個々の物体が秩序ある形態と機能とを維持している期間をいう。生物に関しては,生命の持続している期間をさし,有性生殖を行う多細胞生物では受精から死亡までの期間が個体の寿命である。個体に寿命の限界のあることは経験的法則である。
生物の種は,過去に長い期間にわたって,生殖によって連続性をたもってきた。生命の限りなくみえる連続性と個体の交代との関係は,それぞれの生物の種の進化の過程で決まったものである。それぞれの種が生活様式に基づいて繁栄に最も適したものとして,種に固有の個体の寿命を獲得したのであろう。生物はつねに個体の集団として存在するので,個体の寿命も集団の動態の中でとらえる必要がある。自然界に生活する生物は,たえず他の生物に捕食されたり,微生物や環境条件によって生命を奪われるほかに,同種や他種の生物と栄養や生活空間の奪い合いで命を落とすものもある。このように,生活環境や条件によって影響を受ける個々の個体の生存期間を生態的寿命とよび,天寿を全うして老衰などの生理的原因によって死亡するまで続く個体の生存期間を生理的寿命(最大寿命,限界寿命)とよぶ。人口学的に用いられる平均寿命とは,新生児の平均余命(ある年齢まで生存した個体が平均あとなん年生存できるかを示す期待寿命)をさす。生物には個体の寿命のほかに,種の寿命,集団の寿命,生物体を構成する細胞や分子の寿命が知られている。
植物でも動物でも,概して大型のものほど寿命(世代の長さ)が長い。これはどの生物も,もとは1個の細胞から増殖してつくられるので,細胞の物質代謝速度にそれほど差がないかぎり,大きな体のものほどつくるのに長い時間を必要とするからだろう。ザッハーG.A.Sacher(1917-82)は約60種類の哺乳類の体重と寿命とを比較して相関関係を見つけた。体が大きいほど,体重に比べて体表面積が小さいので熱の発散が少なく,体温を維持するための代謝による発熱が少なくてすみ,単位時間当りの呼吸回数も少なくて体の消耗が小さいというのである。ルーブナーMax Rubner(1854-1932)は,動物の一生の代謝量は一定であり,個体の代謝量は体の表面積に比例するという法則を提唱した。つまり,単位体重当りの1日の消費熱量と限界寿命がほぼ逆比例するので,大きい動物ほど寿命が長い。これは,熱を発生する代謝そのものが動物や細胞に悪い影響をもたらすためであり,動物の大型化はこれをできるだけ避ける方策と考えられる。コウモリが体重の近いネズミより数倍も長命なのは,冬眠により低い代謝率を保つためであり,ハチドリも小型のわりに長命なのは,夜間は体温を下げるからだと説明されている。もちろん例外も多く,体重よりは脳の重さのほうが寿命との相関が高いという説もある。確かに脳は個体の生存と種の維持に重要な役割を果たすホメオスタシスの維持機構の中枢である。ザッハーは,哺乳類において,限界寿命と脳重量と体重との間に,という関係式を得ているが,海生哺乳類ではさらに代謝率や体温を加味する必要があるという。また,性的成熟年齢と限界寿命との間にも関係が認められており,哺乳類では一般的に,性的に成熟するまでの期間の約5倍は生存可能である。ネズミの仲間では40倍も生きるものが知られている。
多くの動物で平均寿命は生活環境により強く影響され,一般に,寒冷地に生存するものは,同種または近縁種の温暖地域にすむものと比較して,成長が遅く寿命が長い。変温動物では,とくに外界の条件によって生存期間が大きく変動する。ショウジョウバエやミツバチは光にあたると寿命が短縮する。昆虫類では,冬を卵,さなぎ,成虫のどの段階で越すかによって,生存期間が異なってくる。ハートR.W.HartとセットローR.B.Setlowとは寿命の異なる7種類の哺乳類の皮膚から,それぞれの寿命の相対的に同じ年齢に相当する時点に細胞を取り出して培養し,これに紫外線を照射してDNAに傷をつくり,その傷の修復能力を比較した結果,寿命の長い動物の細胞ほど傷ついたDNAの修復能力が強いことを示し,寿命の長さと遺伝物質の修復機構が結びついていると考えた。確かに,寿命に遺伝的な背景が存在することは,親子の寿命,双生児の寿命,男女(雌雄)の寿命,遺伝的早老病患者や他の遺伝病患者の寿命などからもうかがうことができる。
→死
執筆者:能村 哲郎
一般的にヒトの寿命というと,それは二つに分けて考えたほうがわかりやすい。一つは個人的な意味でのその人の生存能力の限界を表現する用語としてであり,他方は生命表でいう学問的な意味での統計的大量集団の生存能力の可能性を表現する用語としてである。その意味では,寿命という用語に対する社会的認識には若干の混乱があるといえよう。前者はそれだけの意味であるが,後者でいう寿命というのは,0歳の平均余命のことであり,このことをとくに〈平均寿命〉と呼んでいる。したがって,学問的な意味で寿命というときには,0歳の平均余命ならびに平均寿命という二つの異なった呼名があると理解すべきであろう。これらの用語は生命表に由来するものであるが,どのような意味と内容をもつものであろうか。
社会の進歩とそれに随伴する人知の発達などに伴って,疾病の発生を未然に防ぐ方策,および万一,病気にかかっても,それに対処できる社会的医学的環境条件が,医学技術上の進歩とあいまって整備された段階では,それだけ人々の生き残る機会が多くなると考えられる。生命表は1国またはある地域の自然的社会的衛生状態のよしあしの有力な判断基準の一つとしても活用されている。また生命表には作成方法が異なる世代生命表generation life tableと普通生命表currentlife tableの2種類がある。前者はある年次に生まれた同時出生集団が,年々歳々変動する自然的社会的環境下で,歴史的にどのくらい死亡者ならびに生存者を計上してきたかを具体的に示すものであり,これに対して,後者の普通生命表は現在生命表または瞬間生命表などとも呼ばれているもので,出生年次を異にする各歳別人口数と死亡数をつかって死亡率を計算し,それをもとにして作成される。前者の資料は国勢調査から求め,後者のそれは毎年の人口動態統計から求められるわけであるから,それは外観上あたかも同一出生集団が暦年的に加齢してきているかのように思わされているにすぎない。したがって,後者の生命表は前者の代用物といえよう。しかし,前者は事実に近いものを示すにとどまるので,両者の組合せ利用法が求められるのである。また,これら二つの生命表には考え方や作成方法上の相違があるとはいっても,その内容は共通の7項目,すなわち,x歳の生存数lx,死亡数dx,生存率Px,死亡率qx,死力μx,平均余命x,静止人口LxおよびTxである。このうち,平均余命はx=Tx/lxという計算式で求められる。静止人口は定常人口とも呼ばれ,次のような考え方から得られる。毎年10万人が出生し,生命表の死亡秩序に従って年々死亡するものと仮定するなら,一定の時間経過後にはすべての年齢における人口数は一定となり増減しなくなる。この人口におけるx歳の人口をLxで表し,x歳以上の総人口をTxで表すと,
Lx=\(\frac{1}{2}\)(lx+lx+1)
であるから,
となる。平均寿命とは0歳の平均余命をいうのであるから,上式からx=Tx/lxは0=T0/l0となり,さらに
T0=\(\frac{1}{2}\)l0+l1+l2+……+l100+……
となる。このようにして求めたものが平均寿命なので,単なる平均値ではない。
また普通生命表の作成条件には,ある年に生まれた人々のうち,その間生き残った人数を計上し,それから0歳の死亡率q0を計算し,順次,2歳,3歳,……というように,異なった年次に生まれた人々の生命表関数を計算して,0→100歳までならべ,そのうえ,現在の自然的社会的衛生事情が今後100年以上も変わらないと仮定した場合,いま出生した人々はどのような死亡・生存(生残といったほうがむしろ妥当)現象を呈するだろうかという計算値である点に留意が必要である。
そこで,l0つまり出生段階で0歳の出生届や死亡届が正しく登録されているのかどうか,高齢者の届出年齢の信頼性も含めて,その国,その地方の風俗,習慣を熟知しないで無批判に計算して,ほかの国などと比較すると,誤った結果を得る場合があるわけで,そのため慎重な対応が要請される。なお寿命=平均寿命に関する理解を深めるために,図を参照されたい。
→生命表
執筆者:飯淵 康雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物の一生の時間をいい、普通は事故や明らかな病気によらない自然死までの年限をさす。多くの個体の平均で表す平均寿命と、もっとも長く生きた個体の寿命で表す最大寿命とがある。寿命は植物よりもおもに動物でよく調べられている。しかし、動物園で飼育されているものや、家畜化された動物、および実験によく用いられる動物では記録があるが、自然界におけるものについては推定的数値しか得られない。そのなかでは、経験的に生活史の知られている魚類は比較的よくわかる。たとえばアユは年魚といわれるように寿命が1年である。また、秋に孵化(ふか)したサクラマスの稚魚は、1年半川で生活してから海に下り、約1年間海で成長してから秋に産卵のために川をさかのぼり、産卵後死ぬので、寿命は満3年ということになる。サクラマスに近縁の魚類でも産卵後死なないものは寿命が長い。魚類では、生活史に明瞭(めいりょう)な段階がなく、飼育の記録がない場合でも、鱗(うろこ)に現れる年輪や、同じく年輪のある平衡石(耳石)や脊椎(せきつい)骨によって寿命を推定することができる。
[川島誠一郎]
動物園の動物や実験室の動物の寿命は、野生の同種動物よりも長い例が多い。野生の場合には概して生殖力を失うころから体力が衰え、感染を受けやすく、捕食者の攻撃も受けやすくなるので死亡年齢はこれよりも早いと考えられる。寿命のはっきりわかっている動物は動物界の各門にわたっているが、一見死滅がおこらないようにみえる動物もいる。たとえば腔腸(こうちょう)動物のヒドラは、内外の2細胞層と触手からなり、6種類の細胞が見分けられるが、その一つの間細胞が分化して次々に死滅した細胞に置き換わる。そして無性生殖的に出芽を繰り返して長く生き続けるので、寿命がないようにみえるわけである。したがって、間細胞を破壊すると、しばらくしてヒドラは死ぬ。社会性昆虫のミツバチでは、働きバチはロイヤルゼリーをすこししか与えられないので約1年しか生きないが、女王バチは生涯ロイヤルゼリーで養われるため5年生きる。遺伝の研究によく用いられるショウジョウバエにも明らかな寿命があり、基本的には遺伝的に決まっているが、栄養条件により延長や短縮がおこる。シロネズミは約4年の寿命とされているが、幼若なときから栄養価が完全でビタミンの豊富な餌(えさ)で飼うと、平均寿命が延びる。しかし、摂取させるカロリーが多すぎると、食餌(しょくじ)制限したものよりも寿命が短い。低カロリーの場合には物質代謝も低下するが、寿命はかえって延長することがネズミでの実験で証明されている。ドイツの生理学者ルーブナーMax Rubnerは、それぞれの動物が一生の間に消費するエネルギーは単位体重当り一定であるとした。そして、同じぐらいの大きさでもコウモリの寿命がハツカネズミよりも長いのを、冬眠期間中の低代謝で説明した。ある種の魚類でも、水温を低くすると活動性が落ち、寿命の延長することが知られている。
[川島誠一郎]
ヒトの寿命は哺乳(ほにゅう)類のなかで最長である。哺乳類の長生き比べをすると、概して体の大きい種が長命の傾向にある。しかし厳密には、脳の重量も基準に加えたほうが寿命の推定値が実測値とよく一致するという説が、1959年に老化を研究するアメリカの学者サッチャーGeorge A. Sacherにより提唱されている。この説は、次式で表される。
すなわちこの式は、体重に比べて脳が大きいほど最大寿命が長いことを示す。一方、妊娠期間や成熟に至るまでの時間の長い動物が長命であると結論する研究者もいる。こうした相関関係には例外があり、また、哺乳類でよく当てはまる経験法則も鳥類には当てはまらない。相関があってもかならずしも因果関係を示すとはいえない。
ヒトの平均寿命は文明の発達とともに延長している。平均寿命は古代ギリシアで19歳、ヨーロッパでは16世紀に21歳、19世紀に26歳にすぎなかった。20世紀初めに45~50歳と延び、その後も日本を含め先進諸国で平均寿命が飛躍的に延長したのは、医学の進歩と社会的条件が改善されたことによる。しかし、最大寿命はほとんど変化していない。平均寿命には男女差があり、出生直後から平均余命は女性のほうが長い。大部分の国ではこの差は5年ないし6年で、先進諸国においてその差がより大きい傾向がある。ネズミもショウジョウバエも概して雌が雄よりも長生きである。逆にメダカは雄のほうが長寿である。雌雄差を生ずる原因として、性染色体構成やホルモンの分泌様式の違いなどに着目した研究が進められている。
[川島誠一郎]
個体を構成する単位の細胞にも一定の寿命があり、細胞の種類によって異なる。短寿命の細胞の例には、ヒトの空腸上皮細胞の2.5日、ネズミの空腸上皮細胞の1.3日などがある。赤血球はこれらより寿命が長く、ヒトで108~135日、ネズミで45~68日である。長寿命の細胞としては、ニューロンや筋細胞(個体の寿命に等しいものがある)、肝細胞(ネズミで190日以上)がある。寿命の異なる動物の体から細胞を取り出し、紫外線を照射してDNA(デオキシリボ核酸)に傷をつくると、寿命の長い動物ほど傷の修復能力が優れていることも最近の研究で明らかにされた。ヒトの細胞はネズミの細胞よりも修復能力が大きいが、これが細胞の寿命を決定しているか否か、個体の寿命と単なる平行関係があるだけなのか否かは未解決である。
[川島誠一郎]
『江上信雄著『東書選書21 老化と寿命』(1978・東京書籍)』▽『R・R・コーン著、江上信雄・能村哲郎訳『発生生物学シリーズ3 動物の老化のしくみ』第2版(1982・丸善)』▽『日本発生生物学会編『エイジングの生物学』(1972・岩波書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
系がある定常状態に停在するまでの時間をいう.その状態からの遷移確率の和の逆数で示される.通常,状態数の時間的減衰は指数関数的であるので,e-1 になるまでの時間に等しい.励起状態にある原子核の寿命は,γ線など放射線の減衰で,励起状態にある原子分子の寿命は蛍光やりん光の減衰測定で決定される.結晶内の励起電子(正孔,励起子)の寿命は蛍光や分極の減衰のほか,電子スピン共鳴(ESR)や電気伝導からも測定される.また,イオンや遊離基など,不安定化学種の寿命も上記のほか核磁気共鳴(NMR),分光分析など,物理化学的諸方法で検出される.一方,不確定性原理により,エネルギー準位の幅ΔEと寿命τがΔE・τ~hの関係にあるので,きわめて短い寿命の状態はΔEが大になり,遷移のときの光子のスペクトル幅からτを推定することができる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
字通「寿」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…物質からの発光現象の大部分はこの過程によるものであり,その際個々の粒子からの発光過程は独立に,乱雑に起こるので,合成された放出光は位相の乱れたインコヒーレントな光となる。自然放出が起こるため,原子や分子が励起状態にとどまる時間は有限になり(他の原因もある),その平均時間を寿命という。寿命は放出される電磁波の波長の3乗に比例するので,短波長になると,急激に自然放出が起こりやすくなる。…
…また自己免疫疾患は,自己の体の構成成分に対して,自己の抗体産生細胞が産生した抗体が反応することによってひき起こされる疾病である。免疫
[寿命]
以上述べてきたように,体は食物を摂取し,エネルギーを産生し,内部環境の恒常性を維持しつつ,さまざまの機能を遂行しているが,やがてそこには死が訪れる。われわれの体はヒトに固有な寿命をもっている。…
※「寿命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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