印刷業(読み)いんさつぎょう

精選版 日本国語大辞典 「印刷業」の意味・読み・例文・類語

いんさつ‐ぎょう‥ゲフ【印刷業】

  1. 〘 名詞 〙 諸種の印刷をすることを職業としていること。印刷屋
    1. [初出の実例]「真草二体の活字を貯ひ需めに応せんと欲するときは印刷業者頗る多資を要し」(出典:風俗画報‐五三号(1893)論説)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「印刷業」の意味・わかりやすい解説

印刷業
いんさつぎょう

オフセット・平版(へいはん)、凸版・活版、凹版・グラビア、孔版(シルクスクリーン等特殊印刷)、さらにデジタル印刷機といった技術を活用して印刷を行う産業。

 印刷の歴史は古く、8世紀、中国で木版による印刷が行われていた。その後15世紀中葉には、現在の印刷技術の基礎となる凸版印刷技術をドイツのグーテンベルクが発明している。凹版印刷も同時期に銅版印刷として出現した。また1798年にはドイツのゼーネフェルダーが石版印刷を発明している。

 日本における印刷業の本格的定着は、1871年(明治4)の政府令による4種類の郵便切手の印刷によって始まった。それ以降、1872年の『東京日日新聞』の創刊、1874年の『読売新聞』『朝野新聞』の創刊に続く一連の新聞発行部数の増大は、印刷業に急速な市場拡大をもたらした。新聞にとどまらず、雑誌、単行本、それ以外の出版物の印刷も増加した。こうした事態に対応し、ヨーロッパ、アメリカから新しい印刷技術の導入が進められ、印刷業における産業基盤が拡充している。1900年(明治33)前後には印刷会社、出版会社の設立が相次いだ。今日の印刷大手2社の内、大日本印刷は1876年に秀英舎として、凸版印刷は1900年に凸版印刷合資会社として設立されている。売上高等で3番手となっていく共同印刷は、1896年に博進社工場として誕生している。

 高度経済成長期以降、印刷業は、持続的な成長を遂げてきた。とくに、オフセット・平版印刷、活版・凸版印刷による出荷額の増大が著しかった。1970年代には、約7万台のオフセット・平版印刷機と凸版・活版印刷機が生産ないし輸入されていたが、そのうち7割近くがオフセット・平版印刷機であった。なおも、印刷機は、用紙に1枚ずつ刷っていく平版印刷機であるオフセット枚葉機から、その10倍以上の能力を有する巻取紙に連続して印刷していくオフセット輪転機へと発達している。そして、オフセット輪転機で大部数を、比較的少部数には枚葉機が対応している。その後、金額的には、枚葉機の生産額のほうが高いが、オフセット輪転機での小ロット処理も可能になった。

 1980年代には印刷業においても、エレクトロニクス化が印刷工程と印刷物の両面で進展している。色調の処理、レイアウト、画像の合成、写真製版などにコンピュータやレーザー光線が活用され、文字、画像等をデジタル記号化、メモリー化した情報を高速再処理していくカラースキャナーをはじめとする近代的な製版システムが拡充している。また写真植字からPC(パーソナルコンピュータ)、DTP(机上型電子編集システム)への転換、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)を活用しての伝送など、トータルシステム化が進み、産業用デジタル印刷機が台頭している。こうした技術の蓄積に随伴して、印刷業はカラーテレビ用のシャドーマスクやIC、LSIなど集積回路用のフォトマスク、液晶カラーフィルター生産などを重要な事業分野とし、とりわけ大企業は書籍、商業印刷のみでなく電子機器部品生産を主軸事業としている。

 ただ、1990年代にはバブル経済の崩壊とともに、印刷業の業績は落ち込み、不動産投資の失敗にも影響され、多くの中小零細企業が倒産している。1993年(平成5)には回復する兆しをみせていたが、1997年のアジア通貨危機、2000年以降のアメリカのITバブルの崩壊等に直面して低迷を続け、1990年後半から21世紀にかけて約500事業所と2万人近くの従業者が減少している。印刷業においては、業界全体の製造品出荷額に占めるウェイトの少ない4人から9人以下の従業者を抱える事業所が全体の過半を占め、下請構造が形成されている。元来、印刷業は、オーダーメイドの受注生産を主体にしており、顧客の要望や感性に合致する品質やデザインに起点を置く受注生産、請負生産を主体としてきた。印刷物の生産に関しては、デザインの修正、割り込み作業が多く、また、作業を外注に回すこともあり、工程が錯綜(さくそう)することが少なくない。それゆえ、小規模な受注のロット・サイズ(まとまった数量の規模)、厳格な納期、困難なスケジュール管理等印刷業の特殊性が、中小零細企業を存続させてきた。だが、深刻な不況は、多数の競争力をもたない中小零細企業の倒産を招き、産業再編成を導くことになる。一部の突出した数社と多数の下請的役割をも果たす中小零細企業により構成される産業構造が、一部変容している。多くの企業が倒産する一方で、大日本印刷、凸版印刷の二大トップ企業等は、効率的な平版印刷を拡充し、ICカード等のエレクトロニクス製品関連分野にも進出して、主要事業分野において優位な体制を形成している。とくに、凸版印刷は、図書出版の統合化(2007)を進めてきた。

 21世紀に突入しても、印刷業の衰退化傾向は持続しており、とくに、中小零細企業が、景気変動から受ける影響は大きかった。2010年(平成22)の印刷業の事業所数は1万0926、従業者数は24万7047人、出荷額は5兆4052億7800万円(2010年『工業統計表』従業者4人以上の事業所の数値)であったが、2005年と比べ、事業所数で約2900、従業者数で約2万9000人、出荷額で約7000億円の減少となっている。リーマン・ショック以降、世界不況のなかで主要取引先からの受注低迷、売上高の激減により、資金繰りが立ち行かなくなったケースが多くなっている。印刷業では、生産設備の性能が均質化し、コモディティ化(汎用品化)、成熟化傾向が強く、生産の差別化が困難となっており、そこに、出版物の販売不振、書店の集客力低下、印刷業者への発注量の減少が起きている。なおも、受注単価の低迷に加えて用紙価格の上昇や設備資金の金利負担が重複している。こうしたことが、販売不振、売掛金回収困難等が8割を占めるような不況型倒産の多発を招いている。その際、倒産に至った大部分の中小零細印刷業は、再建型の手続きをとるのではなく、清算型を選択している。さらに、受注減に悩む印刷業者は、電子書籍の出現にも直面している。ICT関連企業が、著者と直接契約して電子書籍を出版し始め、伝統的な印刷会社、取次、書店等を経由するプロセスを動揺させている。電子書籍等の出現のほか、3D対応のデジタル印刷機、3Dプリンターの開発と活用等は新しい事業分野の開拓に連動しており、印刷機械、印刷業、出版産業に広範で深刻な影響を与えそうである。

 印刷業では、ICT革命の進展下で、これまで情報伝達を支えてきた自らの意義を再検討し、存立基盤を再構築することが、避けられない課題となっている。根本的な問題を直視しながら、ICTの活用やデジタル印刷に対処し、また、自らがICT化に貢献していく方途を模索し、複雑な工程管理の効率化や事業のサービス化を推進していく必要がある。

[大西勝明]

『ゆまに書房編集部編・刊『産業別「会社年表」総覧 第7巻 出版・印刷業』(2000)』『尾崎公治・根岸和広著『印刷の最新常識』(2001・日本実業出版社)』『印刷業界研究会編『印刷業界大研究』(2008・産学社)』『『近代日本の出版印刷業』全2巻(2010・ゆまに書房)』『日本印刷新聞社編・刊『日本印刷年鑑』各年版』『杉田寿夫著『印刷・製版業界』(教育社新書)』

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百科事典マイペディア 「印刷業」の意味・わかりやすい解説

印刷業【いんさつぎょう】

出版業と発展の歩みをともにしてきたが近年は商業印刷や金属,建材などの特殊印刷の比重が増大,この傾向は大企業で特に著しい。日本の印刷業は典型的な中小企業業種で,全国の事業所数約3万の80%は従業員9人以下のものである。売上高も大手企業2社(大日本印刷凸版印刷)で約3割を占める。しかし,印刷技術の飛躍的発展により,中小企業でも,主流はかつての平台活版印刷からオフセット印刷に移行した。

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世界大百科事典(旧版)内の印刷業の言及

【印刷】より

…印刷物自体も立派なもので,現存する宋版は芸術作品として珍重される。中央政府や地方官庁からの印刷物のほか,私工業としての印刷業が成立するようになった。また紙幣の先駆とされる〈交子〉の印刷が始まるのも宋代からである。…

※「印刷業」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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