本来,医師の言動に対する患者の心理的反応(誤解,自己暗示など)によって起こる疾患をさすが,現在は,広く医療行為が原因となって不可抗力的に発生する傷病のすべてを包括する言葉として使われる。
医療の組織化が進行しつつある今日,医師・患者間の心理的な関係(相互作用)はますます複雑で微妙なものとなってきた。自覚症状のある人々(患者)は心身の異常を心配し,ときには恐怖感にかられて医師に近づくことが普通である。最近では,集団健診の普及により自覚的な訴えのない人々が医師と接する機会が多くなり,また環境汚染(公害),職業病への関心も高まっている。これに対し医師は,その性,年齢,地位,思想・信条,専門技能・領域(家庭医,専門医,予防医,産業医)などにより,患者に対する関心と言動が一様でないと考えられる。したがって,医師の個人的な言動や不適切な医療行為または保健活動がきっかけで,人々の不安が増大し,日常生活に支障をきたす状態(神経症,心身症,自殺など)に陥ることがある。たとえば,心臓病の新しい診断法として心電図検査が行われはじめたころ,その微細な変化を異常所見と読みすぎたために心臓ノイローゼ患者が多発したのがこの例としてあげられる。心電図検査に限らず,集団健診で見かけ上の異常者と見誤られた健康者に心身の異常状態が出現することはまれでない。
広義の医原病の例は実際上は枚挙にいとまがないが,以下に示すものがある。(1)X線検査による急性の身体障害(白血球減少,血小板減少,悪心・嘔吐・下痢,脱毛,発熱,出血など)と晩発性の身体障害(再生不良性貧血,白血病,骨肉腫,肺癌,皮膚癌,白内障,不妊症,皮膚炎・やけど,免疫障害,寿命短縮,老化など)。(2)内視鏡検査(胃・十二指腸・気管支ファイバースコープ,膀胱鏡など)による組織損傷,出血,感染など。(3)血管撮影(心・冠動脈,脳血管,腎血管など)によるショック死,動脈瘤破裂・穿孔(せんこう),血栓・塞栓症,出血,感染など。(4)臓器生検(肝臓,腎臓,肺,消化管,心臓,骨髄,皮膚,神経,筋肉など)による出血,感染など。(5)薬剤の副作用(抗生物質による再生不良性貧血・顆粒白血球減少症,副腎皮質ホルモン剤による消化性潰瘍,インシュリンによる低血糖,ジギタリス中毒など)。(6)輸血によるHB肝炎,ヘモクロマトージスなど。(7)麻酔や外科手術の合併症(麻酔による心停止・植物状態,胃摘除後のダンピング症候群・悪性貧血,腹部手術後の腹膜癒着によるイレウスなど)。
今後,社会がさらに複雑化し,医療が高度化するにしたがい,医原病の種類と頻度も増加することが予想される。したがって,その発生防止が今後の医学・医療に課せられた重要な課題となっている。
執筆者:荒記 俊一
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