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印刷 いんさつ printing

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7件 の用語解説(印刷の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

印刷
いんさつ
printing

文字,図,絵,写真などを印刷インキその他を使い,紙などの被印刷物に機械的に複製すること。東洋と西洋では,その文字の相違により,印刷術は別個に発達してきた。東洋では前3世紀頃から,西洋では 15世紀なかば J.グーテンベルクによって始ったとされる。

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デジタル大辞泉の解説

いん‐さつ【印刷】

[名](スル)原稿に従って印刷版を作り、その版面にインクなどをつけて文字・図形を多数の紙や布などに刷りうつすこと。また、その技術。印刷版の種類により凸版印刷・平版印刷・凹版印刷などがある。「ポスターを印刷する」「印刷所」「印刷物」

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百科事典マイペディアの解説

印刷【いんさつ】

文書や写真,絵などを大量に複製する技術。普通,版にインキをつけ,紙などに転移させる。この意味での印刷の歴史は古く,長い歴史と高い技術的達成があるが,近代的な意味での印刷は15世紀にグーテンベルクが発明した活版印刷術に始まるとされる。
→関連項目出版マス・コミュニケーション

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世界大百科事典 第2版の解説

いんさつ【印刷】

印刷は文書,絵画,写真などの平面的な画像を多数複製する手段であるが,現在ではその技術は多種多様となり,印刷とは何かを定義することは困難である。
【歴史】

[源流]
 ふつう印刷術は中国に始まったと考えられており,その場合の印刷術は木版に文字を彫りそれに墨を塗り,上から紙をあて〈バレン〉のようなもので文字を刷りとる方法が行われたのである。現在広く行われている活字印刷に対し,これを〈整版〉と呼んでいる。こうした印刷は唐代(618‐907)に始まったと思われるが,しかしそれ以前から印刷類似の方法が中国やオリエントで行われていた。

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大辞林 第三版の解説

いんさつ【印刷】

( 名 ) スル
インクを使い、版面に描き出されている文字・絵画・模様などを、紙その他の被印刷体の表面に刷り出すこと。 「年賀状を-する」 「 -物」 〔明治期には「いんせつ」とも〕

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

印刷
いんさつ
printingpress

版にインキをつけて紙に押し付けると、版と表裏逆の模様を何枚も簡単に速くつくることができる。この仕事を印刷といい、できあがったものを印刷物という。たとえば木版の年賀状をつくるとしよう。葉書の大きさの絵を描いて板に張り、インキのつくところを残して彫刻刀で彫りくぼめる。この版にインキをつけ、紙に押し当てれば木版印刷物ができあがる。この場合、最初描いた絵を原稿、版をつくる作業を製版といい、インキをつけて紙を押し付ける作業を狭い意味で印刷という。[山本隆太郎]

印刷の概念

木版の場合は、版の上に紙をのせて、紙の裏からこすって印刷をするが、他の印刷法では機械を使う。この機械を印刷機といい、紙を版に強く押し付けることを第一の仕事とする。強く押し付ける作業をプレスpressというから、印刷機のことをプレスともいい、転じて印刷、出版、新聞といった業種やジャーナリズムのことをもプレスというようになった。プレスするには頑丈な機械が必要なので、圧力を使わない印刷法も考えられた。電子的な力を借りる無圧印刷や、その一種で同様に電子の力を借りてインキを細かい粒にして紙に飛ばすインクジェット印刷、印刷するたびにインキを供給するオンデマンド印刷などがそれであり、印刷速度が速いのが特長である。これらは特殊なインキを必要とするため、一般には適切な圧力をかけて印刷する方法が利用されている。
 このように「版」のない印刷法のほか、古くからの技術である写真も、同じ画像を多数つくることにおいては印刷と似ている。写真によってつくるものはカラーフィルムやカラープリントであり、フィルムや印画紙など画像を現す最終の材料に仕掛けがしてあり、印刷で使用するような「版」はない。またその工程は、光によって変化する材料、すなわち感光材料を使っていることが、印刷と大いに異なっている。しかし、1950年ごろから途中の手段にかかわらず、われわれの目に感ずる情報をいろいろ処理し、遠方に送って新しく画像の形につくり直す技術を総称して印写工学とよぶようになった。印刷も印写工学の一つであり、有力で、しかもきわめて古くから行われている手段であるといえよう。
 このように印刷の仕事は、最初に原稿(文字でも絵でも写真でも)があって、これと同じものをなるべく多数、しかも安く速く、品質のよいものを生産することである。そうして多数の人に見てもらうのであるから、印刷のもつ力つまり影響力は大きい。また、手書きのものに比べて整った活字で印刷されたものは信頼性があると一般にはみなされる。そして良質の紙に刷られたものは半永久的に保存することができるから、記録する方法としても優れている。本来の印刷の定義は、原稿から版をつくり、これに印刷インキをつけて紙に押し付けて同じ模様(文字を含めて)を多数つくること、すなわち複製するということであるが、紙以外の物質にインキを移すこともできるようになったので、印刷物の範囲は非常に広くなった。また文字や画像をプリンターを用いて紙に出力して可視性をよくするが、この出力も便宜上印刷ということがあり、印刷の概念が広がった。[山本隆太郎]

印刷の歴史


活版印刷以前
紀元前3000年ごろ、メソポタミアやエジプトでは小さい円筒形の石に文字や絵を彫刻して、軟らかい粘土の板の上に転がして模様をつけた。紙のない時代はこのように石、陶土、金属、木や竹に文字を刻みつけていたが、エジプトでパピルスというナイル川畔の草からつくった紙が発明されてからは、墨汁を使って巻物状のパピルスに書写するようになった。このほか書写の材料としては羊皮が使われたが、現在の紙と同様のものができたのは中国の後漢(ごかん)の時代(105ごろ)であり、発明者は蔡倫(さいりん)といわれる。この紙の製法は推古(すいこ)天皇の時代に高句麗(こうくり)の曇徴(どんちょう)が日本に伝え(610)、これを聖徳太子が改良していわゆる和紙抄(す)きが全国に広まったとされる。一方、中国の紙の製法は、751年ごろ、サラセン軍に捕らわれた唐軍の兵士が製紙の技術を伝えて中央アジアに工場ができ、その後13世紀ごろ西洋に伝わった。
 世界的に、年号のはっきりわかっているものでもっとも古いものは、770年(宝亀1)に印刷された日本の『百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)』である。これは称徳(しょうとく)天皇時代、恵美押勝(えみのおしかつ)の反乱平定のとき、木製の塔(高さ約20センチメートル)100万基をつくり、その内部に陀羅尼(サンスクリット語ダーラニーdhraの音写)を入れ全国の十大寺に奉納したものである。陀羅尼は幅5センチメートルほど、長さは40センチメートルくらいで、4種ある。版の材料は木版か銅版か古来議論があり、定説はないが、当時何十万という大部数を印刷した業績は評価されている。また中国や朝鮮でも同時代あるいははるか以前の各種の経文の印刷物が発見されている。[山本隆太郎]
活版印刷の発明
一方、西洋では14世紀から15世紀初めに宗教画の木版刷りが行われたが、刷り方は日本の木版と同様、紙を版の上にのせ、裏からこすってインキを紙に移した。このように時代は多数の印刷物を要求していたが、1445年ごろドイツのマインツのヨハネス・グーテンベルクが活版術を発明した。活字ということに限れば、中国の畢昇(ひっしょう)が1040年代に膠泥(こうでい)活字をつくり、高麗(こうらい)では1230年ごろ銅活字をつくった記録がある。マルコ・ポーロがこのような進んだ東洋の事情を伝えたことに刺激され、グーテンベルクが活版術を集成したのであろうという説もある。グーテンベルクは、わずかではあるが現在も使われている鉛の三元合金(鉛、スズ、アンチモン)の活字をつくったこと、ブドウ絞りの機械をもとに強い圧力を加えて印刷する機械をつくったこと、油性のインキを使ったこと、および自分の発明した活版術によって優れた印刷物を生み出したことなどの大きな功績によって印刷術の始祖といわれている。彼はもともと金銀細工師であって機械的技術にも長じていたと考えられるが、どのようなきっかけで活版術を発明するようになったかは明らかでない。ただ当時、木版刷りのラテン語文法書などの需要が多く、能率のよい印刷法が求められていたことは間違いない。木版を彫るのには労力を要するので、あらかじめ独立した個々の活字をつくっておき、必要に応じて組み合わせる活版術は一大革新をもたらした。活版印刷は火薬、羅針盤とともにルネサンス期の三大発明といわれている。
 グーテンベルクが自分のつくった活字と印刷機で最初のころ印刷したのはラテン語文法書『ドナトゥス』Donatusと聖書であり、とくに『三十六行聖書』と、彼が着手しシェッファーPeter Schffer(1430?―1502)が継続して出版した『四十二行聖書』が美しい印刷物で、現在もごく少数残っている。このとき使った活字の書体は当時の筆写の書体で、できあがった本は印刷本であることを秘し、書写本として売られたという。書写していた聖職者たちの反対を恐れたためであろう。このようにグーテンベルクは活版の発明によって印刷本をつくりだしたが、利益を得たわけでなく、負債を生じ、債権者のフストJohann Fust(?―1466)やその娘婿のシェッファーに工場を渡すことになったが、別に協力者を得、十数年間彼らは別々に作品をつくることになる。そして1462年マインツの兵火により工場を焼かれた工員たちは、各地に散って印刷所を開いた。発明後50年で1000軒を超える印刷所がヨーロッパにできたという。なかでも有名なのはイタリアにおけるジャンソンNicolas Jenson(1420ごろ―1480)で、現在も広く使われている活字書体であるローマン体をデザインし、マヌティウスAldus Manutius(1450?―1515)はイタリック体(斜体)をデザインした。このほかベルギー(当時のネーデルラント)のプランタンChristopher Plantin(1514―1589)、フランスのエチエンヌEstienne一家、イギリスのカクストンらが活字書体のデザインや活版術の基礎を築いた。[山本隆太郎]
日本への西洋式活版印刷の導入
一方、東洋の印刷術も別個に発達していて、朝鮮ではグーテンベルクよりはるかに早い1400年代の初めに王立の活字鋳造所が設立され、数十万の銅活字がつくられていたという。日本には次の3期に活版がもたらされた。第一は、文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役(1592~1598)により朝鮮から持ち帰った銅活字を使い、後陽成(ごようぜい)天皇の命により『古文孝経』その他が印刷されたとき(1593)である。この活字は徳川家康の刷らせた駿河(するが)版へと伝承された。第二は、遣欧少年使節に同行の神父バリニャーノが持ち帰った活字と印刷機でキリシタン版を刷ったとき(1591)である。第三は、本木昌造(もときしょうぞう)がオランダ渡りの印刷機や活字によって1856年(安政3)にオランダ文典を刷ったときである。
 この三つの事実はそれぞれ独立していて脈絡はない。とくにキリシタン版は、キリスト教弾圧によって、わずか20年間に31種の欧文、和文の書物を印刷しただけで終わった。これらの本のそれぞれは世界に1部ほどしか残されていない貴重なもので、和文は行書体、草書体の精巧な活字を使用している。その約200年後に本木が苦心してつくった鉛活字および活版術が明治時代に開花する。本木は元来オランダ語の通詞であって、西洋の活版印刷による美しい本をみるにつけ和文活字をつくりたいと念願していたと思われる。本木は長崎製鉄所に勤めるかたわら新街私塾(後の長崎新塾)を開き、少年の教育を行うための費用を活字製造事業により補おうとした。彼は、中国上海(シャンハイ)美華書館のアメリカ人宣教師ガンブルWilliam Gamble(?―1886)が帰国の途中長崎に立ち寄った機会をとらえ、西洋式の鉛活字の作り方を教わり、自ら「活字判摺立所(かつじばんすりたてじょ)」を設立し活字を鋳造し、オランダ文法書『セインタキシス』Syntaxisを1856年に出版した。さらに本木の高弟平野富二は明朝体(みんちょうたい)活字初号から5号を完成(1871)、活字の販売に力を注ぎ、東京に進出し長崎新塾出張活版製造所を設立した(1872)。これはのちに築地(つきじ)活版製造所となり、日本で初めて印刷機を製造し(1873)、当時諸所で設立された新聞印刷、書籍雑誌印刷に貢献し、以後の印刷技術に継承された。
 日本で最初に日刊の邦文新聞が発行されたのは1871年1月28日(明治3年12月8日=旧暦)の『横浜毎日新聞』であり、活版印刷所としては、明治初年に英和辞書を印刷発行した横浜の日就社、1871年ごろ開業の東京博聞社があった。[山本隆太郎]
自動活字鋳造機の発明
グーテンベルクの発明した鉛活字の作り方は、溶かした鉛の合金を文字を刻んだ母型と鋳型の間に流し込む方法で、初期のころは手作業であったが、1843年に機械化された。これは手回し式であり、活字の仕上げは手工に頼っていた。活字を1本1本拾い集めて版とする方法はいかにも能率が悪く、機械化する方法が考えられていたが、19世紀の末に自動活字鋳造機が完成した。1886年ごろにライノタイプLinotypeがアメリカにおいて発明された。発明者はマーゲンターラーOttmar Mergenthaler(1854―1899)で、必要な母型を1行分集め、これに鉛を流し込む。1行分ずつ組むところからラインを意味するライノタイプと称される。同時代にやはりアメリカにおいてランストンTolbert Lanston(1844―1913)がモノタイプMonotypeを発明した。これは1字ずつ活字を鋳造して自動的に並べていくところから「モノ」タイプと称した。ライノタイプはアルファベットのキーをたたいて1行を鋳造するまでが1台の機械であるのに対し、モノタイプはキーボード部分と鋳造部分が別個の機械となっていた。キーボードでテープに文字の符号を穴あけし、これを鋳造機にかけると符号に従って相当する母型に鉛が流し込まれ、1字ずつ活字ができて排出され組版ができる。この2種類の自動組版機械は世界中で広く利用されたが、1970年代から電算植字機(CTS)にしだいに置き換えられた。[山本隆太郎]
印刷機の発達
印刷機は、グーテンベルク機のねじが木製から金属製になった以外は約350年間、本質的には変更はなかった。1800年にイギリスのスタナップ(スタンホープ)が鉄製の印刷機をつくった。これは非常に巧妙なレバーを利用した機構で、わずかの力でハンドルを引くと、螺旋(らせん)棒を回転させて圧盤が下降し、印刷には強い圧力が得られるものであった。この型の機械は、1850年(嘉永3)にオランダ政府から徳川12代将軍家慶(いえよし)に贈られた。江戸幕府が設けた洋学の研究所蕃書調所(ばんしょしらべしょ)では、この機械を使用して『和蘭(オランダ)武功美談』を1857年(安政4)に印刷した。スタナップ型印刷機は発明当初『ロンドン・タイムズ』などの印刷に使用されていたが、1時間に200枚か300枚くらいの印刷しかできなかった。
 当時ヨーロッパではナポレオンが活躍していたときで、戦地の報道も多く新聞発行部数も増えていたから、高速印刷機が要望されていた。ドイツ人フリードリヒ・ケーニヒは苦心のすえ押胴式印刷機(円圧印刷機)を発明し(1814)、版面をのせる板を往復運動させ、その上に円筒形の押胴を置いて圧力を加えた。そのころのタイムズは3台のスタナップ型印刷機を使い、12人がかりで2ページの新聞を徹夜で8000枚刷っていたが、このケーニヒ型印刷機によって1台2人で同時間9900枚を印刷できた。円圧印刷機はしだいに高速になり、1892年には自動的に紙を印刷機に入れる装置が発明された。
 さらにケーニヒの印刷機から進展して、版を円筒状にし、押胴との間に巻取紙を通す輪転機が発明され、やはりタイムズ社に採用され、1時間片面刷り7500枚を印刷できるようになった。この輪転機は、活字を円筒面に植えるのに苦心したが、アメリカの南北戦争(1861~1865)を契機として紙型(しけい)鉛版法の実用化が研究され、ますます輪転機の速度が上昇した。1862年ロンドンで1回転4ページずつ新聞印刷ができる輪転機が実用となり、これに刺激されてドイツやフランスでも相次いで同種の輪転機を製造した。フランスではマリノニ社製の輪転機が有名であり、これは1890年(明治23)日本が『官報』印刷のために最初に輸入した輪転機である。その後新聞社が続々とこの型を輸入、これを改良して東京機械製作所が独自の高速輪転機を製造するようになり、4ページの新聞を毎時15万部印刷する性能を誇示するまでになった(1933ごろ)。これは日本の新聞全国紙数百万部発行という要求に基づく。日刊新聞でこのように大部数を発行している例は、当時も今も他の国ではみられない。1970年代以降、各国の新聞の印刷法は活版からオフセット印刷に移行した。これは組版が活字から電算植字(CTS)に移行したことと関係がある。[山本隆太郎]
平版印刷の発明
平版の初めである石版はドイツ人ゼーネフェルダーが1798年に発明した。楽譜の印刷をしようと、手元にあった大理石の一種で凸版をつくる実験をしているうちに、この石の表面が多孔質で水でふくと長時間乾燥しないこと、乾燥した表面は脂肪性インキと結合して特殊な物質となり水を反発することを発見し、同じ平面でありながらインキのつく部分とつかない部分をつくることに成功した。これが石版印刷で、ヨーロッパではポスター印刷あるいはリトグラフlithographと称し印刷芸術として歓迎された。そのうち、石版石のかわりに亜鉛板やアルミニウム板の表面に細かい凹凸をつけた、いわゆる砂目をつけた材料が版として使われ、シリンダーに巻き付けることができるので輪転形式でたばこの包装紙などの印刷に利用された。
 アメリカのルーベルIra Washington Rubel(1846―1908)は、版から紙にインキを移すのでなくて、一度ゴム布に印刷し、それから紙にインキを移す間接印刷の機械をつくり、オフセット印刷法を発明した。この方法によれば、版は安く、紙も高級品を要せず、高速印刷できるので、インキ付着のよくない欠点もあったが、とくにカラー刷りに多用されるようになった。さらに1970年代にはPS版(presensitized plate メーカーであらかじめ感光液を塗布した平版)の普及と自動処理機が一般的になり、写真製版の時間が短くなったため、写真植字や電算植字とオフセットを結び付けての文字印刷も盛んになった。巻取紙を使うオフセット印刷機はオフセット輪転機(オフ輪)とよばれ、大部数発行の雑誌や新聞の印刷に利用されている。[山本隆太郎]
凹版印刷の発達
1837年フランスのダゲールが銀板写真を発明してから、諸種の写真法が考案されたが、イギリスのポントンMungo Ponton(1801―1880)が重クロム酸塩の感光性を利用してコロタイプ印刷発明の基礎をつくり、さらに、いわゆる写真製版法が確立された。凹版方式でいえば、1460年ごろイタリアのフィニゲラMaso Finiguera(1426―1464)が彫刻凹版の技術に新機軸を出して以来、芸術的なエッチングとしてオランダのレンブラントらが版画を創作したが、1879年チェコのクリッチュKarl Klietsch(またはKli)(1841―1926)が写真印画法を応用し散粉式写真凹版をつくった。その後スクリーンを使ったグラビアも考えられた。写真を高速で大部数印刷したり、また溶剤性のインキを使って紙以外の物質に印刷するのに広く利用されている。とくにヨーロッパでは週刊誌の印刷に歓迎された。[山本隆太郎]

印刷方式と特徴


印刷圧力のかけ方による分類
版にインキをつけ、紙に押し当てて印刷するときを考えてみると、木版のように紙の裏面からこする場合は時間がかかり、しかも紙の裏が傷む。これにかわって最初に現れた方法は、頑丈なプレスにより平らに押し付ける方法であった。これを平圧式といい、紙の裏面が傷まないから、表も裏も印刷できるようになった。しかし、この方法では機械的にあまり速度が出ず、円筒を転がして圧力を加える円圧式が考えられた。この方法は平圧式に比べはるかに速い速度で印刷できる。紙は版の上にのせておいて圧力を加えてもよいが、印刷するときに円筒の上部または下部から差し入れてやる。この方式の欠点は、円筒(圧胴)を転がした場合、もとに戻す必要があり、逆に圧胴を固定しておき、版を動かした場合は往復運動をさせねばならず、いずれも機構的に複雑になる。そこで版も円筒状にしてしまう輪転式が考えられた。版そのものを円筒状につくるか、あるいは円筒に巻き付けて、これと反対方向に回転する圧胴との間に紙を挟んで印刷する方式である。紙は枚葉紙でもよいが、巻取紙のほうが印刷速度が出る。ただし巻取紙を高速で印刷すると、その速度に応じてふたたび巻き取るか、枚葉紙に断裁しなければならない。
 また印刷インキに電荷を与えておき、電子吸着板に向かってインキを飛ばす方法が1950年代に開発された(電子印刷)。印刷する際に圧力を要しない方法(無圧印刷)であり、インクジェット印刷もこれに含まれる。[山本隆太郎]
版の形式による分類
(1)凸版印刷 インキのつく部分を残してあとの部分は彫りくぼめた版。言い方を変えれば、出っ張った部分にインキをつけて印刷する版の形式をいい、木版や活版はその代表的なものである。印刷物の文字や模様(画線という)が鮮明で力強く、印刷品質がよい。
(2)平版印刷 版面は、画線と画線でない部分(非画線部)が凸凹しておらず同一平面上にあるが、画線部は化学的にインキがつく状態にし、非画線部はインキを反発して受け付けない状態にしてある。平版印刷は一般的にオフセット印刷が行われる。つまり、印刷版から直接紙に印刷せず、一度ゴムに印刷し、ゴムに転写されたインキを紙に印刷する。
(3)凹版印刷 凸版方式とまったく逆で、インキをへこんだところに詰めて印刷する。彫刻凹版やグラビアがこの方式に属する。彫刻凹版は銅版画と同じように、手作業で模様を版材に彫刻して凹版とする。グラビアは写真や文字を原稿とし、これに相当する画線を、写真技術を利用して、細かい多数の凹点で構成させて版とする。
(4)孔版印刷 画線部に小さな穴があいている型紙(版)を使って、インキを版の表から裏へ、この小孔から通り抜けさせて印刷する方法である。謄写版印刷、スクリーン印刷がこれに属する。[山本隆太郎・中村 幹]

印刷工場内の工程


 かつては活版印刷が印刷の主流を占めていたが、今日では平版や凹版印刷にとってかわられている。しかし活版はもっとも歴史が古く、また印刷pressの語意にいちばんふさわしい方式であるので、活版の印刷工場内の工程を紹介する。
 原稿のうち、絵や写真の原稿は別にして写真製版法により線画凸版や写真版をつくる。文字原稿は文選(ぶんせん)、植字、校正、紙型(しけい)鉛版、印刷の順序を経て活版印刷物となる。線画凸版や写真版は植字(組版)の段階で活字といっしょに組み込む。印刷部数の少ないものは紙型鉛版の工程を経ずに原版刷りされる。
 文選は、活字ケースの中から原稿に従って活字を1本ずつ文選箱に拾い集める作業である。雑誌の本文に多く用いられた8ポイント(天地約2.8ミリメートル)の活字を文選するときは、原稿の難易にもよるが、普通1時間に1300~1400本くらいである。発注者としては、わかりやすい原稿を準備することがたいせつである。文選の能率を高めるためには、活字ケースのどこにどういう字を配列するかが問題となる。漢字の偏や旁(つくり)を基準としたいわゆる部首別の配列を施してあるが、使用頻度の高い文字百数十をとくに大出張(おおしゅっちょう)、ついで数百の文字を小(こ)出張といい、文選工があまり動かないで作業できるように、手にもっとも近い所に置く。普通の文章に必要な文字は3000~4000字くらいである。
 文選は、文字だけを集め、句読点や改行などいっさいかまわずに作業し、集めた活字を植字工に渡す。ここで割付けに従い、見出し、句読点を入れ、改行をし、必要な場合は字と字の間に込め物を入れて間隔をあけ、線画凸版や写真版を組み込み、1ページの体裁に仕上げる。難易にもよるが1ページ1時間くらいかかる。これを簡単な印刷機(校正機)にのせて試し刷りをする。これを校正刷り(ゲラ刷り)といい、誤って拾った字(誤植)をこの工程で訂正する。この作業は普通、印刷工場内と発注先で行う。最初の校正を初校、2回目以後を再校、3校、4校……といい、校正終了を校了、わずかな直しを印刷所の責任において直す指示を責任校了(責了)という。校了になった各ページを8ページあるいは16ページ、32ページというように並べて大判で印刷し、これを折って折り丁(ちょう)をつくり、これをいくつか集めて綴(と)じて雑誌や本の形にする。
 活字などを組み上げた版を原版(げんぱん)、この版で直接印刷することを原版刷りという。原版刷りは数千部までの印刷で、大部数では活字が磨滅するので複版をつくる。複版とは同じ版を多数つくることで、活版の場合は鉛版が複版である。活版の上に特殊加工の紙をのせ圧力を加えると、版と逆の紙型ができる。これに鉛合金を流し込めば元の活版と同じ鉛版ができる。紙型を丸めておき鉛を流せば丸(まる)鉛版ができる。これは半円筒状なので、2枚を円筒に抱き合わせ輪転印刷機の版とする。かつて新聞印刷においては1ページずつこの丸鉛版をつくり新聞輪転機で印刷する方式が主流をなしていたが、1960年ごろから樹脂版が鉛版にとってかわった。平らな鉛版や原版による印刷もあった。
 自動機械化された組版法では自動鋳植機が用いられた。キーボードによって原稿に従い紙テープに穴あけする。この穴あきテープを鋳植機に入れると、活字を鋳造するための母型(ぼけい)が選択され、鋳造された活字は順次1行ずつ並んで排出される。これが1ページ分になると手でまとめる。鋳植のスピードは毎分120字くらいであった。穴あきテープは通信にも使用できたので、この自動鋳植機は新聞社で多用されていた。しかしその後コンピュータを利用した電子組版の時代になり、文字の部分は電算植字機を用いて出力し、画像の部分はスキャナーで取り込み、ディスプレー上でレイアウト組版し、まとめて版上に出力するようになった。こうしてできた版は発行部数により複版して輪転機にかける。[山本隆太郎]

新しい印刷、特殊印刷


写真植字
活版は重い鉛合金を使い、環境衛生上からも好ましくなく、写真植字法が発達した。写真植字機は1924年(大正13)石井茂吉(もきち)(1887―1963)、森沢信夫(のぶお)(1901―2000)が発明したものであるが、しだいに改良され、現在では写真を利用したタイプライターの域から脱し、コンピュータと結び付いて毎分数千字を組む能力のものが実用になった。手動の写真植字機は、ガラス文字盤を手で操作し、写真印画紙上にレンズを通して文字像を結ばせる。これを現像、定着、水洗、乾燥すれば、印画紙に黒い文字が現れて、活字とは違った組版を行うことができる。また、コンピュータを利用した写真植字機は、あらかじめ文字を磁気記憶させておき、キーボードを操作することにより必要文字をディスプレー上に呼び出し、訂正、編集を行い、フィルムあるいは印画紙上に出力する。[山本隆太郎]
カラースキャナー
カラー印刷においてはカラーフィルムの原稿から4色印刷用の版をつくるが、複数のカラーフィルムの組合せや色調の修正をカラースキャナーcolor scannerで行う。カラーフィルムを微小な点に分割し、各点について黄、赤、藍(あい)、墨の要素に分けてフィルムに露光し、製版用の原版とする。また、印刷機においては、やはりコンピュータを使ってインキの供給量調節を自動的に行うことができる。印刷機や製本機は省力化、自動化が進み高速になり、印刷インキや版の材料は新しい合成樹脂に置き換えられ、性能は飛躍した。とくに製版のための感光材料や感光性樹脂は作業を簡易化し、作業時間を著しく短縮した。[山本隆太郎]
トータルスキャナーシステム
ページメイクアップシステムあるいはレイアウトシステムなどともいわれる電子技術利用の編集、色修正用の装置が実用に供された。1ページ中の文字や写真版の占める面積などをディスプレーに出し、これを見ながら自由に割付けを行い、またカラー原稿の色分解をしたものを合成してディスプレーに出し、複数のカラー原稿の組合せや色の変更などを自在に調節し印刷版の原版をつくるものである。[山本隆太郎]
特殊印刷
紙以外のものに印刷したり、あるいは紙に印刷するにしても特殊な印刷法や加工法を行うことを特殊印刷、略して特印という。版式別に分類すると次のようになる。
(1)凸版形式のものには、シール印刷(ラベル印刷)、フレキソ印刷(ゴム版印刷)、ビジネスフォーム印刷がある。シール印刷は、現在は粘着フィルムを用い、シール、ラベル、ステッカー、ネームシートなど美しいカラー刷りをし、またオートバイや自動車の車体装飾に用いる。
(2)平版形式のものには、転写印刷、ステレオ印刷、OCR印刷、OMR(optical magnetic reader 光学式磁気読取装置)印刷、ブリキ印刷、ビジネスフォーム印刷がある。
(3)凸版オフセット形式のものには、チューブ印刷、アンプル印刷、小形電気部品の印刷、シール印刷がある。
(4)凹版形式(グラビア)のものには、セロファン印刷、プラスチックフィルム、シートの印刷、フォイル印刷、化粧板印刷、壁紙印刷がある。化粧板印刷は、たとえば木目や石の模様を印刷してプラスチック加工することにより、本物の木や石と同様の表面をつくり、家具、電気器具、建築材料に利用する。
(5)凹版オフセット印刷形式のものには、タコ印刷がある。タコ印刷は、凹版から一度球状ゴムに印刷し、これから曲面の皿や電気部品、あるいは時計の文字盤に印刷する。ゴム球がタコに似ているのでこの名がある。
(6)スクリーン印刷形式のものには、ガラス印刷、プラスチック成型物への印刷、プリント配線、ネームプレートの印刷、発泡印刷がある。発泡印刷は、特殊なインキを用い、印刷後加熱することにより、その部分を盛り上げる。
(7)いずれの版式でもよいものには、植毛印刷、レリーフ印刷、浮き出し印刷、磁気印刷、カーボン印刷がある。植毛印刷は、電気の力を借りて細かい繊維くずを飛ばし、ビロード状の模様をつくる方法である。磁気印刷は磁性材料を含むインキで印刷し、印刷物に特性を与えるもので、各種カード類の印刷などに利用されている。
 なお、印刷と目的を同じくする技術に複写(コピー)があるが、印刷では原則として版を使用する。複写では版を使わず写真的、電子写真的に原稿と同じ模様のものを多数複製する。複写は印刷に比較して精度、高速多数複製の諸点で劣るが、少数迅速複製の点で勝る。
 なお、1990年代に入って現れたオン・デマンド印刷機は、電子写真やインクジェットの原理を利用して連続的にカラー印刷を行うもので、大幅にスピードが上昇した。[山本隆太郎・中村 幹]
印刷の現状と将来
文字の印刷は、1枚の木の板に多数の字を彫りつける木版刷りから始まり、1字1個の活字をつくって組み合わせる活版になった。これからさらに写真植字という方法で文字を写真的に並べてゆく方法になり、さらに、コンピュータと写真を利用して1分間に何千字もの組版をする電算植字方式となり、現在はDTP(デスクトップ・パブリッシング)が主流になっている。
 文字の印刷では日本語ワードプロセッサーとパソコンが組版技術に大きな影響を与えた。原稿の執筆者がすべてこの機器を使い、テキストをUSBメモリーに保存、もしくは電子メールに添付して、印刷所に文章を渡すようになっている。このデータを多少整えれば組版体裁の整った印刷用の出力ができる。印刷法も、紙に押し付ける印圧の不要な無圧印刷、すなわちインクジェットや電子印刷が増えてきた。これらは熱や素子の振動によりインキを飛ばしたり電子の力をかけてインキを飛ばす印刷法であるが、高速であること、コンピュータとの連係が容易であること、接触しないで対象物に印刷できることなどが特徴である。
 カラー印刷においては文字の入ったカラー用の印刷版が、ディスプレーを見ながらレイアウトできるようになった。それを各色版ごとの刷版の形に出力する場合が大半を占めるようになった。印刷機や製本加工仕上げ機も、コンピュータにより高度に自動化され、管理されるようになってきている。[山本隆太郎・中村 幹]
『庄司浅水著『印刷文化史』(1957・印刷学会出版部) ▽日本印刷学会編『印刷事典』(1958・大蔵省印刷局) ▽印刷学会出版部編・刊『カラーイラスト印刷技術』(1981) ▽寿岳文章著『図説本の歴史』(1982・日本エディタースクール出版部) ▽電子出版研究会編『電子出版――出版・印刷・情報サービスの未来戦略』(1986・日本能率協会) ▽日本印刷学会編『印刷事典』(1987・印刷学会出版部) ▽関善造著『最新印刷ガイドブック』(1989・誠文堂新光社) ▽大日本印刷編『印刷のおはなし――その緻密な世界』(1990・日本規格協会) ▽横山和雄著『出版文化と印刷――活版から電子出版まで』(1992・出版ニュース社) ▽日本印刷新聞社編・刊『早わかり印刷の知識――版式の原理から情報化技術まで』(1993) ▽大江高司・石川優著『電子編集入門――出版・編集・印刷の新常識・仕事のハンドブック』(1995・オーエス出版) ▽大日本印刷編『図解 印刷技術用語辞典』(1996・日刊工業新聞社) ▽中根勝著『日本印刷技術史』(1999・八木書店) ▽近藤龍太郎著『フォントの常識事典――文字システムから出力・印刷まで』(1999・日本実業出版社) ▽澤田善彦著『変わるプリプレス技術』(1999・印刷学会出版部) ▽野中通教監修『グラフィックアーツ』(2000・印刷学会出版部) ▽レイアウトデザイン研究会編『出版・印刷・DTP用語辞典』(2001・ピアソン・エデュケーション) ▽尾崎公治・根岸和広著『印刷の最新常識 しくみから最先端技術まで』(2001・日本実業出版社) ▽日本印刷学会編『印刷事典』第5版(2002・印刷朝陽会) ▽中原雄太郎・松根格・平野武利・川畑直道・高岡重蔵・高岡昌生監修『「印刷雑誌」とその時代――実況・印刷の近現代史』(2007・印刷学会出版部) ▽張秀民・大内田貞郎・豊島正之・鈴木広光・小宮山博史他著『活字印刷の文化史――きりしたん版・古活字版から新常用漢字表まで』(2009・勉誠出版) ▽中西秀彦著『学術出版の技術変遷論考』(2011・印刷学会出版部) ▽尾鍋史彦著『紙と印刷の文化録――記憶と書物を担うもの』(2012・印刷学会出版部) ▽松浦広著『図説 印刷文化の原点』(2012・印刷朝陽会) ▽ワークスコーポレーション書籍編集部編『カラー図解 DTP&印刷スーパーしくみ事典 2012』(2012・ワークスコーポレーション) ▽日本印刷学会技術委員会P&I研究会編『次世代プリンテッドエレクトロニクスへ――印刷による付加型生産技術への転換』(2013・印刷学会出版部) ▽大塚彰著『印刷トラブル防止のツボ――オフセット現場の改善実録』(2013・印刷学会出版部) ▽富士フイルムグローバルグラフィックシステムズ編『なるほど「湿し水」――管理とトラブル対策』(2013・印刷学会出版部) ▽日本印刷新聞社編・刊『日本印刷年鑑』各年版 ▽日本印刷技術協会編・刊『印刷白書』各年版』

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図書館情報学用語辞典の解説

印刷

文字や絵の書かれた原稿をもとにして版を作り,版面にインキを塗って文字や絵を紙や布などに押印,転写し,複製を作る技術.印刷の手法は,版の種類によって,凸版,凹版,平版の3方式に分かれる.孔版を加えて4種類とすることもある.印刷物は,空間,時間を越えて同じ内容を伝えられるという伝達の同一性,確実性を有している.

出典|図書館情報学用語辞典 第4版
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世界大百科事典内の印刷の言及

【活版印刷】より

…凸版式印刷の一種で,活字で組んだ版(活版)を用いるものをいう。それ以前の印刷版が木版のように1枚の板につくられたものであって,文字の抜き差しがむずかしかったのに対して,文字の組替えが自在にできるところから〈生きた版〉という意味で活版と名づけられた。…

【コンピューターリテラシー】より

…日常言語においては,基本的な文字の読み書き能力だけがリテラシーと呼ばれたように,コンピューターを道具として扱うごく基本的な能力だけをコンピューターリテラシーと呼ぶ。 コンピューターリテラシーの内容としては,キーボードkeyboardのキー配置を覚えてキー入力できること,マウスmouseを用いたウィンドーwindow操作,エディターeditorと呼ばれる編集プログラムを用いた文字の入力と挿入・削除・修正と日本語変換操作,エディターで作成した文章をファイルfileに格納したりファイルから呼び出したりするコマンド操作,および,ファイルの印刷printなどの基本的な能力と,ワープロword processorを用いた文章作成,電子メールソフトを用いた電子メールe-mailの受信・発信・返信,さらには,ウェブブラウザーweb browserを用いたインターネットアクセスなどの応用的な能力とがある。その他の応用的な能力として,表計算ソフトウェアspread sheet softwareや簡単なデータベースなどのビジネスソフトウェアbussiness softwareを含める場合もある。…

【複製】より

…そのなかで最も大きなものが文書,書籍の複製である。版画を含めた広い意味での印刷術が未発達の段階では,手で書き写すことが文書の複製の中心であったが,紙が普及するにつれて,8世紀には中国で木版印刷が発明され,その世紀の後半には日本で〈百万塔陀羅尼(だらに)〉が印刷されている。活版印刷も中国で始まるが,15世紀に至ってグーテンベルクによる活版印刷が発明され,近代の複製技術の発端となった。…

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