北村徳太郎(読み)キタムラ トクタロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「北村徳太郎」の解説

北村 徳太郎
キタムラ トクタロウ


肩書
衆院議員(民主党),蔵相,運輸相,日ソ東欧貿易会長,親和銀行頭取

生年月日
明治19年5月9日

出生地
京都府京都市上京区

出身地
長崎県佐世保市

学歴
関西大学法律学科〔明治42年〕卒

経歴
大正10年佐世保に移る。昭和6年佐世保商業銀行頭取、18年親和銀行頭取、21年佐世保商工会議所会頭などを歴任。同年長崎2区から衆院議員に当選、35年まで連続当選6回。進歩党で第1次吉田内閣の大蔵政務次官から22年民主党政調会長となり、片山内閣の炭鉱国管問題で修正資本主義者の名をあげた。同年民主党幹事長、片山内閣の運輸相、23年芦田内閣の蔵相を歴任。同内閣退陣後の24年民主党分裂の際、国民民主党改進党結成に参加、28年改進党発足で同党政策委員長、のち自民党顧問。35年の選挙で落選して引退した。その後、日ソ貿易の拡大に力を入れ、第2次訪ソ日本経済使節団団長、日ソ東欧貿易会長、日ソ経済合同委員会議議長を歴任。

没年月日
昭和43年11月15日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「北村徳太郎」の解説

北村 徳太郎
キタムラ トクタロウ

昭和期の政治家,実業家 衆院議員(民主党);蔵相;運輸相;日ソ東欧貿易会長;親和銀行頭取。



生年
明治19(1886)年5月9日

没年
昭和43(1968)年11月15日

出生地
京都府京都市上京区

出身地
長崎県佐世保市

学歴〔年〕
関西大学法律学科〔明治42年〕卒

経歴
大正10年佐世保に移る。昭和6年佐世保商業銀行頭取、18年親和銀行頭取、21年佐世保商工会議所会頭などを歴任。同年長崎2区から衆院議員に当選、35年まで連続当選6回。進歩党で第1次吉田内閣の大蔵政務次官から22年民主党政調会長となり、片山内閣の炭鉱国管問題で修正資本主義者の名をあげた。同年民主党幹事長、片山内閣の運輸相、23年芦田内閣の蔵相を歴任。同内閣退陣後の24年民主党分裂の際、国民民主党・改進党の結成に参加、28年改進党発足で同党政策委員長、のち自民党顧問。35年の選挙で落選して引退した。その後、日ソ貿易の拡大に力を入れ、第2次訪ソ日本経済使節団団長、日ソ東欧貿易会長、日ソ経済合同委員会議議長を歴任。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「北村徳太郎」の意味・わかりやすい解説

北村徳太郎
きたむらとくたろう

[生]1886.5.9. 京都
[没]1968.11.15. 佐賀
政治家。関西大学を卒業後,実業界に入り,鈴木商店などを経て 1943年,長崎県佐世保市に拠点を置く親和銀行頭取となる。第2次世界大戦後の 1946年4月衆議院議員総選挙で初当選し,吉田茂内閣の大蔵政務次官,片山哲内閣の運輸大臣芦田均内閣の大蔵大臣を歴任。民主党幹事長となる。1953年の総選挙に落選後は民間経済外交に尽力,特にソビエト連邦,中国,中近東との経済協力拡大に貢献した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北村徳太郎」の解説

北村徳太郎 きたむら-とくたろう

1886-1968 昭和時代経営者,政治家。
明治19年5月9日生まれ。佐世保商業銀行(現親和銀行)頭取,佐世保商工会議所会頭などをへて,昭和21年衆議院議員(当選6回)。日本民主党幹事長。22年片山内閣の運輸相,23年芦田(あしだ)内閣の蔵相。のち日ソ貿易拡大,日中国交回復につくした。昭和43年11月15日死去。82歳。京都出身。関西大卒。

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367日誕生日大事典 「北村徳太郎」の解説

北村 徳太郎 (きたむら とくたろう)

生年月日:1886年5月9日
昭和時代の政治家;実業家。衆議院議員;親和銀行頭取
1968年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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