菌交代現象(読み)キンコウタイゲンショウ

デジタル大辞泉 「菌交代現象」の意味・読み・例文・類語

きんこうたい‐げんしょう〔キンカウタイゲンシヤウ〕【菌交代現象】

菌交代症

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改訂新版 世界大百科事典 「菌交代現象」の意味・わかりやすい解説

菌交代現象 (きんこうたいげんしょう)

主として化学療法剤使用時などに,その薬剤に対する耐性菌が異常に増殖する現象。1946年にアメリカのウェンステインL.Weinsteinは,ある感染症があって,抗生物質による化学療法を行っている際に他の耐性菌による感染症が随伴したのを観察し,これを新疾患とし,次いで54年に重感染(重複感染superinfectionという新しい言葉を提唱した。一方,フランスではブリズーJ.Brisouが〈選択と交代による慢性感染症〉という論文を発表した。この論文の表題からヒントをえて,日本では菌交代現象ならびに菌交代症という言葉が生まれた。化学療法剤とくに抗菌作用域の広いいわゆる広スペクトルム抗生物質を長期にわたって連用すると,目的とする病原菌は減少し,あるいは消失するが,同時に元の感染病巣,または体の他の部位に現在使用中の薬剤に耐性の微生物が異常に増殖してくることがある。この現象が菌交代現象であり,ときにはそれが新しい感染症に発展することがあり,これを菌交代症という。なお耐性菌は,患者の体内に既存することもあれば,他人,物体,環境などを介して侵入することもあり,これらをすべて包含するのが通念になっている。またブリズーの当時の主張は,化学療法に伴って先行の感染病巣に新たに耐性菌が住み着き,症状が悪化することであったが,今日では上に述べたようにいっそう拡大したものとして了解されてきている。

 菌交代現象や菌交代症の発生機序を考えるとき,微生物,宿主ヒト),薬剤および環境の4因子を検討するのが便利である。微生物すなわち耐性菌は抗生物質の発達に伴い時代とともに当然変化するが,現在ではグラム陰性杆菌,とくに緑膿菌,およびその類縁菌,霊菌,カンジダなどが重視されている。宿主側では,3歳以下および60歳以上により多く,基礎疾患や感染防御力の低下があると起こりやすい。薬剤側の影響としては,種類,1日使用量,使用期間,内服・注射など使用方法によって発生頻度が異なる。普通は使用量が多く,抗菌作用域が広く,併用薬剤が多いほど起こりやすい。またテトラサイクリン内服時にも起こりやすい。次に環境因子については病院内での発生があげられる。抗生物質の使用量が外来通院時に比べて多いほか,感染抵抗力が低下した患者が多く,かつ耐性菌侵入の機会が多いためである。二,三の具体例をあげると,テトラサイクリンを長期内服すると腸管内のカンジダが異常に増殖し,また抗生物質連用時に腸管内で嫌気性菌の一種であるクロストリジウム・ディフィシルClostridium difisileが増殖し,その毒素によって偽膜性大腸炎を起こしたり,敗血症の抗生物質療法時に原因菌ブドウ球菌から緑膿菌に交代するといったことなどである。

 菌交代現象,菌交代症という言葉が生まれた時代に比べると,昨今では治療内容が高度化,複雑化し,とくに免疫抑制剤の汎用に伴って感染症は著しく変貌した。このような変貌は従来の菌交代症の概念のみでは説明しきれなくなり,67年ころからは日和見感染(ひよりみかんせん)というより広い概念が使用されている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「菌交代現象」の意味・わかりやすい解説

菌交代現象
きんこうたいげんしょう

鼻咽腔(びいんくう)、口腔、消化管、腟(ちつ)などには、1種または数種の細菌が一定の均衡を維持しながら寄生的に繁殖しており、これを正常細菌叢(そう)という。これらの菌がなんらかの原因で他の菌と置換されたり、常時は少数の菌が異常に増えたりすることがあり、こうした正常細菌叢の変化を菌交代現象とよんでいる。原因の大部分は、一定の抗菌スペクトルをもつ抗生物質などの化学療法剤の使用であり、その薬剤に感受性のある菌が消失ないしは減少し、不感受性の菌(耐性菌)は残存、ときには増殖するといった現象がみられる。これは不可避的なものであり、副腎(ふくじん)皮質ホルモン剤の使用や重病の場合など、人体の抵抗力が低下してもおこりうる。

 なお、菌交代現象がおこっても人体にとくに異常がみられないこともあるが、多くの場合は異常に増殖した菌によって新しい病気が引き起こされる。この病気を菌交代症という。交代する菌としては耐性ブドウ球菌や真菌類(放線菌、カンジダ、アスペルギルスなど)のことが多く、病名としては耐性ブドウ球菌性下痢症や肺カンジダ症などがあげられる。治療には、まず、使用していた化学療法剤を中止し、原因菌に応じて有効な薬剤を用いるが、治療困難の場合もある。化学療法剤の乱用を避け、この発生を予防することが先決である。

[柳下徳雄]

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世界大百科事典(旧版)内の菌交代現象の言及

【嗽】より

…うがいをすると口腔内細菌の数は減少するが,1時間以内に元に戻るという。うがいと同様な目的で用いられているものにトローチ剤があるが,殺菌作用をもつトローチ剤はその作用が強力で,菌交代現象によって舌に変化が起こることもある。うがいは,こうした強い作用はもたないかわりに,だれにでもできるという利点をもつ。…

【抗生物質】より

…テトラサイクリンは,胎児,新生児の骨や歯に沈着し,発育を悪くすることがある。(7)菌交代症 口腔,上気道,消化管,腟などにはいろいろな細菌が一定の比率で住みついて生理的役割をはたしているが,抗生物質投与により薬剤感受性の違いからこの比率がくずれ菌交代現象を生ずる。ブドウ球菌腸炎(広域抗生物質を投与中,耐性ブドウ球菌が腸管内で増殖して腸炎を起こす),カンジダ症(抵抗力の減じた患者に多量の抗生物質を長期にわたり使用するとカビであるカンジダ・アルビカンスCandida albicansにより腸管カンジダ症を起こすことがある),偽膜性腸炎(嫌気性の耐性クロストジウムによる菌交代症腸炎で,発熱,腹痛,下痢を呈し死に至ることもある)などが知られている。…

【日和見感染】より

…日和見感染はまた病院内で発生することが多い。したがって菌交代症(菌交代現象)や院内感染と密接な関係を有する。いわゆる弱毒菌や平素無害菌には,通常からだの中にいる正常菌叢の一員もあれば,外来性ないし環境由来のものもある。…

※「菌交代現象」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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