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呉与弼 ごよひつWu Yu-bi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

呉与弼
ごよひつ
Wu Yu-bi

[生]洪武24(1391)
[没]成化5(1469)
中国,明の朱子学者。江西省崇仁県の人。字は子傅。康斎と号す。少年のとき朱子の『伊洛淵源録』を読んで学に志し,以後,学究の道に専心,処士をもって終った。実践躬行を重んじ,弟子とともに耕作しながら道を講じた。胡居仁陳献章婁諒らは彼の弟子である。著書『康斎文集』。

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世界大百科事典 第2版の解説

ごよひつ【呉与弼 Wú Yǔ bì】

1391‐1469
中国,明代初期の朱子学者。字は子傅(しふ),号は康斎。江西崇仁県の人。明初の沈滞した思想界で自力で朱子学を修めた。朱子教学を忠実に実践した典型的な朱子後学者。思想内容には新見はないが,科挙に応ぜず郷里で生涯を講学にささげ,生きた朱子学を陳献章,婁諒,胡居仁などに呈示して思想界に活気を与えた。その再伝の弟子から明学驍将を輩出させた功績は大きい。日々の学道記録である主著《日録》は幕末維新期の日本の思想界に一波紋を投じた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呉与弼
ごよひつ
(1391―1469)

中国、明(みん)代初期の朱子学者。字(あざな)は子傅(しふ)、号は康斎。江西省崇仁県の人。皇位継承をめぐって起こった内乱、靖難(せいなん)の変(1399~1402)のおりの思想弾圧の結果、沈滞した明初の思想界のなかで独力で朱子学を修めた。忠実に朱子学を実践しようとした典型的な朱子後学の一人。理論的新見はまったくないが、生きた朱子学を提示し、陳白沙(ちんはくさ)(献章)、胡敬斎(居仁)、婁一斎(ろういっさい)(諒(りょう)、1422―1491)を門人に得て思想界に活を入れた功績は大きい。日々の学道の記録である主著『日録』は中国、日本でよく読まれた。田公平]
田公平著「呉康斎」(『朱子学大系 第10巻 朱子の後継 上』所収・1976・明徳出版社)』

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