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反穀物法同盟 はんこくもつほうどうめい

百科事典マイペディアの解説

反穀物法同盟【はんこくもつほうどうめい】

1840年代の英国において自由貿易を実現しようとした商工業者や銀行家などが結成した政治団体。彼らが保護貿易の典型とみなして標的にしたのは,ナポレオン戦争期に国内の農業保護の目的で制定された穀物法であった。
→関連項目マンチェスター学派

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世界大百科事典 第2版の解説

はんこくもつほうどうめい【反穀物法同盟 Anti‐Corn Law League】

1840年代のイギリスにおいて自由貿易運動を推進した商工業者・銀行家の政治団体。1820年代から自由貿易を目ざす気運が急速に高まり,綿製品を中心に輸出入関税の軽減が着実に進んだが,国内産穀物の保護を定めた穀物法は,農業諸階級の広範な支持をうけ,議会を制していた地主階級もこの法律の撤廃には応じようとしなかった。しかし38年にいたって,ブルジョア階級の間に穀物法への反感が著しく高まり,マンチェスターの商工業者が中心となって反穀物法協会(翌年,同盟に改組)を結成した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

反穀物法同盟
はんこくもつほうどうめい
Anti-Corn Law League

イギリスの穀物法をめぐって、1839年3月20日、マンチェスターで結成された組織。直接の前身はプレンティスらによって前年に結成された反穀物法協会である。名称の示すように穀物法に反対し、同年4月より機関紙『反穀物法巡報』Anti-Corn Law Circularを刊行し、穀物法の廃止を要求した。その主張は、新興の商工業階級の利害を代表する自由貿易の立場からなされたが、チャーティスト運動に対抗しつつ一定の労働者の支持をも獲得して議会外の大衆運動を有効に組織、コブデンブライトらの活躍により、46年議会で穀物法の廃止を決議させることに成功した。公的には、いちおうの目的が達成されたこの年に解散している。[岡本充弘]

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世界大百科事典内の反穀物法同盟の言及

【ピール】より

…その一方では,保守党党首として地主階級の伝統的な政治支配を国制の基礎とみなし,穀物の保護関税を定めた穀物法には賛成であった。しかし,反穀物法同盟を先頭に自由貿易運動が急激に高まるなかで45年のアイルランド大飢饉に直面したとき,彼は,社会全体の福利の実現という見地から,穀物法反対の立場に態度を一変させ,46年,ディズレーリを先頭とする党内右派の猛反対に抗してみずからの手で穀物法廃止法案を下院に上程し,自由党の支持を得て同法案を成立させた。この大英断によって保守党は分裂し,以後70年代にいたるまで弱体化を余儀なくされたが,イギリス自由貿易の大勢はここに確定し,19世紀中葉の自由主義の黄金時代がもたらされた。…

【ブライト】より

…父は繊維工場の経営者で,クエーカー教徒であった。16歳で家業に従事したが,R.コブデンと出会って,1839年反穀物法同盟に参加,43年下院議員となり,コブデンとともに自由貿易運動を指導した。46年の穀物法廃止後,47年からマンチェスター選出の代議士となり,自由貿易運動をさらに推進したが,平和主義の立場からクリミア戦争に反対したため,57年の選挙では落選した。…

※「反穀物法同盟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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