内科学 第10版 「加齢と寿命」の解説
加齢と寿命(加齢と老化)
ヒトの最大寿命は約110歳であるが,哺乳類の最大寿命は種によって50~60倍の差がある.最大寿命と正の相関をもつ因子として脳重量,体重,性成熟に要する期間,SOD活性/基礎代謝率,細胞倍加数などがある.たとえば,霊長類の最大寿命は,性成熟に要する期間と相関関係がある.
(2)老化因子
老化機構を説明する因子として,遺伝因子と遺伝外因子の2つがある(Arking,2000).遺伝因子では,老化は生殖の後に進行する必然的な事柄で,遺伝子レベルであらかじめ決定されている過程とする.遺伝外因子では,生体に対するフリーラジカルなどの傷害や,老廃物の蓄積がDNAや蛋白質に発生し,最終的には致命的な障害となる.この2つの機構が互いに関連しながら老化は進むものと考えられる.
a.遺伝因子(genetic factor)を支持する事柄
1)ヒト培養線維芽細胞の寿命(細胞の老化:約50世代)「Hayflickの限界」(Hayflick,1977): 正常のヒトの胎児の肺組織細胞を培養し,週2回の継代を続けると,培養細胞の性質は,図1-5-1に示すように3期に分類できる.第1期は,初代培養の時期で,生体より分離した細胞が増殖を開始し,培養瓶の一面が細胞で飽和状態になる.第2期は,右上がりの曲線の時期で,細胞が分裂し増殖を繰り返している.第3期は,右下がりの曲線の時期で,細胞の増殖が低下し,飽和密度が減少する.in vivoでの,細胞の寿命は,第1期から第3期までの間に,何世代継代培養ができたかで表される.老年者と若年者の線維芽細胞を比較すると,老年者では細胞寿命が短くなる.また,次に述べる遺伝性早老症であるWerner症候群では,暦年齢の同じ正常者に比べ細胞寿命が短くなる.また,長寿命と短寿命の動物種について,in vitroの細胞寿命を比較すると,短寿命の動物種で短いことがわかった.以上のような細胞寿命に関する研究は,寿命は遺伝的に規定されているという説を支持している.
2)遺伝性早老症(progeroid syndrome) の存在: 暦年齢に比較して,身体の老化が促進する疾患を早期老化症候群=早老症とよぶ.遺伝性早老症の代表例を表1-5-1に示した.遺伝性早老症は,部分的な臓器の老化の症状を呈するため,segmental progeroid syndrome(部分的早老症)とよばれている.Down症候群,Klinefelter症候群,Turner症候群は染色体の数の異常によって発症する疾患である. 染色体異常を除いた疾患は,原因遺伝子は単一であるため,分子遺伝学の手法を用いて原因遺伝子そのものの単離同定が可能となった.その結果,Werner症候群(WS),Bloom症候群(BS),Cockayne症候群(CS)の相補群の一部,色素性乾皮症(XP)の相補群の一部の原因遺伝子がヘリカーゼドメインをもつ蛋白質であることが判明した.したがって,これらの疾患の原因は,DNAの複製,修復,組み換え,翻訳,転写などの異常により発生していると考えられる.
3)実験動物での分子遺伝学的研究: 実験動物である線虫(Caenorhabditis elegans),ショウジョウバエやマウス・ラットを使った多くの研究がある.線虫などの寿命を制御する遺伝子群の解析から,老化にはエネルギー代謝と,その副産物であるミトコンドリアから発生する活性酸素が深くかかわっていることが明らかになってきた.4)テロメアと細胞寿命: 真核細胞の染色体の両末端に存在するテロメア(染色体末端)は,TTAGGGからなる6塩基を1単位とする反復配列からなり,蛋白質と結合した複合体として形成されている.この反復配列は,ヒト精子では20kb,体細胞では6~10kbであり,その機能は,末端にある遺伝子機能の欠失を防ぐこと,染色体を安定にすることである.真核細胞のDNAは2本鎖として存在するため,複製に際して鋳型の3′末端の複製が不完全となる.テロメアの反復配列は,DNAが複製すると,すなわち細胞分裂が繰り返されるたびに短縮し,ついには消失してしまうため,細胞寿命との関係が示唆されるようになった.
b.遺伝外因子(epigenetic factor)を支持する事柄
1)フリーラジカル: 酸素は好気的な生物にとって必須であるが,細胞にはさまざまな傷害を及ぼす.生物はこの酸素の毒性を排除するために防御機構を発達させてきた.たとえば,恒温動物においてその寿命は小動物であるほど短く,逆に体面積あたりの酸素要求量からみると代謝率は小動物ほど大きいことから,老化がその動物の体重あたりの酸素消費量により規定されていると考えられる.この原因として,代謝亢進に伴うフリーラジカル生成の増大が考えられている.活性酵素,脂質酸化物などのフリーラジカルは生体に有害で,生体にはこれらのフリーラジカルに対する数々の防御機構(スカベンジャー系)が存在する.たとえば,スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)は,O2-の不均化反応を拡散律速に近い速さで触媒して,H2O2を産生する.ネズミおよび霊長類のSOD活性/基礎代謝率は最長寿命とみごとに相関し,加齢に伴うSODの低下がフリーラジカルによる細胞障害を増幅することを示す.
2)架橋結合: グルコース誘導体であるアマドリ産物(Amadori product)による架橋形成: 架橋結合説とは加齢に伴い蛋白分子間に化学的な結合が起こり細胞機能が障害されるという説のことである.
以上,老化機構に関与する遺伝因子と遺伝外因子について概説したが,両因子を取り入れないと老化は説明できないと考えられる.[三木哲郎]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報