氏名,住所,身分などを記した社交用の紙片。ヨーロッパでは,17世紀から18世紀にかけて,トランプのカードの裏に氏名を書いて名刺として用いることがあった。18世紀中ごろには名刺がつくられるようになった。縁に装飾模様を印刷したカードで,氏名は中央の余白に手書きで記入した。やがて,カード一面に繊細な銅版画をデザインしたものが現れた。19世紀に入るころから,氏名のみを印刷したものが用いられるようになった。名刺はこまかい約束ごとにもとづき,食事に招かれたり,引越し,祝い,お悔みなどの際に用いられた。そのため英語ではvisiting cardというが,現在ではこれらの習慣は廃れ,職業用に,勤務先の住所や肩書を入れたビジネスカードが多くなっている。日本で古くは,幕府の右筆(ゆうひつ)だった屋代弘賢の集めた〈名刺譜〉が残っていることから,少なくとも化政期(19世紀初期)には,氏名だけを手書きした和紙の名刺が使われていたと考えられている。印刷した名刺は西洋からの伝播で,幕末開国のころに外国人と接する役人たちが使ったのが始まりであった。《亜米利加応接録》に1854年(安政1)米国使節と応接の際,役名氏名を記した名刺を交換してから談判に及んだと書いてある。明治に入ってからしだいに普及し,今日では日本が最も頻繁にビジネスカードを用いる国といわれている。
執筆者:山田 和子
現代中国語ではふつう〈名片〉という。古くは〈名紙〉〈名帖〉〈名単〉〈片子〉,あるいは単に〈刺〉〈謁(えつ)〉ともいった。〈名刺〉もその古称の一つであって,すでに唐の元稹の詩にみえている。名刺が文献に現れるのは漢代からで,たとえば《史記》高祖本紀によれば,漢の高祖(劉邦)がまだ田舎の駅長をしていたころ,呂公(のちの呂后の父)に面会するために〈謁〉を作り,一銭も持っていないのに〈賀銭万〉(1万銭の政治献金をいたします)と書きこみ,蕭何(しようか)に取り次いでもらったという。当時はまだ紙がなかったから,木か竹の札を使ったのであろう。このように中国の官僚社会では,地位のある人に会う際,まず名刺を取次に渡すのがならわしであった。そのほか,正月や祝賀の席に欠礼する場合,下僕に名刺をもたせて挨拶に代えることも行われた。名刺の書式については,宋の司馬光《温公書儀》に規定がある。
執筆者:三浦 国雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
氏名、住所、職業、身分等を記した小型の紙。社交においてとくに初対面の紹介時に用いる。
漢代の中国では木や竹を削って姓名を記したものを刺とよび、地位のある相手への取次ぎに際して渡す風習があった。ヨーロッパにおいては16世紀なかばに使用されたとの記録がみられるが、一般に広く用いられるのは18世紀末以降である。19世紀中ごろにはすでにフランスで写真入りの名刺の特許がとられている。日本では19世紀初期(化政期)には氏名を記した和紙の名刺が用いられており、訪問先が不在のときに訪問の事実を伝えるために用いた。
名刺は社交用のvisiting cardと職業用のbusiness cardに大別される。社交用名刺は弔意の表明、転居の通知、食事の招待、パーティーでの紹介など社交生活上で用いられるもので、一般には肩書きを書かずに氏名を中央に置き、自宅の住所と電話番号を左下に記す。横書きの場合には下辺中央もしくは右下となる。職業用名刺は職務上で用いられるもので、中央に肩書きと氏名、その右側に会社等所属先、左側に所属先の住所、電話番号、ファクシミリ番号、メールアドレス等の連絡先を記す。横書きの場合には所属先が左上、連絡先が右下となる。日本では、社交用名刺は職業用名刺を流用することが一般的となって廃れた。外国の外交官などの間では訪問時に相手が不在の場合に名刺の角を折ることで本人自身の来訪を示す習慣がある。その場合は文字を書き始める方向にある角を内側(手前側)に折るのが一般的で、横書きの場合には左上を折る。日本にはこのような習慣は根づいておらず、無理にまねる必要はない。
名刺を扱う際の心得として、敬意を伝えるために目下(来訪者)から先に両手で差し出す作法が基本である。ごく正式にはまず自分が読めるように両手で持ち、相手の目前で90度ずつ二度に分け、時計回しに相手が読める向きに直して渡す。現代のビジネスマナーでは、双方が同時に名刺を差し出して交換することが多い。この場合には、左手で相手の名刺を受けつつ右手で自分の名刺を差し出すことになる。
[柴崎直人]
字通「名」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 シナジーマーティング(株)日本文化いろは事典について 情報
…また日本の三筆,三蹟の書も手本にふさわしいもので,中・近世になると往来物(消息文)がおもな手本となり,手習いと同時に日常生活に必要な知識の学習に用いられ,さらに江戸時代の寺子屋では師が書き与える手本そのものが修身,歴史,作文など一般知識を習得する手本となった。なお中国では,〈手本〉は下級官史が上官に,あるいは門生が師に会うときに差し出す名刺の意で,書画の手本にあたるものは字帖,画帖という。【角井 博】。…
※「名刺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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