火災・盗難などから自らを守るために組織された民間の警備団体。とくに、関東大震災時の自警団が有名。1918年(大正7)の米騒動を契機として、警察は民衆の組織化に着手し、「自衛自警」をスローガンに、各地で自警組織を結成するよう住民を指導した。これを前提として、23年9月関東大震災が発生し朝鮮人暴動の流言が流布されるや、各所に自警団がつくられ、竹槍(たけやり)、棍棒(こんぼう)、日本刀、鳶口(とびぐち)などで武装して通行人を検問。軍隊・警察の公認下で数千人の朝鮮人を虐殺した。自警団の数は、東京1145、神奈川634、埼玉300、千葉366、茨城326、群馬469、栃木16に及ぶという。組織の中核は、各町村の青年団、在郷軍人会、消防組で、警察が上から組織したものが多い。当局側はその「自治」的役割を評価した。なお、近年では、1969年(昭和44)の国際反戦デーと佐藤栄作(えいさく)首相の訪米に際して、過激派学生の街頭行動に対処するため、東京各地に自警団が結成されたことがある。
[大日方純夫]
『関東大震災50周年朝鮮人犠牲者追悼行事実行委員会・調査委員会編『歴史の真実――関東大震災と朝鮮人虐殺』(1975・現代史出版会)』▽『姜徳相著『関東大震災』(中公新書)』
非常時にみずからを守るために組織された民間団体。1923年9月1日の関東大震災の時に罹災地やその周辺市町村において組織された。震災の翌日,警視庁警保局長は全国に〈不逞鮮人取締〉を打電し,3日には罹災地の郡市町村に〈不逞〉の朝鮮人が罹災者に暴行を加えるだけでなく,井戸などに毒薬を投げ込むこともあるから五人組などを活動せしめて自衛の道を講ずるよう指令した。これが自衛の組織化の契機であった。こうして自警団は朝鮮人や社会主義者の襲撃,一時釈放された囚人からの自衛のために,流言によってだけでなく通達によっても結成され,町や村の要所を固めたのである。その中心になったのは,青年団,在郷軍人,消防組,区長の選抜した有志などで,棍棒,竹槍,日本刀,とび口,猟銃などで武装した人びとは通行人を検問し,朝鮮人らしいとなると,たたきのめし虐殺した(朝鮮人虐殺事件)。こうして自警団は,戒厳令が解かれるまでの間,麻痺した警察機能の肩代りをした。その数は関東地方一円で3689あったといわれる。
→関東大震災
執筆者:金原 左門
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…夕刻前には東京付近に戒厳令がしかれ,すでに出動していた軍隊が増強され,治安維持の権限をにぎった。軍隊,警察は各所に在郷軍人,青年団,消防組を中心に自警団をつくらせ,ときには武器を与えて朝鮮人を狩りたて集団的に殺害したり,迫害,検束した。中国人が集団的に殺される事件もおこった。…
※「自警団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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