北林谷栄(読み)キタバヤシ タニエ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「北林谷栄」の解説

北林 谷栄
キタバヤシ タニエ


職業
女優

本名
安藤 令子(アンドウ レイコ)

生年月日
明治44年 5月21日

出生地
東京市 京橋区竹川町(東京都 中央区)

学歴
山脇高女卒

経歴
生家は、東京・銀座の洋酒問屋・大野屋。12歳の大正12年、関東大震災で生家が焼失。また、自警団の横暴ぶりや虐殺された朝鮮人の死体を目にして怒りに身体をふるわせ、大人の世界に目を開いた。山脇高等女学校に通い、肺尖カタルを病んで田園調布母方叔父の家で療養生活を送る中で、円本を読み漁った。やがて築地座の演劇を観るうちに新劇女優を志すようになり、叔父の知人であるフランス文学者・高橋邦太郎の口利きもあって同座の入団試験を受けるが、間もなく築地座を脱退した清川玉枝らの創作座に入団。舞台「温室村」で主役に抜擢されたが、新協劇団に移り、ここで生涯の盟友となった宇野重吉と出会い、信欣三と3人で文珠会を結成した。太平洋戦争中は移動劇団の瑞穂劇団に所属。22年宇野滝沢修らと民衆芸術劇場(第一次民芸)を結成。解散後の25年、劇団民芸の設立に参画し、以来、幹部女優として活躍。この間、瑞穂劇団で「左義長まつり」を上演した際、20代後半ながら、宇野の強い勧めで3歳下の宇野の老母役を演じて評判を呼び、舞台を観た女形の名優・花柳章太郎は楽屋を訪れて北林にメイクアップの方法を尋ねたほどであった。以来、老け役を得意として“日本一のおばあちゃん役者”として知られ、今井正監督の映画「キクとイサム」では、おばあちゃんの感じを出すために前歯6本を抜いた。当たり役である舞台「泰山木の木の下で」の神部ハナ役は38年の初演以来、約40年間に約450回演じ、47年紀伊国屋演劇賞を受賞。最後の舞台(平成15年)も同役であった。舞台の代表作に「どん底ナスチャ、「六道御前」六道、「タナトロジー」妻、「鼬」おかじ、「蕨野行」老女など。アニメ映画「となりのトトロ」でも、おばあちゃん役の声優を務めた。平成元年動脈瘤破裂で倒れるが、2年岡本喜八監督の映画「大誘拐 RAINBOW KIDS」のおばあちゃん役で復帰、この映画で日本アカデミー賞主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞、キネマ旬報賞主演女優賞など数々の映画賞に輝いた。また、昭和50年「お尋ね者ホッツェンプロッツ」で作・演出に挑戦し、55年には69歳にして半年間、英国に演劇留学。平成9年「黄落」の脚色で3度目となる紀伊国屋演劇賞を受賞した。昭和53年紫綬褒章を受章。他の出演作に、映画「醜聞」「原爆の子」「ビルマの竪琴」「真昼の暗黒」「オモニと少年」「にあんちゃん」「キューポラのある街」「黒部の太陽」「橋のない川」「地の群れ」「あゝ野麦峠」「利休」「阿弥陀堂だより」「黄泉がえり」、ドラマ「海より深き」「前略おふくろ様」「高原へいらっしゃい」「白い巨塔」など。著書に「蓮以子八〇歳」「九三齢春秋」がある。

受賞
紫綬褒章〔昭和53年〕 ブルーリボン賞主演女優賞(昭34年度)「キクとイサム」,サンフランシスコ国際映画祭助演女優賞〔昭和35年〕「にあんちゃん」,名古屋演劇ペンクラブ年間賞〔昭和47年〕「泰山木の木の下で」,紀伊国屋演劇賞(第7回・17回・32回)〔昭和47年・57年・平成9年〕「泰山木の木の下で」「タナトロジー」「黄落」,NHK放送文化賞(第39回)〔昭和63年〕,キネマ旬報賞主演女優賞(平3年度)「大誘拐 RAINBOW KIDS」,日本アカデミー賞主演女優賞(第15回)〔平成4年〕「大誘拐 RAINBOW KIDS」,日本文芸大賞(特別賞 第17回)〔平成9年〕「蓮以子八〇歳」,読売演劇大賞(優秀女優賞 第6回 平10年度)〔平成11年〕「根岸庵律女」,東京都文化賞(第15回)〔平成11年〕,日本映画批評家大賞(功労賞 第9回 平11年度),キネマ旬報賞(助演女優賞 平14年度)「阿弥陀堂だより」,山路ふみ子映画賞(文化賞 第26回)〔平成14年〕,日本アカデミー賞助演女優賞(第26回)〔平成15年〕「阿弥陀堂だより」,演劇功労者(特別功労者)〔平成17年〕 毎日映画コンクール女優主演賞(昭34年度・平3年度)「キクとイサム」「大誘拐 RAINBOW KIDS」

没年月日
平成22年 4月27日 (2010年)

家族
長男=河原 朝生(画家)

伝記
昭和快女伝―恋は決断力50歳からが面白い屈せざる者たち恋は決断力―明治生れの13人の女たち人生それから蓮以子80歳陽のかなしみ 森 まゆみ 著佐江 衆一 著辺見 庸 著森 まゆみ 著朝日新聞社会部 編北林 谷栄 著石牟礼 道子 著(発行元 文芸春秋講談社角川書店講談社朝日新聞社新樹社朝日新聞社 ’05’03’00’99’92’91’86発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

百科事典マイペディア 「北林谷栄」の意味・わかりやすい解説

北林谷栄【きたばやしたにえ】

女優。東京都出身。本名安藤令子。山脇高等女学校(現,山脇学園)卒業。1950年の劇団民芸の創設に宇野重吉滝沢修とともに参加。以後,新劇俳優として民芸の看板女優となる。30歳前後から老け役を演じ続け,その芸風は〈日本一のおばあちゃん〉と評された。代表作は舞台の《泰山木(たいざんぼく)の木の下で》《黄落》,映画の《醜聞》《オモニと少年》《炎上》《キクとイサム》《にあんちゃん》《阿弥陀堂だより》など。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北林谷栄」の解説

北林谷栄 きたばやし-たにえ

1911-2010 昭和-平成時代の女優。
明治44年5月21日生まれ。昭和10年創作座にはいり,翌年新協劇団にうつって「どん底」で注目される。25年劇団民芸の創立に参加,幹部女優として活躍し,「泰山木の木の下で」などに出演。老婆役で知られ,映画「キクとイサム」「にあんちゃん」などがある。平成3年「大誘拐」の大富豪老女役で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞などおおくの賞をうけた。15年「阿弥陀堂だより」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞。平成22年4月27日死去。98歳。東京出身。山脇高女卒。本名は安藤令子。著作に「蓮以子(れいこ)八〇歳」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の北林谷栄の言及

【民芸】より

…正式名称は〈劇団民芸〉。1950年,〈民衆芸術劇場〉(1947創立)を解消・発展するかたちで,宇野重吉(1914‐88),滝沢修(1906‐ ),森雅之(1911‐73),岡倉士朗(1907‐59),北林谷栄(1911‐ )らによって創立された。久保栄,三好十郎,木下順二らの創作劇や,A.ミラー《セールスマンの死》,《アンネの日記》,イプセン《民衆の敵》,A.N.アルブーゾフ《イルクーツク物語》などの翻訳劇で地歩を固め,昭和20年代,30年代を通じ,新劇界の中枢的劇団として多くの人々に親しまれた。…

※「北林谷栄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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