にとった、立ち去り行動を防ぐ対応がある。まず目につきやすい場所に何か本人の気をひく道具を置く。被影響性の亢進がある人ではその道具を使い始める。途中で飽きそうになっても、新たな道具を示して注意を引き付けて作業を促すのである。
また時刻表的な生活パターンや繰り返し行動が目だつなら、デイ・ケア、デイ・サービスへの参加によって新たに望ましい「繰り返し行動」をつくる試みもある。
[朝田 隆 2023年5月18日]
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