十字(読み)ジュウジ(英語表記)cross

翻訳|cross

デジタル大辞泉 「十字」の意味・読み・例文・類語

じゅう‐じ〔ジフ‐〕【十字】

10個の文字。
十の字の形。十文字じゅうもんじ
キリスト教徒が、キリストが受難にあった十字架になぞらえて、祈祷きとうの際に手で描く十字の形。
十字形に並んで見える星座。北半球では白鳥座はくちょうざ南半球では南十字座
検地の用具。材木で、縦横ともに1尺2寸(約36センチ)くらいの十字形に切り組み、中央に水縄を入れるくぼみを刻んだもの。これを田の中央に張ってある水縄に当てて角度を測量する。
十字もち」に同じ。
踏馬勢子たふばせこの輩を召して、各―を賜ふ」〈吾妻鏡・一三〉
[類語]大の字十文字真一文字

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精選版 日本国語大辞典 「十字」の意味・読み・例文・類語

じゅう‐じジフ‥【十字】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. 十個の文字。十の字。
      1. [初出の実例]「なにかほとけのことなれば、ししゃうの一しをおさづけあれば、十じおさとりある、がくもんにくらいことはましまさず」(出典:説経節・説経苅萱(1631)中)
    2. 十の字の形。十文字。
      1. [初出の実例]「十字の街頭にして一句の聞経よりのち、たちまちに老母をすてて」(出典:正法眼蔵(1231‐53)行持上)
      2. [その他の文献]〔呉均‐行路難〕
    3. 十字形に交差する街路。四辻(よつつじ)。十字街。十字街頭。十字路。
    4. ( 「晉書‐何曾」の故事から、また、後世には十の字の焼形を表に印したところから ) 蒸餠、饅頭(まんじゅう)の異称。十字餠。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
      1. [初出の実例]「新誕若君五十日百日儀也〈略〉送給十字」(出典:吾妻鏡‐建久三年(1192)一一月二九日)
      2. [その他の文献]〔晉書‐何曾〕
    5. 検地の時に用いた道具。檜、樫などの反(そ)りの生じない堅木を、縦横共に長さ一尺二寸(三六センチメートル)ほどの十字形に切り組み、中央に水縄を入れる凹条を刻んだもの。これを田畝の中央に張った水縄にあてて角度の測量に用いた。
    6. キリスト教徒が、キリストの十字架における受難になぞらえ、その信仰の証(あかし)として、祈祷の際に手で胸もとに描く十文字。→十字を切る
      1. [初出の実例]「額へ持って行って胸へ下してそれから左の乳から右の乳へ十字を画く」(出典:先生への通信(1910‐11)〈寺田寅彦〉巴里から)
    7. じゅうじか(十字架)」の略。
      1. [初出の実例]「丈に余る石の十字を深く地に埋めたるに」(出典:薤露行(1905)〈夏目漱石〉四)
    8. 紋所の名。十字架をかたどったといわれる。→クルス
  2. [ 2 ] 星が十字形に並んでみえる白鳥座、南十字座をいう。

じゅう‐の‐じジフ‥【十字】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 漢数字の十。また、その形をしたもの。
  3. 紋所の名。二重丸の中に十字をかたどったもの。島津家の紋として有名。

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改訂新版 世界大百科事典 「十字」の意味・わかりやすい解説

十字 (じゅうじ)
cross

2本またはそれ以上の線が交差している図形の総称。古くから宗教的象徴として用いられてきたもので,その形状により主として次の4種類に分けられる。

 (1)中心から広がる4本の線の長さが等しい正十字(またはギリシア十字),マルタ十字とよばれるものなど。この十字はアッシリアでは天空神アヌの象徴で,円と8本の光線を伴い太陽や星をあらわすものとしても使用され,ギリシアでは太陽神アポロンの象徴,ローマでは星の輝きをあらわすものとされた。青銅器時代から存在し,銅器やケルト人の宝飾類のデザインにも見られる。さらに南北アメリカ,特に中央アメリカで多く見られ,トルテカ族では天水を分配する神,北アメリカのダコタ族ナバホ族では四方の風,太陽,星など,メキシコでは世界の中心である〈生命の樹〉(または〈宇宙樹〉),中国では四角の中の十字(漢字の田)として大地を象徴したものと考えられる。なお,2本の線が斜めに交差したものをアンデレ十字という。(2)正十字の下方の線が長く,上方の線が欠けているT十字,またはギリシア文字のT(タウ)と同形なのでタウ十字(またはアントニウス十字)とよばれるもの。この十字の起源は,上方に円形の取手のついたエジプト十字(または柄付き十字crux ansata)にあるといわれ,エジプトでは,生命の象徴アンクankhとして神,王,神官などの手に握られていて,不死の生命を与える護符としての機能をもっていた。エジプトからフェニキアに伝わり,さらにセム族全体に広まったもので,ギリシアでは女神アフロディテ,アルテミスの象徴であった。さらに北欧では,雷電と嵐の神トールのもつハンマーを意味し,破壊と新生,豊饒の象徴であった。(3)正十字の下方にのびている線が他の三つより長く,十字の中心がやや上方にあるラテン十字(またはローマ十字)。オリエントやギリシアで行われていた罪人の処刑方法にならって,イエスがこの形の十字架にかけられたことから(磔刑(たつけい)),復活と救済の象徴として,キリスト教徒の間に普及したもの。すべての穢(けが)れを祓うものとして,呪術的な力を持ち,悪魔祓いから家畜を疫病から守る焼印にまで使われた。初期には正十字もT十字も用いられたが,正十字は東方正教会,T十字はケルト人の間にのみ用いられるようになった。西欧では主としてラテン十字が使われてきたが,十字架上のキリスト像が普及したのは,17世紀以降である。ラテン十字の変形としては,横の線が2本のロレーヌ十字,下に台の付いた台付き十字などがある。(4)正十字の線の末端が曲がっている鉤十字,またはギリシア文字のガンマが四つ組んだ形なので,ガンマテ十字,ガンマディオンgammadionとよばれるもの。インドではスワスティカ,日本では〈卍(まんじ)〉とよばれている。古代では,正十字に次いで最も広く用いられており,右旋と左旋があり,右旋は白魔術,吉祥,進行など,左旋は黒魔術,降魔,退行などを意味する。なお,鉤十字の一種でよく知られたものにナチスの標章ハーケンクロイツHakenkreuzがある。

 このように十字は太陽,月,星,空,水,火,風,大地,雷電,生命の樹,豊饒,破壊と創造,復活と救済,吉祥,繁栄,超越,中心,統合などの象徴として古代から最も広く用いられてきた図形であり,方向性と中心を示すことによって,混沌から秩序を生みだす機能をもつものと考えられる。C.G.ユングは,このように普遍的にみられる十字表象は,人間の心の深層における所産であり,元型的な性格をもつとした。
十字架
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「十字」の意味・わかりやすい解説

十字
じゅうじ
cross 英語
Kreuz ドイツ語
croix フランス語

「十」の字の形をしたしるし。キリスト教の十字架をはじめ、宇宙原理などを象徴するものとして世界的に広くみいだされる。

 古代シュメールおよびヒッタイトでは文字として用いられ、エジプトおよびアッシリアの王または聖職者は、その着衣の飾りに使っていた。漢字では、単に数を表すばかりでなく、まとまりをもつ完備した数であることから完全の意味を表す。

 バビロニアでは天の神アヌ神、ギリシアでは太陽神アポロの、それぞれ象徴とされた。このように十字は、天・太陽はもとより、法・中心・宇宙の最高原理、地上と天界とを結ぶ生命の木などを表すことが多い。また、男女の結合を示したり、多産・豊饒(ほうじょう)を意味する象徴として、古代メキシコのほか各地で用いられている。インドでは、その変形である「卍(まんじ)」の右回りになったものをスバスティカsvastikaといって男性原理、左回りになったものをサウバスティカsauvastikaといって女性原理を示した。これは、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教においても用いられ、日本には仏教とともに伝えられ仏教や寺院の記号となった。

 ドイツのナチスは「卍」を民族結合の象徴として用いた。心理学者のユングは、十字は秩序を象徴し、人間の心の深層にもあまねく存在する原型的なものであるとみなした。

[鈴木範久]


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百科事典マイペディア 「十字」の意味・わかりやすい解説

十字【じゅうじ】

2本あるいはそれ以上の線が組み合わさってできる形象の総称。英語でcross。正(ギリシア)十字,T(タウ,アントニウス)十字,ラテン(ローマ)十字,鉤十字ないしガンマ十字(ガンマディオン)などの類型がある。インド起源のスワスティカ(日本の卍(まんじ)),ナチスの標章ハーケンクロイツは鉤十字の一種。古来さまざまな象徴として用いられ,特に十字架はキリストの受難と救済を示すものとして崇敬される。

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世界大百科事典(旧版)内の十字の言及

【辻子】より

…十字状の道を意味する平安時代の言葉〈十字〉に由来し,その意を表す国字としてつくられた〈辻〉の意味が分化したものであって,細道(《名語記》),小路(《節用集》),ついで横町(《日葡辞書》)の意味にも用いられた。古くは十字,ついで辻,辻子と書かれ,室町時代以降になると図子,通子,厨子,途子などの用例もある。…

※「十字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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